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星間戦争史 ―人類は再び星々に国境を引く―  作者: 三田来栖
第二部 「機動艦隊、出撃」

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第九話 「ディナーはブルストと共に」

連邦標準時

2314年5月20日 19時00分



イプシロン・エリダニ星系

惑星ブラウボーデン 低軌道上

ハーフェンシュタット宇宙港 商業区画



アルマンド・バルデス少将



 バルデスは、寄港中に情報収集も兼ねて、この日のディナーを宇宙港の飲食店で済ませようとしていた。補給艦の艦長であり、彼の同期でもあるエレナを伴い商業区画を歩いていた。


「マンド、もう少しいい服はなかったの? ちょっと古臭いわ」


「うるせえ、私服なんてここ数年買ってないんだよ」


 二人は軍人であることを悟られぬよう、私服で歩いていた。


 だが、流行最先端の服装に身を包むエレナに対し、バルデスは数年前の流行そのままの服装であった。


「まあいいわ。それはそうと、ここは意外と活気があるのね」


「そうだな、情報収集にはちょうどいいかもな」


「それはそうね、ディナーは何にするのか目星はつけてないの?」


「できるだけ庶民的な店がいいな、例えばあれだ」


 バルデスが指さしたのは、多くの客で賑わう標準的な飲食店だった。


 如何にもドイツ風な外観の飲食店で、値段も料理も庶民向けといった感じであった。


「まあ一般的なお店ね。やはりドイツ料理なるのかしら?」


「そのようだな。ソーセージの種類が多いらしい」


「それは楽しみね」


 二人が扉を開けると多くの客が食事と談笑を楽しんでいた。


「いらっしゃい! お二人でよろしいかな?」


「ああ、二人だ、席に案内してくれ」


「ええ、もちろん。今日は水曜日の日替わりスープとブルストがおすすめだよ」


 二人は恰幅のいい陽気な店主に案内されるまま、外側のカウンター席に座った。


「注文が決まったら呼んでください!」


 店主は忙しそうに駆けて行った。


「さて、メニューだ。エレナが先に決めていいぞ」


「じゃあお言葉に甘えて」


 バルデスは、エレナがメニューに目を通している間に周囲を見回した。


「労働者が多いな、ちょうどいい」


「そうね。あ、私はブルストと日替わりスープにするわ。マンドは?」


「俺も同じでいい」


「すいません」


 エレナが手を挙げながら店の者を呼んだ。


 それと同時に彼らの後ろから男が近づいてきた。


 男はアジア系の顔つきでごく普通の民間船の作業着を着ていた。


「失礼、隣、よろしいかな? 今日は満席のようでね」


 バルデスがエレナの顔を伺い返事をした。


「構いませんよ」


「ありがとうございます。ふう、今日は宇宙港が賑わってますな」


「ええ、そのようですね」


「ところでお二人はここの出身じゃなさそうだ。どこから来たんで?」


「ああ、シリウスから商用でね」


 バルデスが無難な返事をした。


「シリウス? 今はなかなか大変な時期じゃないですか?」


「ええ、まあ」


 またしても無難な返事を返すバルデスの背後から店主が駆け寄る。


「お決まりですか?」


「ええ、ブルストと日替わりスープ二つ」


「あ、ビールとブルストのディナーセットで」


 隣席の男も注文した。


「あいよ、少々お待ち」


 店主が去っていった。


「いやあ、私も月から商用で来た身でねえ」


「今夜は商人同士語らいましょうや」


 隣席のは親しげであった。


「そうしましょうか」


「先日は火星が壊滅したらしくてね、うちの会社にも大量発注が来たんですわ」


「あんたらも同じかい?」


 火星という単語にバルデスが僅かに反応した。


「私たちも地球行きの予定だったんだけどね。なんか航路が危ないとかで迂回する羽目になったのよ」


 言葉に詰まりかけるバルデスに代わって、エレナが答える。


「それはそれは。お互い大変ですな」


「しかし、噂によるとシリウスがきな臭いんだとか。ニュースじゃ反乱だ独立だって騒いでますが、実際どうなんです?」


「私ら民間人からすると、商売に影響が出なければいいんですがねえ」


「シリウス出身のお二人は、何かご存じないですか?」


 男の問いかけに対し、バルデスが口を開いた。


「まあ、みんな連邦に不満を抱いてるってことじゃないですかねえ」


 男はその回答に一瞬だけ表情が変わりそうになったが、笑顔を保っていた。


「でも故郷が大変なのは確かね。早く落ち着いてほしいわね」


 エレナが咄嗟にフォローを入れた。


「ところであんた、どこの船なんだ? 自己紹介がまだだったような」


「ああ、すんません!」


 男は財布を取り出し何かを探し始めた。


「私、鈴木と言います。ヨツビシ商船で船長をしております」


 そう言って男は古びた社員証を投影した。


『ヨツビシ商船 貨客船 臨海丸 船長 鈴木勝彦』


「お二人は?」


 二人は顔を見合わせた。身分を証明する物といったら、軍の物しか持ち合わせていなかったのだ。


 バルデスが咄嗟に口を開いた。


「あいにく、今は契約上の都合で社名を出せない仕事でしてね」


「下請けの輸送業なんですよ」


「お互い商売ですから、その辺はご理解ください」


 男は理解を示すように頷き、口を開いた。


「ああ、そういうことでしたか。ご安心を、私も商人ですから」


 背後から魅惑的な肉の匂いと、重々しい足音が近づく。


「お待たせしました! ブルストと日替わりスープ二つ!」


 エレナとバルデスが手を挙げた。


「あとはディナーセットですね」


 鈴木にも料理が運ばれた。


「おお、うまそうだ」


「ええ、熱いうちにどうぞ!」


 三人は運ばれた料理に手を付け始めた。


 鈴木はビールをひと口飲み、質問した。


「しかし、火星の映像、見ました?」


「ありゃ、酷いですよ、史上類を見ないテロだ」


 鈴木は怒り心頭と言った表情をしていた。


 黙る二人をよそに鈴木は、話し続ける。


「火星には昔の同期がいましてね」


「生きているかどうかも分からん」


「軍人同士が戦うのはまだいい」


「だが、あんな民間人ごと吹き飛ばすような真似は……」


「正直、許せませんよ」


 二人は何も言えなかった。


「確かに酷い話ですね……」


「これ以上戦火が広がらないことを願いたいですね」


 バルデスの言葉は本心だった。故郷の独立を願いつつも本格的な戦争は、望んではいなった。


 バルデスがふと、隣の鈴木の右手を見るとほんの僅かな違和感を抱いた。


「ん? あんたホントに船長か? 船長にしては拳がいかついな」


 鈴木の手が止まった。


 ほんの一秒にも満たない沈黙。


 だが次の瞬間、彼は豪快に笑った。


「いやあ、昔は貨物の積み込みを自分でやってましてね」


「若い頃は荷役夫だったんですよ」


「その頃の名残ですわ」


(違うな。荷役夫の手じゃない)


 長年軍に身を置いた彼には、その拳が荷役夫のものではないと直感できた。


「いやあ、すまない、職業病でね」


「いやいやこちらこそ紛らわしい真似を――」


 バルデスは静かに内心でデメテルを呼びかけた。


 インプラントの機能でデメテルに通信を送っていた。


(はい)


(海兵隊を数人呼んでくれ、私服で拳銃だけ持たせて店の前に集めろ)


(構いませんよ、その男の同僚たちも監視しましょうか?)


(ああ、そうしてくれ。この鈴木とかいう男はただの商人じゃなさそうだ)


「どうしたんです? 急に黙り込んで、それに何やら怖い顔をしてますよ?」


 鈴木が心配そうにバルデスの顔を覗き込む。


「ああ、何でもない。ブルストの味に感激していたところです」


「ふふ、マンドったらソーセージ一つで幸せそうな顔するのよ」


「いや、本当に美味しいわ。シリウスじゃこんな味はなかなか食べられないもの」


「ああ、うちは果物は絶品だが、肉は合成ばかりだからな」


「今度うちも輸入しましょうよ。良い商材になるわ」


 エレナの機転で何とか誤魔化すことができた。


「それもそうですね。うちも今度上司に掛け合ってみますかね」


 鈴木も商人らしい雰囲気に戻った。


 だが、鈴木が咄嗟に左手を服の内側に隠したのを、バルデスは見逃さなかった。


 そしてバルデスも腕時計を見て、白々しく発言した。


「おっと、時間がないみたいだ。今夜はこの辺で失礼ますよ」


「あら、そうね、さっと食べて出ましょうか」


 二人は急ぎ目に食事を平らげて席を立ちあがった。


「おや、それは残念だ。また機会があればお話ししましょう」


 鈴木は笑顔でそう言って、ジョッキのビールを飲み干した。


(店の前に五人ほど集めました。どうします?)


 デメテルがインプラント越しにバルデスに呼びかけた。


(ああ、一旦待機だ。鈴木が店を出たら、尾行させろ)


(了解です)


「では、また」


「良い夜を」


 二人は軽く挨拶して店を出た。


 バルデスとエレナは、見覚えのある男たちと一瞬だけ目を合わせ何かを合図するように頷いた。



地球連邦 海軍情報局

鈴木勝彦 大尉


(見抜かれた……か)


 鈴木は先程までビールが入っていたジョッキを置いた。


 店の外へ出ていく男女。


 そして、ほんの一瞬だけすれ違った数人の男たち。


(私服……だが、歩き方が違う)


(軍人か)


 鈴木は皿に残った最後のブルストを頬張り、立ち上がった。


「すみません!」


 店主を呼んだ。


「あの、トイレはどちらに?」


「あと、いつものメニューを」


 駆け寄ってきた店主の表情が変わった。


「あちらです」


「備品は壊さないように」


 店主はそう付け加えると、店の奥を指さした。


「お急ぎですか?」


「少し、ね」


「タバコは外で、お願いしますよ」


「ああ」


 店主の小声の問いかけに短く答えて、鈴木は店の奥のトイレに入った。


 男子トイレの中へ入ると、ウェイターが仰々しく礼をして去って行った。


 個室の扉を開けると、何の変哲もない腰掛ポーチと清掃員の服が置かれていた。


 鈴木は素早く着替えて、裏口からそっと出た。


 そして、鈴木はポーチから電子パイプを取り出して、何気なく三回ほど吸い込む。


 電子パイプが何度か点滅し、鈴木は満足そうに頷く。


(さて、整備用通路で先回りするか)


 鈴木は手慣れた動きで外壁の板を外し、狭い整備用通路に身を潜らせた。


 ハーフェンシュタット宇宙港には、連邦海軍の息のかかった店が点在しており、情報局はそれらを協力拠点として活用していた。


 もちろん、その存在は自治政府にも秘匿されている。


 バルデスたちも連邦工作員の活動自体は警戒していた。


 しかし、目の前の庶民的な飲食店がその一つであるとは予想していなかった。


 そして、鈴木はブラウボーデンの惑星地表で使用されるフィルターマスクを装着し、顔を隠した。



◆15分後――

連邦標準時

2314年5月20日 19時20分


アルマンド・バルデス少将



「あの男、何者なのかしら」


「……恐らく海軍情報局の人間だろう」


「まあ商人じゃないことは確かね」


 バルデスとエレナは港湾区域に戻り、乗艦に向かっていた。


 だが、海兵隊からはいつまで経っても連絡が入らず、二人は訝しんでいた。


 二人が連絡を待っていると、端末から短くブザーが鳴った。


『男は裏口から出たようです。追います!』


「よくやった。アジトを掴んで来い」


『はい』


 海兵隊からの通信に短く答えた。


「しかし、まさか海軍情報局がいるとはな。ここはプロキオンよりよっぽど手強いな」


「同感ね。まだそうと決まった訳じゃないにしても、あの男は厄介ね」


「できればここで拘束したいところだが、そうもいかんしな」


「物騒なことを言わないで。これからの交渉が不利になるでしょうが」


「分かってるよ。ただの願望さ」


「……火星のこと、気にしてるの?」


「そんな! いや、気にしてないと言えば噓になるな」


「でしょうね」


「あれは任務に従っただけでしょ? あんたが思い詰めることじゃないわ」


「だが、俺たちは民間人を殺すつもりはない。いや軍人だってそうだ。俺は海賊からみんなを守りたくて軍に入っただけだ」


「そりゃ故郷が独立するのは喜ばしいが、そのための手段が虐殺ってのは違うだろ」


 沈黙。


「それは私も同感よ」


「でも、もう戦争は始まってるのよ。今更泣き言をいう訳じゃないでしょ?」


「ああ、覚悟は出来てるつもりだ」


 エレナとバルデスは再び沈黙した。


「それはそうと、今回の収穫は親連邦の工作員が居たってことくらいかしらね」


「そうだな、あいつがいたんじゃ俺たちにまともな情報収集は厳しい」


「デメテルと海兵隊に任せるしかないな」


「それもそうね、久しぶりにワクワクする仕事かと思ったんだけどね」


「お前は、なんだかんだ街歩きを楽しんでただろ」


「そりゃそうでしょ、私服で街歩きなんて久々なんだから」


 バルデスは肩をすくめながら、エレナと共に乗艦へ向かって歩き続けた。


 そして、自治政府から割り当てられた宿泊施設はセキュリティの観点から利用は見送られ、クルーや使節団は乗艦で過ごしていた、


◆翌朝――

連邦標準時

2314年5月21日 9時10分


FSD第二艦隊旗艦

装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス少将



「まだ海兵隊からの連絡はないのか?」


「昨夜20時を最後に信号もロストしまして……」


 指揮所のテーブル上で、デメテルが慌ただしく羊皮紙をめくっていた。


「あ! 微弱ですが信号確認!」


「発信源は?」


 デメテルの報告にバルデスが思わず立ち上がる。


「商業区画の外周整備区域です!」


「すぐに救助を向かわせろ!」


「もちろん!」



◆数分後――


 救助に派遣した私服の海兵隊は、整備区画の裏路地で気絶した四人の海兵隊員を発見した。



「すみません、完全に撒かれました……」


「もう一人はどうした?」


「分かりません。突然背後から拘束されて……」


「仕方ない、報告は後だ、すぐに戻るぞ!」


「は、はい」


 海兵隊員は軍曹の呼びかけに力なく答えた。


◆更に数分後――


装甲巡航艦「オリンピア」


アルマンド・バルデス少将



「何だと? 臨海丸がもう出港しただと?」


「は、はい、今朝六時に出港したとのことです」


 船務長の報告にバルデスが驚いていた。


「航路は? それくらいは特定できるだろ?」


「ええ、アルファ・ケンタウリJPに向かってるようです」


 バルデスの問いにデメテルが答えた。


「やられたな」


「ですが、上手くやれば連邦を悪役に仕立てるチャンスかもしれません」


「どういうことだ? 部下の行方不明を交渉の手札にするってのか?」


 バルデスは、テーブルに殴りかかるように前のめりになった。


「落ち着いてください。まずはジュリアーニ外務相に報告しましょう」


「その後でショルツ首長に何があったか報告してもらえば、自治政府側で対処してもらえるかもしれません」


「星系外縁部にいる自治政府の艦隊に通信を送れば、あの貨客船を拿捕することだってできるでしょう?」


 バルデスは冷静になり考え込んだ。


「なるほど、行方不明者の対処と交渉、その両方に対処できる、か」


「よし、まずはジュリアーニ外務相に報告だ。貨客船の速度では星系離脱まで二日はかかる。時間はまだある。」



◆数分後――


「一隻の商船を疑いだけで拿捕させる気か?」


 ジュリアーニ外務相が静かに言った。


「そのような前例を作れば、今後はこちらの商船も同じ扱いを受ける」


「我々は独立国家として振る舞わねばならない」


「海賊ではないのだからな」


 バルデスらの報告を受け取り、ジュリアーニも複雑そうな表情をしていた。


「もちろん行方不明の海兵隊員も救助すべきだが、今は特大の政治案件の最中なんだ」


「短絡的な行動は避けねばならん」


「ただ、ショルツ首長に、何があったかは報告できる」


「彼の対応次第では……救えるかもしれん」


 バルデスは、ジュリアーニの言葉を受け、苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。


「できることはやってくださいね」


 バルデスは短くそう言って、ジュリアーニの滞在する士官寝室を退室した。



 こうして、二回目の会談を控える彼らは、想定外の敵を抱える羽目になり、この先の交渉が困難であることを予感させた。

第一部・第二部あらすじに航路画像を添付したので気になる方はご確認ください

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