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第二十四話

 



 印鑑を渡されて書類に押す。

 書類の下には決まって、三つの横縞の中央線に太い鳥を描いたマークが記されている。

 俺が押す印鑑は古びた木製のそれはそれはちょっとしたいわれがありそうなもの。

 だがそれらの意味について、俺は聞いたこともない。


「なあ、クロリア」

「なんだ」


 執務室、自分のデスクに向かうクロリアが眉間に皺を寄せた顔で俺を睨んできた。

 手元には書類の束がある。

 壁際では本棚の整理をクラリスがしていた。

 廊下から滑車の動く音が聞こえる。コハナがお茶を持ってきてくれる合図だ。

 休憩を取るつもりで手を止めて、俺はそっと尋ねた。


「この印鑑と書類のマーク、なに?」

「お前はそんなことも――……もういやだ! 今日は働きたくない!」


 俺の質問にクロリアが突っ伏した。

 二階からレオとルナの泣き声に混じって「おー、だー!」ペロリが混乱した声をあげている。


「お茶をお持ちしました……って、どうなさいました?」


 扉を開けてカートを押してきたコハナが俺たちを見て小首を傾げる。


「……まあ、そうですね。いつものことかしら」


 クラリスも説明する権利を放棄して微笑んだ。

 後に聞くところによれば印鑑は国の特別な印鑑で、国璽とかいうらしい。こくじ……何語?

 でもってマークは国旗と同じ印なんだと。いつの間に決まったの? と聞いたらクロリアに何度も全力で叩かれたので、俺は相当いろんな負担を仲間に背負ってもらっているんだなあと痛感しました。


 ◆


 領主への謁見タイムみたいなものがある。

 午前の執務を終えて昼飯を食べた後とか、折に触れてそういう時間ができる。

 応対室で話を聞くことも多い。

 たとえば。


「魔界でも随一の建築デザイナーがおりまして。我が社は是非にと、ピジョウ共和国で建築のシェアをいただきたく思っております。はい」


 差し出した建築例資料を基に、スーツ姿のサイクロプスがもみ手で俺たちに言うのだ。

 資料の写真は息を呑むほど綺麗なビル群が並ぶ。城の例はなし。


「お見かけしたところ、まだお城がないご様子。次のお祭りの前に、いかがでしょう? 国の名誉にも関わる城がないのは由々しき事態かと思われます。このままではピジョウの名折れ! ぜひとも我が社に!」

「検討する」


 クロリアがばっさり断ち切って送り返した。

 次。


「合戦という面白い催しを国の事業となさっておりますね? ですがその舞台が今ひとつ魅力的ではないご様子。二回目、三回目以降きびしくなっていくのでは……ありませんの?」


 俺に流し目を送ってくるボディコン姿の淫魔のおねえさま。


「そ・こ・で、こだわりの強い我が社が合戦の舞台の手配から建設まで一手に引き受けて、素晴らしい催しにする手助けをさせていただけたらと――」

「検討いたします」


 こめかみに血管を浮かび上がらせてクラリスが笑顔で送り返した。


「あのう……コロです。魔界でもしがない小さい工務店の営業担当なんですけれども。お話いいでしょうか……?」


 小人の前髪で目が隠れた地味めなOLの女の子がテーブルの上にのって、手にしたチャンネルを操作する。

 浮かび上がってくる数式や表を見て、クロリアとクラリスが前のめりになった。


「じつは、ピジョウさんで色々とお話を伺ってまして。ついでなので人間世界と魔界と、建築にかかる費用や人件費などあらゆるデータを数値化してみたんです」

「「 話を聞こう。それで? 」」


 ふ、二人して聞く気まんまんですね!


「魔界では人件費が高く、材料費もそれなりですが……建材の質は高いです」


 魔界を記す三つのグラフの高さはなるほど確かに、小人が説明した通りの高さだ。


「ふむ」

「人間世界では人件費は低めですね。どちらかといえば身分が低い、そして腕っ節の強い方がなる職業ですが……他の仕事と比べると、まあまあ。なので安い」


 それに比べるとどの線も低いのが人間世界のグラフだ。

 クラリスが渋い顔で頷く。「そうですわね」


「けど専門的な知識は魔界のそれと決して引けを取るものではありません。材料費は安めです。建材の質は地域差が激しく出ますね」


 クラリスとクロリアは二人とも真剣な顔で小人を見つめていた。

 それまでの二人の業者とはまるで違う態度だった。


「共和国ではどのようなラインを想定し、またどのようなラインをゴールとなさるおつもりでしょうか? そのお手伝いをさせていただければと思い、今日はお伺いしました」

「……なるほど」

「もう一度、お名前をお伺いしても?」

「これは失礼いたしました」


 テーブルをぱたぱたと駆けてきて、懐から小指大の小さな名刺を出してテーブルへ。

 懐から出したスポイトから何かの液体を垂らすと、名刺は俺たちサイズのものに膨らむではないか。


「ノーム工務店、営業のコロです。もしお力になれるようでしたら、改めてお話の機会をいただければ幸いです」

「ピジョウ共和国、大臣のクロリアだ」「クラリスです」


 二人して名刺を渡す。

 テーブルに置かれたそれにコロがスポイトで液体を垂らすと、それはコロが差し出した名刺のように小指大に縮んだ。


「お名刺ちょうだいいたします」

「しばらくこちらにいるのか?」


 クロリアの問い掛けにコロは笑顔で頷いた。


「活気がある素敵な国ですから、お勉強しに来ました。恥ずかしながら、群雄割拠の魔界ではあまり仕事がなく。あっても代理店などの孫請けなので、結構苦しいのです……元魔王のクロリアさまは、ひょっとしたらご存じかもしれませんが」

「もちろん、知っているとも」

「なので、新天地に挑戦しに来ました。どんなお手伝いでも誠心誠意、やらせてもらいます。必要な情報などあればお伺いいただければ、今回お持ちしたデータのようにご用意いたしますのでお知らせください」


 それでは、と言って立ち去っていく。

 想定していたお客さんはこれで終わりなのか、扉を閉めたコハナがテーブルのお茶やお菓子を片付け始めた。

 俺はクラリスとクロリアに尋ねる。


「最初の二人がだめで、最後の小人ちゃん……コロさんがいい理由はなに?」

「まず二番目がだめな理由は明白だ。資料がない。検討する材料が欠片もない」


 あ。そういうことなの?


「俺に流し目おくってたから、なんかむかついてたとかじゃないんだ」

「それもありますけれども。こだわりが強い、なんて売り文句になりません」


 クラリスはきっぱりと断定した。


「なんでなん? こだわりが強いなら凄いの作ってくれそうなんじゃないの?」

「こだわりが強いということは、建築をもし依頼した場合にはこちらの要望を聞いてくれないということにも繋がります」


 ……おう。


「何せこだわりがあるんですもの。建てる時の主導権はデザイナーが握る。それって……こちらにとって好ましいことですか?」

「お、おう」

「なんということでしょう! といった結果になりかねません」


 く、クラリス! 怖いからやめて!


「そもそもそのこだわりとやらを示す資料が一つもありませんでした。会話、資料……どちらも興味を惹く材料がないなんて話になりません」


 クラリスの返しに思わず納得。なるほど、確かにめんどくさいのはごめんだな。


「じゃあ一人目がだめな理由はなに? 資料はもってきてただろ」

「写真を見てどう思った?」

「まあ……ビルとか立派ですね、くらいしか」


 それだ、とクロリアが睨んでくる。


「城の写真はあったか?」

「……ないな」

「で、ご立派なビルの写真だらけ。建てたいって提案をもってきた城の写真は一つもない。しかもそれに問題意識を持っていないわけだ」


 まあ……そうなるのかな。


「そもそもこちらに不利益があるという話し方をしている時点でこちらを侮っているし、主張にも本気を感じられない。そんなところに国の威信にも関わる建築物なんて任せられるわけがない」


 な、なるほど。


「それに……あれに任せてみろ、どう考えても高いぞ。ぼったくられるのが目に見えているだろ」


 あんな短い時間でお前らそこまで気づいているのか。

 しゅごい……!


「最後の人はよかったですね」

「ああ。うちは苦しい、頑張ってなんとかしますみたいなノリで来てたら断ってたけどな。足でデータを収集して提示してきた。私の見た限り、想定した数値とだいたい合致していた。クラリスから見てどうだ?」

「わたくしも同意見です。少なくとも職人だらけが集まって、指示をなんとか出しているわたくしたちが協力を求めるに足りるだけのデータではありました」


 ふうん……なるほどなあ。


「信用できる情報を持ってきたから、あのコロの話は聞いてもいいってことか?」

「ざっくり言えばそういうことだ」


 俺の問い掛けにクロリアは頷いてくれた。

 そうかそうか。そういうことか。


「……俺、お前たちがいないと何も出来ない気がしてきた」

「確かに真っ先に騙されそうだな」「特にあの淫魔の女性に……」

「ちょ、ちょっと街を見てくるかな!」


 クラリスの視線が怖いので、俺はそそくさと退散したよ。

 途中でルナとレオをあやしているペロリと出くわしたので、二人を預かって乳母車を押していくことにした。

 するとペロリもついてきたいというじゃないか。


「でえと、でえと」


 はしゃぐペロリに笑いながら外に出る。

 たまにはちゃんと、自分の国を歩いてみますかね!




 つづく。

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