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姿見に映った未来は…、不仲な婚約者との(想像以上に)冷え切った結婚生活だった  作者: IROKA


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#56 烏の濡れ羽色 ①

番外編:第三弾

リーバイとメアリーの馴れ初め

「メアリー、正直に答えてちょうだい。うちのお父様のこと、どう思っているの??」


エスターはハネムーン旅行から帰って来て早々、メアリーへ問いかけた。突然の質問に、メアリーは意図が読めなかったが、『正直に』と言われたため思っていることを答えた。

「私の中での伯爵様は、まっ黒です。」

「まっ黒…?」

予想外の答えに、エスターはメアリーの言葉を繰り返した。

「黒以外の感情の色もたまに見えるのですが、基本まっ黒なんですよね。私、こびりつきのようなあの黒を消したくてたまらないのです。」

「…あなたは、キレイ好きだものね。」

ハネムーン旅行中に立ち寄った魔道具屋で、エスターが見た姿見に映った未来では、リーバイとメアリーの間に子どもが生まれていた。エスターは自分の父親であるリーバイなんかよりも、メアリーにはもっといい相手と結ばれて欲しいと願い、その未来を阻止しようとしているのだ。

次にエスターは、父親に再婚の意思があるか尋ねた。リーバイは娘からの唐突な質問に警戒心を強めつつ、いつもの仏頂面で、『ない』と答えた。

現時点で、ふたりの間に特別な感情はないと確信したエスターは、ふたりの距離が縮まらないよう見張るため、頻繁に実家へ帰ろうと意気込んだ。だが…。辺境伯邸へ戻ったエスターは、つわりによる体調不良のため2ヶ月もの間、ヴェルナー領から身動きが取れない状態になってしまう。

そして。その2ヶ月の間に、リーバイとメアリーの関係に変化が起きたのだった。


リーバイは、国王からの指示で、とある領地を訪れていた。この地の領主は、国から無償で提供された感染症の特効薬と予防薬を私物化し、領民に薬の代金を請求しているのだ。薬代を払うことのできない者たちは、病に苦しむしかなかった。国内のほとんどの地域で感染症が終息している中、薬が行き渡らないこの領地では、いまだに蔓延しているのだ。王命により、リーバイはこの領主を捕らえ、薬が領民へ行き渡るのを見届けた。

仕事を終え伯爵邸へ帰宅したリーバイは、その夜高熱に襲われた。翌日には診察した伯爵家の侍医も発熱したため、メアリーはロックハート侯爵邸へ助けを求めた。ラザラスか診察した結果、リーバイは変異したウイルスに感染していた。あの領地ではウイルスが変異していのだ。感染を広げないよう接触者を最低限に抑え、リーバイの看病はメアリーが担当することになった。幸い、予防薬は変異ウイルスにも効果があり、リーバイと侍医は重症化せずにすんだ。

しかし、リーバイの方は後遺症に見舞われ、ひどい頭痛や、倦怠感、睡眠障害などの症状に悩まされた。ラザラスから、症状に合った薬を処方してもらい、メアリーは懸命に看病したのだが、抑うつの症状もみられるようになり、リーバイは薬を飲むのを拒みだした。

困ったメアリーがラザラスへ相談しているところへ、ウィルバートが転移して来た。ウィルバートは、つわりで動けないエスターから、リーバイとメアリーの仲を確認してくるよう言われたのだ。ふたりから助言をもらったメアリーは、早速行動に移した。

「伯爵様。お薬を飲んでください。」

リーバイは返事もせず、布団をかぶっていた。メアリーは深く息を吸って吐き出すと、覚悟を決めた。

「伯爵様。ご無礼をお許しください。」

リーバイを起き上がらせたメアリーは、薬と水を口に含み、それを口移しで飲ませた。リーバイは驚いてメアリーを押し返そうとしたが、びくともしなかった。シルヴィアほどではないが、男爵家の血を引くメアリーも力が強いのだ。口の中に含んだ薬を全て飲ませ、メアリーは唇を離した。するとリーバイが、メアリーを引き寄せ、再び、唇を重ねた。メアリーは、リーバイの舌が自分の口の中でなにかを探すような動きをしていたため、もっと水を飲みたいのかと思った。そこでメアリーが、『もっと?』と尋ねたところ、リーバイは、『もっと。』と答えた。メアリーは水を含むと、再び口移しをした。リーバイは、欲しくてたまらないと言わんばかりに、メアリーの口から水を勢いよく吸い込んだ。リーバイは水がなくなっても唇を離さず、自身の舌とメアリーの舌を絡めた。

拒むことなくリーバイを受け入れていたメアリーは、あることに気づいた。リーバイの纏う黒い色がただの黒ではなく、青や緑、紫が混ざり光沢を帯びているのだ。リーバイの纏う黒を消したいと思っていたメアリーは、考えを改めた。自分が気づいていなかっただけで、表情に変化のない本人同様、感情の色もわかりにくいが、よく見れば黒の中にもいろいろな色が混ざり合い綺麗な色をしている。黒は負の感情だと決めつけていたが、リーバイはこのままでいいのだ。この黒こそ、リーバイの本質なのだから。

メアリーを抱き枕にしたリーバイは、久し振りに深い眠りに就いた。メアリーは、リーバイを起こさぬようにそっとベッドを抜け出した。


夕食を運んできたメアリーは、ノックをしても返事がないため、静かにドアを開け部屋を覗いた。ベッドにはリーバイの姿がなく、メアリーは耳を澄まし、リーバイの居場所を探した。そして、寝室と繋がる私室で仕事をしているリーバイを見て、メアリーは呆れてしまう。

「伯爵様は体調が少しでもよくなると、すぐお仕事をなさるのですね。またぶり返してしまいますよ!?」

「いや、しかし…。すでに、これほど溜まっているのだ…。」

リーバイは書類の山を見て嘆いたが、実際は頭を冷やすために仕事をしていたのだ。

少し前に目を覚ましたリーバイは、眠りに就く前の出来事を思い出し、羞恥心に襲われた。娘よりも若いメイドに醜態を晒し、あまつさえ唇を奪った己の愚行に。いくら、体調不良で正気ではなかったとしても、自分が、父親と同じ愚行を犯した事実は変わらない。あれほど、父親のようにはならないと戒めを課していたというのに、血は争えないのだと己の弱さを嘆いた。しかも、己の愚行を後悔しているというのに、意に反して、メアリーの頬や唇、舌の感触、密着させた体から感じた体温を反芻してしまうのだった。ベッドに横になっているとどうしても思い出してしまうため、他のことを考えようと私室へ向かい、仕事をすることにした。

「今はお仕事より、お体を治すことを優先させてください。どうしてもベッドへお戻りにならないのなら、抱えてでも無理やり戻しますよ!?」

「…いや。自分で戻るとしよう。」

唇を重ねたというのに、全く気にする素振りのないメアリーの態度にリーバイは拍子抜けした。

メアリーの方は、リーバイの纏う色がただの黒色に戻っていることが不満だった。しかも、はじめて会ったときのような凝縮された黒。

(この黒じゃない!!)

先程の光沢を帯びた黒を見るためにメアリーは思考を巡らせ、あの色はリーバイが素直になったからだと結論づけた。

リーバイは食事はあまり手をつけられなかったが、食後に出された薬はしっかり自分で飲んだ。メアリーが、ラザラスから処方されたロータス茶を淹れていると、リーバイが一緒に飲もうと、メアリーを茶に誘った。メアリーは少し迷ったが、自分の分の茶も淹れた。リーバイは看病の礼と、先程の愚行を詫たいと思っているのだが、茶に誘っておきながら、しゃべっているのはメアリーばかりだった。

茶を飲み終えるとメアリーは、洗浄魔法でリーバイの体を洗い、着脱魔法で服を着せ替えた。

「便利だな。」

「魔道具作りに没頭する兄たちのために考えたのです。自分では上手くいかず、完成させたのも兄たちですけどね。」

「あぁ。陛下の転移石へ食いついた、あの双子か。」

「魔石や魔道具のことになると周りが見えなくなってしまうのです。でもまさか、国王陛下へあのような態度をとるなんて…。」

「欲望に忠実でいられるのは、少し羨ましくもあるがな。まぁ、身内は大変そうだが。」

「ええ、本当に大変なのです。」

メアリーは、リーバイの口角がわずかに上がっているのを見逃さなかった。どうしたら、もっとリーバイを笑顔にし、先程の光沢を帯びた、艶やかな黒を見られるだろうかと考えた。

そこで、先程の再現を試みることにした。

「伯爵様。就寝前に水を飲まれますか??」

ウォーターピッチャーを手に取り、リーバイを見上げたメアリーは、さらに一言付け加えた。

「口移しで。」

メアリーは真剣だったが、リーバイは先程の自身の愚行を冗談にしてくれていると捉えた。親子ほど年の離れたメアリーに気を遣わせてしまい、情けなさが増したが、これで謝罪しやすくなったと考えた。

しかし、リーバイの口から出たのは謝罪の言葉ではなかった。

「ああ、頼む。」

リーバイは、自分の発した言葉に驚いた。思っていた言葉ではない言葉が出たから。自身の発言を取り消そうとしたときには、メアリーはすでにコップに水を注いでいた。リーバイの心臓は早鐘を打ち、水を口に含み、見つめながら近づいて来るメアリーから目をそらすことができなかった。そして、メアリーが目の前まで来ると彼女の肩を押さえ、待ち焦がれたようにその唇を奪った。

理性が"駄目だ!"と警鐘を鳴らし、このことをエスターが知ったら大事になるということも頭でははっきり理解している。だというのに、メアリーをベッドに押し倒している現状にリーバイは自分が自分でないようだと感じていた。先程まで、父親と同じ愚行を犯したと、自責の念を抱いていたのはどこの誰だと。

ふと、リーバイは、メアリーと目が合わないことに気づいた。メアリーの視線は、リーバイのまわりに向けられていた。

「メアリー。私の感情の色が気になるのか??」

「はい。はじめてお会いしたときと変わらずまっ黒なのですが、どうやら伯爵様が素直になられると、黒の中に他の色も現れるようです。その黒が、光沢を帯びていてキレイなのですよ。」

「…今、光沢を帯びているのか?」

「はい。今は、艶やかな黒をしています。私はずっと、黒はこびりついた頑固な汚れを連想するので、伯爵様の黒い感情もなんとかしたいと思っていました。だけど、黒の中にもキレイな黒色もあると知ったんです。先程、薬を口移ししたときに。」

メアリーは、はっとして自分の口を押さえた。一方、口移しした際に感情の色に変化があったと聞いたリーバイは、恥ずかしさに耐えられず、メアリーの隣に横になると顔を覆った。

「あのぅ…、伯爵様。体に、なにかおかしな点はありませんか??」

メアリーは、恐る恐る問いかけた。リーバイが、顔を覆っている隙間から様子を伺うと、メアリーはなにやら困惑しているようだった。

「えぇと。例えば、言葉にするつもりのないことを口に出してしまったりとか?私は、実際に伯爵様の感情の色を頑固な汚れみたいだと思ってはいたのですが、口に出すつもりなんてなかったのです…。」

「それは今、我々の身になにかが起きているということか?」

「ラザラス様とウィルバート様に、伯爵様がお薬を飲んでくださらないことを相談したのです。そしたら、無理やりにでも飲ませるよう言われたんです。責任は取ると言ってくださって。その際、この素直になるポーションをいただいて…。」

メアリーは、エプロンのポケットからポーションを出した。

「そのポーションを、我々は飲んだのだな…。」

自身の異変に心当たりのあったリーバイは、このポーションの仕業だと確信した。

「薬を口移ししたときの水と、先程のお茶にも入れました。」

「メアリーはよく、わかっていてポーション入りの茶を飲んだな。」

「ちょっとだけ、ためらったのですが。私は、伯爵様へ隠し事なんてしていないから、飲んでも平気だと思ったんです。まさか、言わなくていいことまで口に出してしまうなんて…。」

「…いや、メアリーの発言はそこまで気にするものではないだろう。問題は、私の方だ…。口移しをせがんだのだからな…。」

メアリーは、両手で顔を覆うリーバイの上に跨った。驚いたリーバイが見上げると、メアリーは微笑んでいた。

「今、伯爵様から、また新たな色が見えます。」

「そんなことが、嬉しいのか??」

「私、黒い色はよくない感情だと決めつけていました。だけど、感情を表情に出すのが苦手なのと同じで、感情の色も変化しにくいだけなんだって気づいたんです。伯爵様の表情をよく見ていたら、少し口角が上がっていたり、目尻が下がったりしているのと一緒で、感情の色も変化していたのですね。今まで気づかずにいて、すみませんでした。だけど、伯爵様の感情に少しでも触れることができて嬉しいです。」

「少しではない…。私自身でさえ知らなかった感情を、メアリーが引っ張り出したんだ。責任を取ってもらうとしよう。」

リーバイは両手を広げ、自身の胸にメアリーを呼び込んだ。

「それから、私は口移しをして欲しいわけではない。正確には、メアリーとキスがしたい。」

ポーションのせいで、普段なら絶対に言わない台詞を言ってしまい、リーバイは口を押さえた。

「伯爵様。口を隠していたら、キスはできませんよ?」

「君は、嫌ではないのか??こんな、父親ほど年の離れた私なんかと…。」

「嫌ではありません。だって、唇を重ねてると伯爵様の色が変わるから。私はその色を見たいのです。それに、遺伝上のお父様でしたら、伯爵様よりもっと年上ですからね。」

「確かに、前男爵様と比べれば…。」

「伯爵様の色をもっと見せてください。」

「メアリー…。私の名を呼んでくれないか。」

「リーバイ様…。」

メアリーは興奮のあまり、リーバイの上で身悶えた。名前を呼んだら、リーバイからたくさんの感情の色が見えたから。

「メアリー…。あまり、動かないでくれるか??」

「えぇー!?ムリです。だって、黒の中にいろんな色が揺らめいていて、とってもキレイなんですもの。まるで、オーロラみたいです!あっ、見たことはないのですが。」

リーバイは、自身の上でバタバタと動くメアリーを抱き締め、落ち着かせようとした。

「辺境伯殿が、ヴェルナー領でオーロラが見れると言っていたな。いつか一緒に見に行くか?」

「見に行きたいです!!」

メアリーは即答すると、リーバイの口に唇を押しつけたり、耳元で彼の名前を呼んだりを繰り返した。その度、リーバイの感情の色が変化し、ゆらゆらと揺らめいた。

「リーバイ様。お慰めしてもよろしいですか?」

首を横に振ろうとしたリーバイだったが、気づけば頷いていた。メアリーは同意を得ると、脱衣魔法で自分たちの服を脱がせた。

「どうせなら、私が脱がせたかったのだが…。」

リーバイの本音に、メアリーは首を傾げた。そのようなことに、主人の手を煩わせるわけにはいかないと。リーバイは、メアリーと体の位置を入れ替え、彼女を見下ろした。

「リーバイ様??これだと、母に教えられたやり方と違うので、お慰めできません。」

「やり方とは…。前男爵様の血の暴走を止めるための行為のことか?前男爵様は、協力的ではなかったと聞いたが…。君の母は、娘にそのようなことを教えたのか?まさかとは思うが、その行為を強いられたことはないだろうな??前男爵様は、君の父親だぞ!?」

「遺伝上はそうですね。でも、大旦那様の命が最優先ですから。大旦那様にもしものことがあれば、大奥様が悲しまれます。大奥様を悲しませるなんてこと、絶対にあってはならないのです。」

「遺伝上、血の繋がりがあるから問題なのだ…。それに話を聞く限り、最優先は前男爵夫人なのではないか??そうか…。エスターが、男爵家の使用人たちの忠誠心の強さを、『怖い』と言っていたのはこういうところか。」

シルヴィアが、婚外子を受け入れられないと言ったのは、男爵家の婚外子たちが男爵家のためならば禁忌を犯すことも、命を危険に晒すのも厭わないほど、危うい忠誠心を持っているためだった。

「わかりました。リーバイ様はご自分が動かれる、ハンス式をお望みなのですね!?ですが、申し訳ございません。ハンスのやり方は、母から教わっていないのです。」

「…遺伝上の父と兄のことは考えず、私だけを想い、見ていてくれ。」

激怒するであろうエスターのことを頭の隅へ追いやり、リーバイもまた、メアリーだけを想い、見つめた。



目を覚ましたリーバイは、自身にぴったりと寄り添って寝ているメアリーの頬に触れ、幸福感に包まれた。だがすぐに現実と向き合い、幸福感は罪悪感へと変わった。頭を冷やそうとベッドを出ようとしたが、抱き枕のようにがっちり抱きつかれていて、抜け出せなかった。メアリーに手を出してしまい、後ろめたい気持ちでいっぱいのリーバイの隣で本人はスヤスヤと眠っている。

目を覚ましたメアリーは、リーバイの感情の色が戻っていることを嘆いた。

「えぇー、ただの黒に戻ってる!?ポーションが切れたから、また殻に閉じこもってしまったのですか??すべてを見せ合ったのに、今さらじゃないですか。」

「メアリーは、今もポーションが効いているようだな??」

「どうでしょうか?私は、もともと素直ですからね。」

「いや、昨晩は、私の感情の色を黒いこびりつきのようだと発言し、悔やんでいたではないか。」

「でも、言ってしまったものは仕方ありませんよね。それに伯爵様は、お叱りになりませんでしたからね。つまり。あの発言が許されるのならば、たいていの発言は許されるということです。」

「やはり君は、あの双子の妹なのだな…。」

イーサンとネイサンに似ていると言われたメアリーは、ムッとしてリーバイの胸に頭突きをした。

「うっ…。君の頭突きは、結構痛いな。」

「すみません、伯爵様!?やり過ぎました。」

「どうやら、ポーションの効果は切れているようだ。呼び方が戻っているからな…。」

リーバイの気持ちを想像して、メアリーは名前を呼んだ。

「…リーバイ様??」

リーバイの感情に色が現れ、メアリーは昨晩のように何度も名前を呼んだ。



1ヶ月後。

アンダーソン伯爵領の湖畔では、パトリックの3歳の誕生日パーティが開かれていた。伯爵家主催のパーティだが、寝込んでいた間に溜まった仕事を片づけなければならないため、リーバイの姿はなかった。パーティは、リーバイの代わりに、つわりが落ち着いたエスターが取り仕切り、パトリックの実父であるノアと、妻のシャーロットも招待されていた。

パーティのあとには、フィリアとラザラス、エスターとウィルバート、ノアとシャーロットがガゼボでお茶をしていた。片づけに追われる伯爵家の使用人の代わりに、ケイトがお茶を淹れている。メアリーは、ガゼボから離れた場所でパトリックと、フィリアとラザラスの子、エミリオの相手をしていた。しばらくすると、ハンスが転移して来て、エスターのもとへと向かって行った。

エミリオが昼寝する傍らで、パトリックはずっとメアリーの腹に顔を当てていた。パトリックは昨年の今頃、母親を亡くしているため、母親が恋しいのだろうとメアリーは察した。

「パトリック坊っちゃん?安心するのですか??」

「おはなししてるの。はやく、あいたいな。まってるよって。」

子どもの言うことはよくわからないと、16歳のメアリーは首を傾げるのだった。

しかし。この直後、メアリーに大きな転機が訪れるのだ。ここからメアリーの人生は180度変わっていく。

メアリーは、怒りのオーラを纏うエスターがラザラスを引っ張りながら自分の方へ近づいて来るので、ただならぬ雰囲気を感じていた。そしてわけのわからぬまま、メアリーは自身の腹にラザラスから魔力を流された。

「いるな。」

ラザラスは、メアリーの腹から小さな魔力の反応を感知し、それを聞いたエスターは、リーバイへ怒りをあらわにした。

「お父様ったら、私のおばで、元妻の義妹でもあるメアリーに手を出すなんて、信じられない!!」

「遺伝上はおばかもしれませんけど、私はただのメイドですからね。」

「そうね…。メイドであるメアリーは主に逆らえず、お父様に手込めにされて、孕まされてしまったのよね!?悪いのは全部、お父様なのよ!」

「え…??孕まされた?私、子どもができたのですか!?バーバラから緊急避妊薬をもらって飲んだのに!?」

「メアリーも、月兎の血の強さは知ってるでしょう?ナナリーだって避妊薬を飲んでいたけれど、イーサンとネイサン、それからあなたを身ごもったのだからね。いつも、遺伝上の父なんて呼んで一線を引いていても、あなたにも、お祖父様の血が流れているのよ。…錬金術でつくった避妊薬も改良する必要があるわね。」

メアリーは、自身のお腹をさすってみた。

「あの…、お嬢様。もしも本当に、私のお腹に赤ちゃんがいるとして…。どうして、その父親が伯爵様だと確信なさっているのですか??」

「お父様以外に誰がいるっていうのよ!?伯爵家のお祖父様もメイドだったばあやに手を出して、お父様もメイドのメアリーに手を出したのよ!!血は争えないのね!」

「今さら怒ったって、仕方ないだろ??もう授かってるんだからな。姿見で見た通りになっただけじゃないか。リッキーもわかるんだろ?よかったな。リッキーの、運命の相手だもんな。」

「あんた、他人事だと思って!!」

ラザラスとパトリックがハイタッチしていると、ハンスとケイトが全力疾走で向かって来た。

「お嬢様!!我々が、男爵家の養子になっているという話は本当なのですか!?」

ハンスは血相を変えて、エスターへ尋ねた。

「そうよ!お祖父様の婚外子である、あなたたち13人全員、男爵家の養子に入ってるわ。」

ハンスとケイトとメアリーは三人とも驚いてはいたが、それぞれ違う反応をしていた。ハンスは、エスターが前男爵へ入れ知恵をしたのかと問い詰め、ケイトは騒いでも仕方ないと受け入れ、メアリーはイーサンとネイサンの迷惑な行動が男爵家へ泥を塗るのではないかと心配していた。ハンスは、湖畔で花の手入れをしていたダグラスを呼び、自分たちが男爵家の養子に入っていたことを説明した。ダグラスは、話を聞かなかったことにして、これまで通り暮らしたいと、現実逃避していた。

「それでメアリー。お腹の子の父親は、本当に伯爵様なのね?」

ケイトが確認すると、メアリーは頷いた。すると、エスターがわめき出した。

「あぁ、かわいそうなメアリー。あんな、おじさんの子を身ごもるだなんて。」

「エスターお嬢様は、少し静かにしていてください。メアリーと伯爵様は、どんな関係なの?」

「ケイトったら、おかしなこと聞くわね。そんなの、主とメイドに決まってるじゃない。」

「身ごもっているのだから、ただの主とメイドの関係じゃないでしょう??ノア様と、ロザリーヌ様のような関係なのかと聞いているのよ。」

メアリーは、公爵家の次男のノアとメイドのロザリーヌとの間に生まれたパトリックへ視線を向けた。

「いいえ。おふたりのような愛し合う関係ではないわ。ただ…。私が触れたり、お名前を呼ぶと伯爵様の感情の色が変化するの。それがね、暗闇に浮かぶオーロラみたいでキレイなのよ。そう伝えたら、いつか一緒にオーロラを見に行こうって言われたの。」

「そう。それを聞いて安心したわ。伯爵様は、きっとメアリーを幸せにしてくれるはずよ。」

「ちょっと、ケイト!!メアリーの幸せを勝手に決めないでよ!」

「伯爵様が、私を幸せに…??それはどうかしら?だってね、伯爵様は素直になるポーションを飲まないと素直になれないのよ??どうしたら、もっと心を開いてくださるのかしら?」

「ちょっと待って!?素直になるポーションですって??」

エスターの野生の勘が働いた。

「ラザラス!?あのポーションって、まだ残っていたわよね??誰が持ってるの?」

「そうか。伯爵は、あのポーションを飲んで素直になれたんだな。ポーションに頼らないと素直になれないなんて、おまえと同じだな。やっぱり、血は争えないな。」

「私が、ウィル様に飲ませられたポーションの残りを、お父様が飲んだってことね!?あんたが、メアリーに渡したの??それとも、ウィル様??」

エスターの手のひらの、小さく巻き上がるつむじ風に気づいたラザラスは、パトリックにフィリアのところまで走れと声をかけ、ケイトはエミリオを抱いて避難した。パトリックのあとを追ったラザラスは、エスターのもとへ向かうウィルバートとすれ違う。

「ウィル様。ポーションの残りをメアリーに渡したこと、あいつにバレましたよ!?」

「はい、聞こえてました。あはは…。だいぶ怒ってますね。」

「しっかりしてください。目が笑ってませんよ。だけど、リッキーにとっては最高の誕生日プレゼントになりましたよね。」

「パトリック君の運命の相手ですからね。」

ウィルバートは、パトリックへ視線を送り、微笑み合った。その様子を見ていてケイトは疑問に思い、尋ねた。

「運命の相手??血の繋がりはなくても、パトリック坊っちゃんにとっては、弟か妹にあたるのでは?」

「まぁ、そのうちわかるから、見守ってくれよ。ところで、ケイトは養子の件、納得したのか?ハンスはまったく納得してないようだけど。」

「大旦那様がお決めになられたことなのであれば、私は従うだけです。それに、どうせ覆りませんからね。騒ぐだけムダです。」

「ケイトの落ち着きぶりは、エスターや、ラス殿と同い年とは思えないな。」

「いやいや、ウィル様。ケイトは男爵家の使用人の中では珍しく、イーサンとネイサンの次に自分の好きなことを優先させるやつですからね。養子の件だって、"切り札が増えた"って程度にしか思ってないんだろ!?」

「遺伝上の父親の養子に入るって、それほど特別なことでもないですからね。確かに、身分があればできることが増えますけど。」

不敵な笑みを浮かべるケイトを見て、ラザラスははっとした。

「こいつ。すでに、次の展開を思い描いてるな。」


その夜。アンダーソン伯爵邸では、パトリックの誕生日を祝う晩餐会の前に、家族会議が開かれたのだった。



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