第百話 思惑3
イオリア島の港町は、ざわざわとした動揺が広がっていた。
断続的に響く火薬の破裂音を耳にすれば、当然のことであろう。
そしてこれも当然だが、軍の施設で頭を抱える男が一人。
「沖村百人隊長…今姿の確認出来ない者は?」
「船長ぉ~それ聞くまでもないでしょうよぉ~…あの二人っすよ。」
「まあ…聞くまでもなく分かってましたけどね…」
この場にはアレクシア達ロメルの要人も揃っているが、一様に顔が青ざめている。
断続的に響くこの音の意味する所は、つまり交戦状態にあるという事を理解しているのだ。
そして、中でも一番青ざめているのは、喧騒の中心にいるであろう者達の恐ろしさを最も知る男、クライヴであった。
(不味いっ、不味いっ、不味いっ。あの二人を敵に回すのは本当に不味い…)
それは、その顔色の悪さを見た者が気の毒に思う程であり、アレクシア等は気遣って背中をさすっている。
普通に考えれば、たった二人を敵に回した所で一国が如何こうなるわけがない。
しかし、クライヴにはあの二人を敵に回すだけで国さえ落ちるのではないかという明確な不安があった。
そしてそれらを連れてきたのは他でもない自らであるのだ。
「クライブ殿、そう深刻な顔をしなくても大丈夫です。あの二人がそんな無体をするはずがありません。」
今にも吐きそうな顔をしているクライヴに、伊吹は慰めの言葉を掛ける。
言われれば確かにクライブもそう思うのだが、彼らにも後ろめたい所が無い訳ではない。
そもそも自分達の役割は、【皇国】という国の戦力分析や諸々の体制、そして属領とする価値があるかを見極める事。
はなから友好目的で訪れた訳ではないのだ。
「取り敢えず確認に行きますか…嫌ですけどね。」
溜息をつく青井船長に続き、一行は音が響く方向、領主の館へと足を向けるのだった。
▽
青井達が現場へと歩き始めた頃、既に喧騒は止み、領主館の庭は倒れ伏す衛兵で溢れていた。
「意外に少なかったな。全部で三十人くらいか。つっても、のんびりしてたら町の方からも来そうだ。さっさと行くぞ。」
「はい、師匠。ですが、我々だけで行った所で話が出来ませんが…」
「出来るだろ。白鬼は・・・白姫だったか、そいつに通訳してもらえばいい。」
言われ、確かに先ほどの衛兵の言葉も理解していた白姫なら訳すことも出来るだろうと納得した。
まあ、本人がその扱いを受け入れればという前提の話ではあるが。
『お前達は神を何だと思っているのだ。』
『全くじゃっ!特に小僧、お前の我への態度はあまりあるっ!』
ごねる神々を宥めながら歩き館の入口へ辿り着くと、当然扉は鍵が掛かっているいるので外国風のノックとやらで荒々しく叩く。
「開けねえならぶち破るぞ。」
「師匠、それではただの賊では…?」
「逆だろ。最初に喧嘩打ってきたのは向こうだ。意思の齟齬は早めに解消しておかねえとな。」
面会の約束もせず押し掛ける方が悪いのではという疑問には目を瞑り、次良は都合の良い理屈だけを述べる。
刀一郎にしても何故か強引に突き進む師を止める手立てもなく、只付いて歩く事しか出来なかった。
そして、中から何の反応も無い事に業を煮やし、
「刀一郎……斬れ。」
先ほどの門にしても、何故自分でやらないのかという疑問は抱きつつ、刀一郎は扉中央を真っ直ぐ斬った。
「邪魔するぞ。」
「ひぃっ……」
ひらひらとした衣服を纏う女中が怯えている姿を見て、二人は軽く頭を下げながら中に進む。
「こういう時だけは靴脱がなくて良いのは助かるな。」
「確かに、領主とやらはこの上、三階でしょうか?」
「ああ、だろうな。馬鹿は高い所が好きって相場が決まってるもんだ…馬鹿かどうかは知らんがな。」
館内は豪華絢爛といった趣の装飾が到る所に施されていた。
刀一郎はきょろきょろと落ち着き無くそれを眺めては、皇国とは毛色の違う芸術に目を輝かせる。
そして一番目を引いたのは金色に輝く馬の彫像。
駆け寄り触れてみると、どうやら中は石膏で作られており、金が使われているのは表面の膜だけの様だ。
これには全身が金で出来ていると思った刀一郎もガックリと肩を落とす。
「おい、邪魔が入らねえうちに急ぐぞ。気になるなら後でゆっくり見せてもらえばいい。」
その声で我に返った刀一郎は次良の後を追い階段を駆け上がる。
そして凝った造りの螺旋階段を上がっていくと、それらしい一室に辿り着いた。
「ノックってやつをしてだな…皇国より挨拶にやってまいりました惣万次良と申す者です。どうか開けてはくれませぬか。」
その声はいつもより一段階低く、相手としては開ける訳には行かないと思わせる怖さを秘めていた。
そして僅かな静寂の後、
「仕方ねえなあ。こっちにはどうしても話さなきゃならねえ事があるんだよ…刀一郎……」
扉を斬れと言おうとした次良だったが、刀一郎は言われる前に木製の扉を袈裟斬りにしていた。
ズシンと音を立て道が開かれると、その中には机にしがみ付く様にして震えている小太りの男が目に入った。




