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第二十八話

 



 勇者の胃袋を出たところでばったりクラリスと出くわした。

 お腹にレオを赤ちゃん紐でくくりつけ、手で押しているカートの中には大量のネギの山。

 納品かな? と思った俺はすぐに気づいた。

 クラリスが俺を見ようとしない。

 よそ見をして、心なしか顔も青ざめている。


「……クラリス?」

「わ、わわわ、わたくしはクラリスなどでは」

「いや、だって。レオいるし。なあ、レオ。ママだよな?」

「あうー?」


 おれさっぱりわかんねえっす、という無垢な笑顔を浮かべる俺たちの子である。


「どしたの」

「こ、ここここ、これは決してへそくりを貯めようとしているわけではなく!」

「意外と家庭的なことしてるのな」

「ちがうんです! ただちょっと、クルルに言われて新作野菜作ってみたら、その栽培が思いのほかうれしくて! みんな喜んでくれるからついつい作り過ぎちゃって、ついでにちょっぴり贅沢するお小遣いも増えてやったあ、なんてことは!」

「思ってるのね」

「……す、すみません」


 しゅんと項垂れるクラリスを見てにやにやする俺です。

 こういう突発的に暴走じみたことするからこいつは可愛いなあ、と思わずにはいられない。


「しかし野菜栽培に目覚めるとか、主婦か! ……主婦だな」


 ツッコミを入れておいてなんだけど、主婦なのはもう既に事実な。


「で、そのネギどうなの?」

「自信作です!」


 ネギを一本手にとって、うっとり顔で頬ずりをした瞬間だった。


「ねぎー」


 ……うん?


「つやつやとした……太くて長い、肉厚のおねぎさん……」

「ねぎー」


 待って。ねえ待って。


「く、クラリス? ネギから声が聞こえた気がするんだけど」

「あ、いけません! 根が残っていたかしら……えいっ」


 ネギの根っこあたりを掴んでボキッと折ったその瞬間だった。


「ぎええええーーーー!」


 絶叫が聞こえたよね。

 この世の全てを恨むような絶叫だったよね。

 なに。待って、そのネギなに。


「クラリス? そのネギはなんなのかな?」

「万妖樹とスフレ自慢のネギの混合種です」

「……その、ばんよーじゅ? っていうのはなに」

「根元を折られると聞いたらもやっとする叫び声をあげるけど、滋養強壮にいいんですよ? 味はかなり辛いのですが、錬金術で食品と混ぜると味の特性を増す作用があるのです。大地のエネルギーをたっぷり含んでおりますので」


 うん、うん……後半はいい。後半はいいんだけど、なんだろう。不安。


「そんなのと混ぜたネギは大丈夫なの?」

「それが! なんと摂取するとその辛い刺激が不思議な魔力をもって神経回路を幸福に包むんです! 食べると幸せになります」

「いやいやいやいや! あぶないよ!? どう聞いてもあぶないよ、それ! え、だめじゃない? それってもうほとんと危ない植物なんじゃない?」

「ねぎー」

「いやねぎだけれども! そんな、可愛く言われてもどうかと思うよ? うん、うん! どうかと思うな!」

「ねぎ?」

「小首傾げてもだめ! 大丈夫かどうかちゃんと教えて!」

「一応クロリアにも成分調査をしてもらいましたよう」


 しょんぼりしながらもネギを話そうとしない。

 そんな母親のお腹の中で退屈を持て余したレオが店の中にいるいろっぽいウェイトレスさんたちをじっと見ている。我が子ながら不安。

 それはそれとして。


「どうだって?」

「うま味成分? というのがたくさんあるから、そう感じるだけだって言われちゃいました」


 ますますしょんぼりするのなんで。


「幸せにする食べものが作れたと思ったのですが」


 うま味成分ね。

 まあ……科学的に問題ないってことならいいか。


「作れただろ」


 ふり返って、指差す。

 俺が感想をだらだら喋るよりも、グスタフたちが調理したネギを鴨と一緒に美味そうに食べてる食堂の客の顔がそのまま答えになる。


「納品してこい」

「……へそくりは?」


 不安そうな顔で俺をみんな!


「いいから。つべこべいわない、お前のお小遣いでいいから」

「ほんとです?」

「嘘じゃねえって。クラリスが錬金術使って作ったのは事実だろ? 正当な報酬だよ」


 そう言った途端にネギを持ったままで抱きつこうとして、すぐにレオに気づいてあわてる。あっあっと声をあげてから、結局寄り添うことを選んだようだ。

 これはこれで恥ずかしいな。まあいいんだけども。


「がんばってるな」

「タカユキさまの子供ならわたくしの子供みたいなものです。クルルの願いもルナの健やかな未来も大事ですから、どんどん新作つくります!」


 ふんす、と意気込むこいつは本当に、根っからの良い子だな。


「頼んだ」


 願い、歩き出そうと思ったのだが……ふと足を止める。


「クラリス、店の経営って興味あるか?」

「えっと……あるかないかでいえば、ありますが。どうかなさいましたか?」

「せっかく食材を卸してるんだ。他にも勇者の胃袋の行く末に関わる何かができないかなーって」


 グスタフは俺をオーナーとして扱ってくれる。

 けど、正直いまの俺にはグスタフたちスタッフをうまく活躍させられるだけの力がない。

 自分でやらねばならぬのなら、やる。

 誰かの力を借りなければできないのなら、借りる。

 プライドがどうとかいっている場合じゃない。みんなの人生がかかっている。

 なら、できることはなんでもする。これもその一つだ。


「今の俺には発展させる案がない。クラリスはどうかなって思ってさ」

「……んん」


 困ったような顔でクラリスは呟いた。


「共和国地産地消の食材でみるみる元気、とかだめでしょうか?」

「……ふむ」


 まあ、そうなるよな。さんざんネギの話をした後で、ふり返ってみればネギは大好評なわけで。

 しかし多くの人への動線が張られていない。

 それこそ番組で流れてでもくれないと。


「困ったな……」

「だめそうです?」

「いや。アイディア、ありがとな」


 ネギの補充を手伝って、グスタフたちキッチンスタッフに愛されているクラリスが新妻レシピの蓄えを増やすのを横目に俺は腕を組んだ。

 祭りは番組でやってもらったけど、共和国には魔法力テレビ放送とも言うべきものがない。

 せいぜい魔界からケーブル引っ張って、少ない動力を使って波力を流して見ているだけだ。

 自分たちでできりゃあそれが一番いいんだけどなあ。

 さて、どうしたものか。




 つづく。

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