あなたと生きたい!
俺は背筋が凍り、行動不能になる。だって今までの人生、こんなに刺激が強すぎることなんてなかった。
平穏が心地よくて無難に生きて、平凡に慣れすぎた。それなのに、いきなり知人の首に包丁が突きつけられるなんて!
俺はどうしたらいい? 助けたいが、俺が殺されるかもしれないじゃないかっ!
存在すら恐ろしいのに、メガネ店員は俺に怒鳴り散らした!
「オラオラ何見てんだよ! いいかっ、オレはこの女と共に死ぬ! もう疲れたんだよ、逃げ回るのは!」
なずなはハッとして、
「も、もしかしてあなたが噂の凶悪犯?」
「凶悪犯だと!? それは、世間が勝手に呼んでるだけだっ! いつもいつも勝手な奴らだよっ! 散々オレを変人呼ばわりしやがって! だから、何でも信じすぎるこの変人女と心中する事にしたっ! 悪いなイケメン彼氏。この女は、たった今から煮ようが焼こうがオレの自由にさせてもらう!」
くっそー、動けよ体!
根っからの平和主義すぎる!
行動を起こさないと、この状況を打開できないだろっ!
悲鳴が聞こえる。店員と客が、どんどん逃げだしているからだ。内心、怖いから逃げ出したい。そんな気持ちを後押しするように、なずなが告げた。
「恭介さん逃げてっ、私はあなたに大きな借りがある! これ以上は申し訳ないわ!」
「で、でもなずなさん。逃げるなんて、俺にはできない!」
「そうだ恭介さん、私があなたをのっぺらぼうに変えた理由を教えてあげる! 寂しかったの。だから、ヤバいまじない『ンジャナメ密教』に手を出した。正直、誰でも良かった。まじないにかかり、顔を失えば部屋から出られないから……。さあ、こんな最低女の事は忘れて逃げるのっ!」
「誰が逃げるかよっ! 俺はのっぺらぼうだっ! つまり、あんたがいなければ生きていけない! あんたが必要なんだーっ!」
「でも、私みたいな変人といたら、恭介さんまでも変な目で見られるのよっ! それでもいいのっ!?」
俺は、袖で自分の顔をこすった。
「なずなさん、俺の顔をよーく見るんだ!」
「の、のっぺらぼう!」
「あんたは軽い変人だよ! ただ個性的なだけじゃないか! 俺こそ妖怪であり、最高の変人だっ!」
「あ、ああ……」
「さあその凶悪犯と心中するか、最高の変人である俺と生きるか。どっちだ!?」
「わ、私は……。私はやっぱり恭介さんと生きたいっ!」
答えを聞いて、俺は決意を固めた。なずなを救う!
幸い、凶悪犯は俺の顔を見て驚いている。
「ぎゃあ、本物ののっぺらぼうだ!」
今がチャンス! 俺は、凶悪犯の顔面にパンチを食らわせた!
あお向けでのびている凶悪犯を、警察が入店してきて逮捕。その後、俺の顔に驚き去っていく。そして、店内には俺となずな2人だけが残った。
「ごめんなさい恭介さん。私の身勝手のせいでのっぺらぼうになってしまって……」
「ああ。これから俺を待っているのは、のっぺらぼうテンプレだ」
「本当にごめんなさいっ!」
「でも、悲観してはいないさ。平凡から変人へと転生した俺には、純粋すぎて変人ななずなさんがいる。変人一人なら辛いけど、2人ならば寂しくないでしょ! だから一緒に暮らそう!」
「うん、これからは毎日ご飯をあげるからね!」
「やっぱりペットか俺は! いや、この顔はペットですらないな。よし、食わせてもらう代わりに役立つ妖怪として俺は生きるぞ!」
「えっ、恭介さんって妖怪だったの!? 人間じゃなかったの?」
あんたのせいだって! やはり、この少女は俺が側にいてやらないといけないな。