第五十六話
狼一座、サーカス団。
見てると不思議と声を上げたくなる。遠吠えされるせいかな?
ナイフ投げ、火の輪くぐり、大勢での組み体操からぶら下げられたロープを使った曲芸まで。
抱えている楽団の演奏も実に華やかで、管楽器の旋律もさることながら大きな打楽器のリズムに鼓動を揺さぶられる。
一区切りついてすぐ、魔法で作られた空中吹奏に美しい狼の少女が飛び込んで魅せられた光と水の演劇は途方もないほど美しかった。
フィナーレとして出てきたペロリがマイクを手に歌って踊って大盛り上がり。
膝上に抱いたレオとルナが歓声をあげてペロリに手を伸ばす。もちろんステージにあげるわけにはいかないので、片腕でおさえましたけど。
でも終わってみると、ざっと見で千人近くはいる観客が総立ちで拍手するんだからな。ペロリはすごい。名実ともにピジョウのアイドルって感じだ。いっそ祭りの終わりのセレモニーで歌ってもらうか。それがいいな。
すぐ次の回にうつるので外へと出て、俺は二人の女性を連れて勇者の胃袋へ向かった。
予約席に腰掛けると、ウェイトレス服姿のコハナがすかさずお酒の注文にやってくる。女神は人間世界の、破壊神は魔界の銘柄をそれぞれに指定した。どちらも聞いたことがない名前だったが、しかしコハナは優雅にお辞儀をして下がっていく。用意があるのだろう。さすがはコハナ。
それにしても。
「二人とも好きな銘柄があるんだな」
俺の言葉に二人は顔を見合わせて笑った。
「女神はほら。いちおう人の味方だから? 人間世界のものならなんでもおさえてるよ」
「ふん。そんなの人間世界を滅ぼすために作った魔界からくらべたら刺激の少ないジュースだね。本物のお酒は魔界にしかないよ」
二人のこめかみに血管が浮き出る。笑顔でケンカを始めそうだ。やめてください。
「まあまあまあ! どっちも楽しめる飯がでるから! な? な? 仲良くしようよ、な?」
「仲いいけどね」
「閉じ込める姉代わりなんていらないけど」
「……ふん」
がし、とテーブルの下で音がした。それは一回だけに留まらず、何回も聞こえてくる。
嫌な予感とともにそっとテーブルの下を覗いてみたら、二人してスネを蹴り合っていた。
やれやれ。
「タカユキ」「……同席するぞ」
義理の兄となったルーミリア帝国の帝王クリフォードと魔王が二人してテーブルに腰を下ろす。二人だけに留まらず、仕事が一区切りついたクラリスとクロリアの二人もやってきた。隣の席にやってきたのはルカルーと三つ子であり、警備隊の面々。見渡せば各省庁にいる役人が集まるテーブルもある。
みんなには予め集まってもらったのだ。放送があるクルルとナコは各地を飛び回っているし、サーカスの営業が佳境に入るペロリはいないのだが、それでもざっと見で集まれるだけの人数はいる。
コハナ同様に素早く動き回るウェイトレスたちによって、お酒の準備が終わった。
よし。
ある意味ここからが勝負だ。
グラスを手に立ち上がる。
「今日は栄えある祭りの日だ」「あうー」
「世界の創造と破壊を司る神の二人にも来てもらった」「ぱぁぱ! ぱぁ! まま、ないない!」
レオとルナが合いの手を入れてくれるので和むのなんの。でも待って。俺の方は腰が砕けそうだよ!
ちょっと静かにしててな、とやんわり囁いて、あわててやってきたクラリスに二人を預ける。
「と、とにかく目的は変わらない。楽しむことだ」
「まああああ! まああああ!」
ルナが本気で泣き始めた。クルルがいないことが不安で不満でしょうがないのだろう。
慌てたクラリスの腕からそっとコハナがルナを抱き上げてあやすのだが、だめ。
ええと。ええと。楽しむどころじゃなくなってきたけど、どうすんの!
内心で慌て始めたちょうどその時だった。
「ごめんごめん、ルナごめんね? ママですよー!」
カメラを担いだクルルが入り口から駆け込んできて、コハナが委ねるままにルナを抱き締める。クルルの胸に顔を埋めて大声をあげて泣くルナにみんながさらに和む。
「ママっこさんめ。どうしたー? さみしくなっちゃったのー?」
クルルがなだめながらそっと外に連れて行く。代わりにナコがカメラを受け取り、マイクを手に話し始めた。
「微妙に間に合ってないですが、国の重鎮が集まった食事会が催されております! ピジョウニュースコーナーは領主のスピーチを捉えたいと思います!」
サングラスを掛けたナコのどや顔に促されて、俺は咳払いしてからグラスを掲げた。
「俺たちは手を取り合えることを娯楽と共に証明する! 楽しんでってくれ! 乾杯!」
みんながいっせいにグラスを掲げた。
ぐっだぐだの挨拶でしたけど。ナコがカメラとマイクを手にあちこち回ってインタビューを敢行していく。それぞれに一言をもらって、ナコが「ありがとうございます」と言って締めくくり次の相手にうつる。その繰り返しだ。
その間にもコハナ指揮により、グスタフたち腕利き料理人たちが作る料理が運ばれていく。
コース料理だ。
前菜、スープ、パン、魚料理、ソルベ、肉料理、チーズ、フルーツ、デザート、珈琲、小さな洋菓子。
順番で出される料理は彩りから何から丁寧にかつ繊細に盛りつけられたもので、すべてピジョウ産である。だがその一つ一つに意識を向けるよりも、料理を運んでくるコハナによる説明に対して二人の神がどのような反応をするのかという事の方が心配でならなかった。
気に入ってくれるといいのだが、果たして。
二人は笑顔で毒の応酬をするばかりで、料理についての感想をこぼしたりはしない。逆に魔王とクリフォードの二人は率直な感想を言ってくれるから助かる。
ちなみにクラリスの膝上にいるレオは破壊神が気になってしょうがないのか、クラリスが料理を運ぶ手を休めるたびにずっと破壊神に手を伸ばす。その都度律儀に応えてくれるから、さすがの破壊神も子供には弱いのかもしれない。それとも悪魔の素質が俺を通じてレオに宿っているからだろうか? 魔界を作ったのがもし破壊神だというのなら、親近感が湧いても不思議はない。
もっともレオは破壊神の豊かな乳に夢中なんですけどね。
クラリスはもうレオの女性好きに対して吹っ切ったのか、それとも吹っ切れた振りをしているのか敢えて注意もしていない。
一度夫婦でしっかり話しておいた方がいい話題かもしれないが、それは少なくとも祭りが終わるまではできそうにないな。
珈琲を飲みながら歓談して、洋菓子を食べ終えた二人の神は蕩けた顔をしていた。
コハナが連れてきたグスタフが尋ねる。
「料理はいかがでしたか?」
渋みあふれるダンディさが女性に人気(ただし妻帯者で愛妻家なので浮気の可能性皆無)のグスタフに二人の神はきらきらした瞳を向けて言ったよ。
「スナック菓子よりもおいしいよね」
「お前はだらけすぎだし普段の食事が残念すぎ。代わりに言うけど今日のご飯はご機嫌」
意外や意外、女神よりも素直に評価してくれるんだな。
その後に不穏な発言をしたらさすが破壊神、となるところだが。
「宿で寝たい。ひさびさに普通のベッドがいいよね」
「えーもうしばらくひたってようよー。酒のめるぜ、酒」
「酔いつぶれるまで飲むのは明日にとっておくの」
真面目だなー、と唸る女神の腕をとって、破壊神が立ち上がる。
すっとテーブルの間を通り抜けてやってきたコルリが二人を導く。
後は任せろというコルリの口元が食事の名残で汚れていた。
ほっとひと息つく仲間たちをよそに、俺のグラスに酒のおかわりを注ぎに来たコハナに尋ねる。
「あの食いしん坊天使はなにしてたんだ?」
「食い倒れツアー中だそうですよ」
まったく……あいつもぶれないな。やれやれ。
初日はなんとか乗り切った。さあ、次は合戦が待っている。
全力で取りかかるぞ!
つづく。




