第三十八話
レオとルナが不思議な顔で生まれたばかりの三つ子を眺めている。
情操教育になるのだろうか、と不思議に思う俺なのですが、クルルとクラリスは顔合わせを心待ちにしていたようです。
ちびっちゃい黒髪の三つ子を見る顔がすげえ優しいのなんのってもう。
「あぅ……」「ぅ?」
レオとルナは不思議そうな顔だ。
なにこいつら、という顔のようにも見える。
「シラユキちゃん、ミツキちゃん、カレンちゃんかあ。タカユキがまともな名前をつけてるなんて信じられないかな……」
「はい、とてもかわいいです……」
お前らね。
「ほらほら、あんまり長居するのよくないですよ」
コハナがそっと二人の背中を押して、ついでに俺を引っ張って出て行く。
ルカルーは疲れが抜けないのか、油断しきった顔で熟睡していた。もちろん彼女の顔も見ているから、クルルもクラリスもあらがわない。俺だって部屋を出るさ。
「あぅー!」
ただ一人、レオだけがもっと見たいと訴えるように声をあげるから、あわててクラリスが部屋を離れる。すると三つ子から離れたことが気に入らないレオが泣く。びやあああ、と。そりゃあもう大音量で。
すっかり弱った顔でクラリスがレオをなだめようとするが、レオはクラリスの身体を思い切り押すし叩くし、とにかく暴れまくるんだ。
「だ、だめですよ、もう――」
息子の暴れっぷりにクラリスがほとほと弱り果ててストレスが極地になったのか、尻尾がぶんぶん振り回される。
「どうしてわがままをいうの!」
「まあまあまあまあ、ちょおっと失礼いたしまあす」
あわててコハナがクラリスの腕からレオをそっと引き取り「はあい、おっぱいですよう」と顔に胸を寄せた。するとレオがコハナの顔をじっとみてから、ぺしぺしと胸をはたく。それで満足したのか、どや顔だ。
「……もう」
クラリスのうんざりした声に危険信号を感じるなあ。コハナが行動しなかったらどうなっていたかわからない。コハナ、グッジョブ!
そしてコハナに任せきりにしている場合でもない。俺はここぞとばかりに顔中の皺という皺を集めた変顔でクラリスの視界に入る。こんなこともあろうかと、用意していたフォークを鼻の穴に突っ込んでもみせた。
どや。変な顔やで!
「……」
クラリスが俺の顔を睨んで、じっと見つめて……不意にぶふ、と吹き出した。
「な、なんですかそれ」
「怒ると疲れちゃうだろうなあと思って。とっておきなんだけど……どや?」
「……変すぎます」
もう、やめて、と笑ってくれた。
ほっ……。
「レオに見せないでくださいよ? 真似したら困ります」
「はーい」
様子を窺っていたクルルが「タカユキが子供みたいだね」と言って、本当にそうだと頷くクラリスの顔からはもう険が取れていたさ。
◆
珍しく仕事が夕飯前に片付いたので、ルカルーの飯の世話をするコハナについていって。
眠りについたルカルーに口づけて、三つ子を見守るペロリに後を任せて居間へ。
魔界の放送を流すテレビをクルルがソファに寝そべって眺めていた。スライムが料理人を目指す例のドラマの最新話だ。
雇われた三つ星レストランのオーナーシェフの嫌がらせにあい、極寒の大地でバーベキュー料理を作らなくちゃいけなくなったスライムが無理難題に挑もうとしている。
クルルの手の届く距離でルナが空に浮かんでいる。クルルがそうしているのだろう。ふわふわと空を飛ぶ遊びが気に入っているのかルナはきゃっきゃとはしゃいでいた。
「まー!」
「はいはい」
ルナが声を上げるとクルルが指を回転させる。するとどうだ、ルナの身体がゆるやかに回転した。それが楽しくてしょうがないんだろう。ルナがご機嫌に声をあげる。
っていうか、おい。おい! おいいいいっ!
「いま、まー! って言ったよな! え、ママって言ってんの? ルナ、ママっていってんの?」
「まだ言葉になってないよ。喜びすぎかな」
「いやいやいやいや! すごいことじゃん!」
「それならレオを褒めてあげるべきかな」
どゆこと? 首を傾げる俺を見たクルルが空いている手でリビングの後ろを示す。
テーブルに向かうクラリスの膝上に腰掛けたレオがのんびり晩酌を楽しむナコの胸に手を伸ばして、
「おっぱー!」
って言ってるんだけど……え。待って。
おっぱいなの? よりにもよって、おっぱい?
レオの最初の言葉がそれなの? どうなの? レオ、それどうなの?
「レオ、はしたないですよ」
「まぁ、まぁ! おっぱ!」
「触りたいならママのおっぱいがあるでしょう?」
「あぅー!」
「レオ! わがままいわないで!」
ばたばたと暴れるレオにクラリスが怖い顔に。やっぱりちょっと、余裕ないな。自分の子供相手だから気が抜けないのか、なんなのか。そこへいくとお酒を嗜むナコは別だった。
「男の子って特別おっぱい好きだよね」
「あぅ!」
「クラリスのおっぱいだって……タカユキきっと、めっちゃ好きだよね?」
ナコのからかいにクラリスが「なっ」と慌てて、それから頭を振った。
一度深呼吸をすると、ナコに申し訳なさそうに尋ねる。
「すみません。頼めますか?」
「いいよ。アンタの子供なら、私たちの子供みたいなものだもん」
上機嫌で両手を差し出す狐娘にクラリスがレオを差し出す。
村暮らしが長かったナコは慣れているのか、危うげない手つきで受け取りレオを抱き締めた。
レオがナコの胸の谷間に顔を埋めて幸せそうな顔をしている。
「おっぱ……」
う、ううん。一歳児、どうなの。ある意味では俺に宿った淫魔の資質とか、クラリスに宿った悪魔の資質が正しく出ている気はするけれども。
一歳児、おっぱいにまっしぐらってお前……それはどうなの。
「ほら、たくさん喋ってるでしょ?」
いや、クルル。確かにお前の言うとおりだけど。俺めっちゃ複雑な気持ちだよ。
「ルナ、パパって言ってごらん?」
クルルがルナに呼びかける。
空を飛ばせる魔法を操って俺の腕の中にルナを誘導した。そっと抱きかかえて見つめ合う。
くりくりした目はどんどんクルルに似てきた。鼻も唇もクルルに似ている。母親似でよかったとも思う。素敵な美少女に育つに違いないと確信するから。
そんなルナが俺をじーっと見つめて口を開いた。
「あ……ぅ……」
「パパだよ、ルナ」
クルルがそっと誘導すると、ルナが俺を見て言いました。
「た!」
「ぶふっ」
たまらずクルルが吹き出した。
「名前呼ばれてるよ。よかったね、タカユキ」
「あのな、ナコ……俺、すげえ複雑なんだけど」
離れたところで見守っていたナコがからかってきた。
「レオは……大丈夫かしら」
クラリスが不安げな顔をする中、ナコは「大丈夫だよね」と微笑み、席を立って俺のそばへとやってきた。ナコのおっぱいで幸せ絶頂のレオが不思議そうにきょろきょろ見渡して、俺を見つける。
ルナ同様に俺をじっと見つめてくる。幼児特有のじっと注ぐ視線はなんなんだろうな。
みんなの緊張が高まる中、レオは言ったよ。
「ぱぁ……おっぱ……」
おっぱいないからいいっす、といわんばかりのすげえがっかりした声でした。
これにはたまらず居間の全員が吹き出して爆笑でした。
ただね。
「タカユキそっくりだよ!」
クルルの発言に誰も異議を唱えなかったのはマジで納得してない。
なぜに!? 俺そんなにおっぱい星人でした!? そんなばかな!
つづく。




