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若草の誘惑

 合宿所のリビング。昼食後疲れた顔の面々が顔を揃える。いや、面々とはいうがそれは1年生だけで構成されていた。上級生たちは各自部屋に戻っている。


「…午前中だけで8回気絶したよ。魔力切れ以外で気絶したの初めてだった。」

 重が苦笑いしながら言う。午前中に創士と組手をしたのだがほとんど相手にならずボコボコにされた。それでも後半は食らいつくことができ8回に抑えた。創士曰く『悪くない。俺は宣言通り10回は気絶させるつもりだった。その2回はお前の成長の証だ。』とのことだった。


「中々ハードだった様だな。そう言う俺も…体は大丈夫だが頭がな。風待さんも考え方が独特でな。空間を使うって言うのは難しいもんだ。頭から湯気が出そうだったぜ。」

 風待に師事し広域展開について学んだ剣。広域展開は使い所を間違えれば相手に利用されてしまうので使い勝手が良い方ではない。さらに集団戦では味方を巻き込む可能性すらある。しかし成功した場合の効果は折り紙つきである。


「そっちも大変そうだね。広域展開か。俺のlevelでは展開出来るほどの魔法はないからな〜。それで?使えそう?。」


「んーどうだろうな。戦いの中で使うとなると習熟度が足りないな。もう少し鍛えないと使えるかどうかわからん。是非とも使いたいがな。あれは幅が広がるぞ。」

 お互いの訓練の内容を話し合う2人。そう、2人。残りの3人は別のことに気をとられていた。


「こ、これは…美味すぎる。なんだこれは⁉︎。」


「若草さん…流石です。でもカロリーが。」


「お兄のケーキ久しぶりに食べたよ。めっちゃ美味しい。」

 皿を取り囲む様にソファに座る3人。その皿の上にはシフォンケーキと生クリームが乗せられていた。若草が朝焼いておいたもので冷蔵庫で冷やされ食べ頃である。それをリビングを去る前に置いていったのだった。


「あの人は本当に家庭的だな。本当に花凛の兄なのか?。」

 相変わらずケーキを食べながら草薙が言う。


「お兄は私のお兄だよ。でもそうだねー、この辺は似てないね。私家事は何にも出来ないし〜。」

 草薙の言葉に反応して花凛が言う。ソファに座り伸びをしながら後ろに仰け反っている。


「大樹さんは寮でもご飯を作ってくれてるんですよ。それもすっごく美味しいです。ただ…私入学してからちょっと体重が…」

 澪が少し落ち込みながら言う。普段から魔法の練習を行いカロリーも消費しているがそれよりも若草の作る料理が美味しすぎて過剰摂取になってしまっている。十代の少女としては深刻な問題である。


「うん、確かにこの味…このレベルの料理が出たら食べ過ぎてしまうかもしれないな。現に昼食の後に間食してしまっているわけだし。」

 3人とも止めようとはしている様だが甘味の誘惑には抗えない様で手は止まることはない。そこに…


「おいおい、あんまし食べ過ぎんなよ。動けなくなるぞ。花凛!。食いながら寝るな。牛になるぞ。」

 剣が注意を促す。先ほどまでは仰け反っていただけだった花凛がついには寝転びながら食べ始めたのでそれに叱責を加えるのも忘れない。


「まぁまぁ剣、甘い物を食べたくなるのは仕方ないよみんな疲れてるんだし。それに午後は3時からだからまだ時間もあるしね。」

 現在の時刻は1時。次の訓練まで2時間ある。


「ん…そうか。…んじゃ俺はひと眠りしてくるわ。頭の中を整理しないと影響が出そうだからな。あ、花凛!。床に落ちたのは食うなよ。」

 床にこぼしたケーキを拾って食べようとした花凛に注意をして剣は自室に引き上げていった。


「剣さん、お母さんみたいでしたね。」


「そうだね、なんだかんだ言って面倒見はいい奴なんだよ。自分も大概ズボラだけどね。」


「…さてと俺も少し休むよ。午前結構きつかったし。3人も休んどいた方がいいよ。創士さんが午後もしんどくなるって言ってたから。」

 重が退室する。


「くー、くー、…」

 その時既に花凛はソファで眠りについていた。片手にはケーキを持ったままである。


「花凛ちゃん…」


「ったく花凛は…あの若草さんの妹とは思えんな。ほら、起きろ!。寝るなら自分の部屋で寝ろ!。お前はデカイから担ぐのは大変なんだ。」


「うー…眠い…すごいすごいよ。…」

 草薙の声に対しても訳のわからない発言をし再び眠りにつく花凛。


「…よし、澪ちゃん私達ももう行こう。花凛はもうダメだ。」

 早々に諦め花凛を切り捨てることを決める草薙。


「え!…うーん、そうだね。」

 花凛の様子を見て確かにこれを起こすのは骨が折れると判断した澪も花凛を置き去りにすることにする。


「それじゃあ行こうか。」

 草薙と澪はリビングを後にする。リビングには幸せそうな寝顔を浮かべる花凛だけが転がっていた。


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