第二十話 平和な日々
集会所での話し合いから二月ほどが経ち、新しい施策が交付された。
阿斗里の奮闘もあり、村の民達の大部分はこの施策を理解したようだ。
集会所の前には、まだ完全に理解出来ない者や、適用内の事案を問い合わせるべく人が溢れている。
今では数人の役職の者が雇われ常駐しているのだが、それでも足りない様だ。
ちなみに阿斗里の給金は彼らと同じらしい。
「これは…凄いな。」
その数、ざっと数えただけでも三百はいるだろう。
人混みの向こうからは、竜と都留岐の声も聞こえてくる。
刀一郎も何か手伝おうかと思って来たのだが、これでは逆に邪魔になりそうだと感じその場を後にした。
また露店でも見に行くかと思っていると、あることを思い出す。
そういえば天元達の塩の話はどうなったのだろうと。
気になり足を向けると、既に天元は自宅におらず、隣の爺さんにその行き先を聞く。
「天元さんは、採掘?の権利を売った人に案内しに行ったよ。」
詳しく聞くと、森の開拓を請け負っていた木こりの男が契約相手らしい。
ひょんな縁から知り合って、その人柄を芯に値すると確信した天元が話を持ち掛けたとのこと。
刀一郎は自分の知らない男の為少し心配にはなったが、あの頭の切れる男がそんな失策をするとも思えなかった。
取り敢えず集落の者達はこれで大丈夫と結論付け、自分はどうするかと考える。
それというのも、自らの生業である狩りは控えねばならない理由があった。
以前、自分以外の狩人に会った際、狩りの頻度が多すぎると注意されたのだ。
金子に目が眩みそんなことを考えていなかった刀一郎は、大いに反省した。
結果、狩りに行くのは週に一度、獲物は一匹と己に戒めた。
「さて、今日もここでやっているだろうか。」
やることのない刀一郎が向かった先は、村の南西。
少し前に少年がここで剣を振っているのを見て以来、時間が空けば一緒に剣を振っているのだ。
「ふっ!ふっ!…どうした少年、足がふらついているぞ。」
「うるさいな。大体もう一刻くらいは振り続けてるんだから当たり前だろっ。」
こうして振っているだけなのには理由がある。
何せ刀一郎、一切誰かに教わった記憶がない。
だから当然、誰かに教える技術はないし、心構えを説くことも出来ないのである。
いざその時が来れば、体が勝手に動くと言う方が正しいだろう。
今振っている型も、実は完全に適当にやっているだけだ。
「はっはっは、ではな少年。また一緒に振ろうではないか。」
「ああ、じゃあな変な兄ちゃん。」
そして、お互いの名前すら知らない何とも不思議な関係であるが、それが妙に心地良かったりもする刀一郎だった。
そうして時間を持て余していると、村全体に聞こえる大きな鐘の音が響く。
空を見上げれば太陽が一番高い位置にあった。
村民はこの鐘の音を頼りに午の刻と判断し、食事をとる目安としている様だ。
「しかし、何かやることが欲しいな。」
村や集落単位での移住などそうはないらしく、護衛の依頼も頻繁にはない。
それでも確実に住民は増え続け、もうすぐ六千を数えるらしい。
ある程度の規模に発展すれば噂が噂を呼び、こちらから出向くことなく人が集まるようになると阿斗里は言っていた。
正にその通りになっているのである。
最近は村民一人一人の正確な情報を紙にしたため、把握する作業に従事しているらしい。
この手持ち無沙汰な男とは大違いの、正に出来る男であった。
「食うに困らぬというのは、良い事ばかりではないのだな。」
人は食わなければ死ぬ。
だからこそ勤労に励み、その命を繋ぐのだ。
しかし、刀一郎にはそれすらもない。
つまり何が言いたいかというと、この男に人並みの労働意欲など期待出来ないということだ。
その癖、欲しい物だけは一丁前にあるのだから質が悪い。
この男の自宅は、木彫りの彫り物や何に使うか分からない金物細工で溢れている。
日がな一日それを眺めて過ごすことも珍しくなく、その姿を見て凄腕の剣士と思う者はいないだろう。
その刀術さえも振るう場所がないのでは、最早立つ瀬がない。
腰にある白鬼もさぞや嘆いていることだろう。
「おおよしよし波風、壮健であったか。」
あまりに暇な為することと言ったら、こうして愛馬(思っているだけ)を撫でることくらい。
「あらあら兄さんまだ来たんだねぇ。もうこの子買い取ってくれないがね。兄さん以外が乗るど暴れるし…。」
その申し出を受けたいのは山々だったが、厩など無い為悩む。
「それなりの金子さえもらえれば、面倒はこっちで見るがらさ。千楼で良いよ。面倒見る金子は一月百楼でどう?」
意外に大きな出費に悩む刀一郎だったが、己を見る波風の瞳が何かを訴えている気がした。
そして、意を決したように千楼を取り出すと買い取ったのだった。
「毎度あり。じゃあ、月の支払い忘れないでね。」
中々に商売上手な娘だと思いながら、正真正銘愛馬となった波風を撫でると、気持ち良さそうに鼻を鳴らし応える。
その愛らしい仕草に癒され、刀一郎は厩を後にした。
自宅へ戻り、己が秘蔵を眺めるかと歩いていると、自分へと歩み寄る老齢の女性の姿。
「探しました刀一郎殿。阿斗里様が伝えたき事があると。お時間が許す時にでも来られたしと…では私はこれで。」
それは阿斗里の目付ともいえる女性、伽耶だった。
相変わらずの鉄面皮で、簡潔に用件を伝えるとそそくさと帰っていく。
空を見れば、そろそろ日が暮れてもおかしくない時刻になっていた。
このくらいであれば流石に帰途についているだろうと、さっそく阿斗里宅へと足を向けるのだった。




