第百六話 逃亡劇4
「ぅぉぉぉおおおおおっ!!」
槍の穂先を模した陣形を作りながら、先頭を走る沖村は獣のように吠える。
その中心にいるのは青井と文官達。
周りを囲む皇軍兵達は一様に三十センチ程度の鉄の盾で眼前を覆い、一心不乱に突っ込んでいく。
後ろからの追っ手はこない状況、前さえ突き破れれば退路を開くことが出来るのだ。
「…シュ~トゥッ!」
敵隊長の声が響くと同時に弾幕が張られ、中心を守る皇軍兵達の腕、足、腹、様々な場所を抉る。
足を射抜かれた者は己に構うなと視線で告げた後、片足を引き摺りながら槍を掲げ近くの敵兵に襲い掛かった。
守られる伊吹達は初めて感じる戦場の空気に震えるも、その足は止めない。
それらを背に立つ皇軍兵は、槍を前に突き出しながら更に勢いを増し駆け抜けた。
そしてもう少しで破れるという時、
「くっ…そぉ~~がぁ~~っっ!!」
沖村の脇腹を一発の礫が抉り、その足が鈍る。
その姿に伊吹達の動揺を感じ取った青井は叫んだ。
「伊吹さんっ!足を止めちゃ駄目だっ!走り続けてっ!」
怒声にも近い大声を上げながら、青井は道を塞ぐ最後の数人に鋭い一突きを放つ。
そして一人の胸を確実に貫くと、槍を突き刺したまま敵兵の体ごと横に薙ぐ。
青井とて副隊長という地位にまで上り詰めた者、常人と同じ膂力であるはずがない。
数人を吹き飛ばす様にして出来た隙間を駆け抜け、門の脇にある小さな出入口へと辿り着く。
だが、錆びついており中々留め金を外すことが出来ない。
青井は咄嗟に腰に差した火筒を構えると、留め金に向かって放つ。
すると、錆びついていた部分が砕け、ギィっと音を立てると同時にその扉は開かれた。
「早くっ!ここから出たら振り返らずっ、とにかく走ってくださいっ!!」
既に皇軍兵の半分以上が息絶えており、数人が体を盾にして守っている状況だった。
そして文官達が扉を抜け終えようという時、十人近い敵兵から一斉に鉄の礫が放たれる。
だが、それは青井達に届くことは無く、僅かな血しぶきだけが宙を舞った。
「青井隊長っ!!俺達に構わず行けぇぇぇぇっっ!!」
門を抜け走り去る伊吹達を守る為、傷だらけの体を引き摺り、沖村達が立ち塞がったのだ。
青井を含めた五人は一切振り返らず駆け抜ける。
背後からは、獣のような声を張り上げ敵兵に立ち向かい行く沖村達の声が響いていた。
▽▽
「はぁ~~っ、はぁ~~っ、青井隊長…沖村君は?」
「今は逃げることが最優先です。我々がやられれば彼らは……無駄死にだ。」
武を嗜んではいても斬った張ったには慣れていない勘定所の者達。
走りながら、これまでの旅で彼らと交わした言葉を思い出しすすり泣く者もいた。
▽▽
青井達が無事に抜けた後の門では、守る者が無くなった沖村達の反撃が開始された。
いや、正確に言えば特攻である。
その身に受けた礫は十数発に及び、最早助かる見込みはない。
ならば一人でも多く道連れにしてやると息まいて、ギラギラと瞳を輝かせながら襲い掛かったのだ。
「沖村隊長っ!!最後に武人としての華ぁ!一緒に咲かせましょうやぁっ!!」
「おおぉぉよっ!!全員悔いのねえ様にぃ存分に振るえぇぇぇっ!!」
沖村はいつか聞いた憧れの男の言葉を真似て、部下に発破をかけた。
言わずもがな、その男とは水鏡玄奘のことである。
手の付けられない乱暴者として見放され親のコネで入った軍。
そこで出会った、自分では到底追い付くことの出来ない器の大きな男。
沖村はその背中に憧れて、ただひたすらに追いかけてここまでやってきた。
「まだ……だ。へへっ、あの人は…こんくらいじゃぁ……倒れねえ…よな?」
十数発もの礫でその身を撃ち抜かれ、背中を剣で斬られ、腹部を槍で突かれ、それでも沖村は睨む。
そして残った力の限り槍で突き、薙ぎ払うのだ。
あの大きな背中はこの程度では倒れない、ならば自分もと。
死んで当たり前の傷を負って尚立ち向かってくるその男に、囲む敵軍は潮が引くように後退る。
そんな半死半生の男に怯えを見せる部下に痺れを切らしたか、敵の指揮官は弾込めの済んだ兵を一列に並べ号令をかけた。
「…たくよぉ、こんな死にかけに……勿体ねえことしやがる…」
既に立っているのは沖村一人、この男以外は自らの武勇を誇りながら全員先に旅立った。
その沖村も先ほどの足掻きが最後の力であり、もう槍を持ち上げる余力もない。
カランッ
握る力さえも無くなり槍が手から滑り落ちた瞬間、火薬の破裂音が何重にもぶつかり合ってこだまする。
パンッ、パパパァンッ!
沖村はそれでも立っていた。
勿論、最早戦うことはおろか動くことさえもできないが、それでも膝を着くことはなかった。
(まぁ……悪くはねぇ………人生…だった…)
己の役割を果たし終えたその表情は、穏やかな笑みを浮かべた、まさしく漢の顔だった。
そしてゆっくりと背中から落ち、天を見上げ静かに瞳を閉じると、自らの生涯に幕を下ろした。
▽▽▽
沖村達が稼いだ時間を使い、青井達はもうかなり距離のある草原に差し掛かっていた。
そして耳にする。
遠くでこだまし、重なり合いながら響く乾いた破裂音を。
「青井隊長…」
「伊吹さん、今は何も考えないで…とにかく走りましょう。足が動く限り。」
休む暇もなく走り、足がガクガクと震え始めた伊吹達だったが、今は弱音を吐く気にはなれず己を奮い立たせ只走り続けるのだった。




