第百五話 逃亡劇3
グランドポートの北門、そこでは百を超える兵が横たわり怒声が飛び交っていた。
その喧騒の中心にいるのは当然の如く小柄な一人の男、刀一郎である。
気配を殺して忍び寄ってきたその男はいきなり数人を斬り捨てた。
突然舞い上がる血しぶきを見て一同に動揺が広がり、その機に乗じ集団を陰にして立ち回るとすれ違いざまに斬撃を浴びせていく。
「ふっ!…はっ!……シィッ!」
追いかけてきた兵達も合流するが、目に移るのは血に塗れた石畳と顔を引き攣らせる仲間達。
刀一郎にしても流石にこの数相手では不殺を貫くことなど出来る訳もなく、死んだら恨めと言わんばかりに斬り捨てる。
当然白鬼からは血を蒸発させる音が絶え間なく響く。
ロメル兵は仲間を盾にして動き回る刀一郎に照準を合わせるが引き金を引くことが出来ず、場には只々悲鳴だけがこだました。
そして集団の二割ほどが倒されただろうか。
『刀一郎、そろそろ良いのではないか?十分に時間も稼いだ。力も示した。頃合いであろう。』
白姫の冷静な判断を受け刀一郎は身を翻す。
この町を囲む塀はそれほど高くない為、ちょっとした足場があれば飛び越えられるのだ。
まあ、高くないとは言ってもそれは飽くまで刀一郎を基準にした場合であり、三メートルはあるのだが。
そして塀に面した民家の壁を蹴り上がると、上を飛び越え町の外へと身を躍らせた。
門からは隊長らしき者の怒声が響き、カチャカチャと音を響かせ追っ手の存在を知らせる。
『刀一郎、向こうの方に背の高い草が生えている。一先ずあそこへ向かえ。』
白姫の感知能力は刀一郎のそれをはるかに超えるものであり、その頼もしさは計り知れない。
そして指示された北西方向へと一目散に駆け出すのだった。
▽
一方その頃、次良は未だ続々と現れ来るロメル兵達との闘争に明け暮れていた。
この戦いでのロメル軍の損失は計り知れないものがあり、殆どの者達からは表情が抜け落ちている。
(そろそろだな。おい黒、あの馬の像にでかいの落とせ。)
『ついには黒呼ばわりか…ふんっ、まあよい。目をやられぬよう気を付けよ。』
次の瞬間、轟音が広場を包み、衝撃が兵を吹き飛ばし、熱がその身を焼き、眩い光が眼前を覆った。
しかし何故か次良だけには衝撃の影響がないらしく、呻く兵達を尻目に西へと駆け出す。
余りの出来事にすすり泣く声も聞こえる中、その背から追っ手の気配は感じられなかった。
次良は老齢とは思えぬ速さで異国の街を駆け抜ける。
それを為すのは惣万流の奥義に当たる独特の呼吸法。
周囲の粒子を取り込み、己が身に直接巡らせているのだ。
代々の皆伝に至った者達は、感覚だけでそれを為す所まで行っていたのだから恐れ入る。
『次良、あれは…』
「ちぃっ!!……もう手遅れだな。」
もう少しで町を抜ける所まで来た折、皇軍の小隊が囲まれ血を流し倒れているのが目に入る。
それでも場には彼らの数倍のロメル兵が血を流して倒れており、最後まで勇敢に戦った事実が見て取れた。
「戦いの結果破れ命を落とすのは仕方のない事だ。だが…」
次良が怒りを見せたのは戦いが終わった後のロメル側の行動。
死した体を足蹴にしたり、果ては吊るし上げようとさえしていたのだ。
「少し教育が必要だな…」
興奮冷めやらぬロメル兵達は倒れた皇軍兵の体に槍を突き立て、それを数人が声を上げ掲げている。
そこに歩み寄る漆黒の槍を携えた男が一人。
それに気づき声を上げようとした男の両足が吹き飛び、悲鳴と共に身を石畳に横たえた。
一瞬の出来事に反応できない敵に構うことなく、次良は無慈悲な力を振るう。
「…ドンッカムヒアッ!!」「ノウッ!スト~ップッ!!」
三十名はいたはずの兵達は、あっという間にその数を減らしていく。
そして逃がした数人以外は誰一人声を上げる者がいなくなった。
ここで重要なのは、逃げられたのではなく逃がしたという事実。
次良が教育と言った以上はそれを伝える者がいなければ意味はない。
戦場で無作法、無礼がどんな結果を生むのかを上に伝える者が。
「こいつらも連れて行ってやりてえが…流石にその余裕はねえか…すまん。」
物言わぬ骸となった同胞を見て切なげに告げる。
次良とて人間なのだ。
実は今の段階でそれなりの疲労が溜まってきており、このまま戦い続ければいつかは討たれるだろう。
『次良、どうやら追っ手じゃ。早めにここを離れるべきであろう。』
次良は無念を抱えながらその場を後にする。
己が施した教育が伝わり、あの者達が丁重に弔ってもらえることを祈りながら。
そして一路、合流場所に指定した森へと駆け出すのだった。
▽
同時刻、そこから少し離れた門でも戦いが繰り広げられていた。
「青井隊長っ!こいつらは俺達に任せてくださいっ!何とか切り開くんでっ!伊吹さんたちを連れて先にっ!!」
「…分かったっ!皆さんっ、私が合図したら振り返らず走ってくださいっ。」
「わ、分かりましたっ!!」
そこでは青井達と合流した二十名ほどの皇軍兵が、脱出を賭けた最後の攻防を繰り広げていた。
行動に移す少し前に物陰から観察していたこともあり門の構造は把握している。
そして作戦が決まり、開け放つ算段が付いたことで一気に突破することとなったのだ。
勿論のんびりしていられないという事情もある。
対し、門を固める敵の数は約二百余り。
何とかするには厳しい数。
更にこの先の交渉を考えると伊吹達が討たれることだけは避けなければならない。
通訳にはアレクシアもいるが、忘れるなかれ、彼女も向こう側の人間であるのだから。




