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第二十三話

 



 娯楽をどこまで増やせるか。

 ルカルーを領主の館に連れて行き休ませて、クロリアとクラリスと三人で執務を終えた夜中に俺は一人で抜け出した。

 ルーミリアの娯楽街のような、満ち足りた活気はまだない。

 人間世界から導入した魔法灯を街灯として設置し始めてはいるものの、通りは俺の産まれた世界にとても近い魔界はおろか人間世界と比べても、十分に明るいとはまだ言えない。

 魔界で求められる電力を生み出す力は今だなく、魔法灯の整備をできるものはそれほど多くない。

 ないないづくしだな。

 だが悔しいことにほかにもないことはある。

 夜遅くまでやっている酒場がない。色町なんてないし、カジノのような店もない。

 じゃあみんなが沈んでいるかって、そういうわけでもない。

 閉まりかけの酒場を覗けば、少ない電力や魔法使いの手を借りて魔界のテレビを動かして、大勢がテレビを夢中で見ている。

 酒やつまみの提供に店員は大忙しだ。見ればルカルーと一緒に会った親分のおっちゃんたちもいる。

 酒場から離れてのんびり歩いていると、どこからか人の騒ぎ声と楽器の音色が聞こえてきた。

 足を向けてみれば、松明を周囲に設置して演奏している楽団がいた。その中心にはペロリがいる。あいつも夜中に出歩く癖があるのか……気をつけないとな。

 シースルーの衣装に露出度の高い肌着めいた服。手足には鈴がついていて、彼女が踊るたびに耳に心地いい音が鳴る。

 近づいて見守っていると、音楽は佳境に入って、やがて終わりを迎えた。

 全員が笑いながら手を叩いてはやしたてる中、汗の浮かぶ顔で微笑みをあちこちへと投げかけるペロリが俺に気づく。


「お兄ちゃん!」


 駆け寄ってきて飛びつく少女の身体を抱き留めた。


「精が出るな」

「んー。クロからお願いされたの。練習は続けろって! 楽しいからいっかなって思って続けてるの」

「そっか」

「んー!」


 お兄ちゃんの香りだ……なんて陶酔した顔で言われると困る。


「ペロリちゃん! 領主様なんて放っといてさ、もう一曲頼むよ!」

「そうそう! 練習に身が入るんだよねえ!」

「あんたら、ペロリちゃん見る目が邪なんだよ」

「「 えっ!? そ、そんなことは! 」」


 楽団の連中が笑い声をあげた。

 和やかで楽しそうな空気が伝わってくるな。


「あんまり人気者になって、俺の手の届かないところにいかないでくれよ? お前はとっくに魅力的なんだから」

「だいじょうぶだよ」


 ぐい、と首を引き寄せられて耳元で囁かれる、


「愛の歌はお兄ちゃんにしか歌わないし踊らないもの」


 ペロリの言葉が意味するもの。

 ルーミリアに伝わる愛の歌。愛するものにしか歌詞つきで歌わないという歌がある。

 そしてそれを歌いながらペロリが踊ってくれたことがある。

 初めてした日に……じゃあ、つまりペロリが言っているのは?


「えへへ! 安心してね? じゃあ練習してくる!」


 俺から離れるペロリを見送りながら、思わず前屈みになります。

 ううむ。最近の俺って手玉に取られすぎなのでは?


 ◆


 仲間たちの部屋を寝室とする俺は日替わりで寝る場所が変わる。

 今夜はクロリアだった。

 そういう関係にもなってない俺たちの夜は他の仲間たちとは様子が違う。

 帰った俺を出迎えた腕のない二足歩行型ライオンの着ぐるみパジャマ姿のクロリアにベッドに正座させられる。


「それで? 収穫は?」


 お前のパジャマ姿かな?

 とか言ったら怒られるのは目に見えているので、言いません。


「娯楽は確かに少ないな。っていうか……歩いても把握しきれないな。そもそも街の名前だって決めてねえのに、俺たちの国ってなにがどうなってんの?」

「……やっとその問いが出てきてくれて、ほっとしたよ」


 あれ!?

 クロリアの冷めた目からして、もっと早く気づくべきことでした!?

 俺としてはお前のパジャマについて突っ込みたいところなんだけど!


「まあ……お前の知能に期待はしてないから、気づいただけでいい。基本的に計画はすべてこちらでたてていく。お前は決断を求められた時に決断できればそれでいい」

「……遠回しに馬鹿にされている気がする」

「遠回しに物凄くバカにしているが、それで構わないといってるんだ」


 ええええ!


「祭りの後に共和国に入国する者の数は増えたが、上昇する勢いは日に日に弱まっている。いずれはまったくなくなるかもしれない」

「……それはまずいんじゃないか?」

「新たな施策を打つ、国としての魅力を増やす、認知度を上げる。課題は山積みだ」

「……どれになにをどうすればいいのかもわからないんだが」


 途方に暮れる俺にクロリア先生は厳しい顔で言いました。


「コハナがお前に教えたな。不満を満足に変えろ、と」

「あ、ああ」

「言い換えればあれは、潜在的欲求を捉えてチャンスに繋げろ、という話だ」

「……はあ」


 やばい。早くもわからない。

 わからないといえばなぜ腕のない不思議なフォルムの着ぐるみパジャマをクロリアが着ているのかについてもよくわからない。


「アンケートや意見を拾い上げるのが最も確実な手段だ。国としての方針をもち、彼らの欲求を拾い上げて、どう応えるのか。国民の声に耳を傾けろ」

「……つまりたくさん話せと?」

「壁を相手にがむしゃらに伸びろと念じても意味がない。そこに人と魔物がいるのなら、話しかければいい。相手も生き物なんだから、呼びかければ応える」

「まあ……そりゃあなあ」

「いかにそういう行動を取るかも重要なんだ。可視化されないだけで、関わる奴らが何をどう感じているのか拾い上げるのはとても大事なんだよ」

「実感こもってんなあ……」

「伊達に元魔王じゃない」


 きぱっと言われたけどさ。

 お前すげえ間抜け可愛い格好してるよ? それはいいの?


「相手が見えなければ何をどうすればいいのかもわからないからな。明日は街を巡るぞ」

「了解だ」


 言ったら怒られそうなんだよなあ。


「ちなみにそのパジャマ、気に入ってんの?」

「かわいいだろう! 魔界で大流行してた四コマ漫画のパジャマなんだ! 姉上に頼んで特注で作ってもらったんだ! どこでも寝られるぞ!」


 テンション高め! むしろ今日一のハイテンションぶりじゃね?

 そうか。そうだな。クロリアもペロリと同じ歳のロリなのだった。そうだったそうだった。


「じゃあ寝る。言っておくが、」

「手を出すな、だろ? わかってるって」

「ふん……人間たちと違って、私は無理だからな! 大人にならなきゃそういうのしちゃだめなんだぞ」


 耳が痛いです。


「まあ並みの魔族と比べられるのも不本意だけどな! なにせ元魔王だし」

「……ちなみに質問なんだが。相手が俺って言うのは……ありや、なしや?」

「おやすみ」


 あ、くそ! すげえ流された!

 ええい、いいですよ! 寝てやりますよ!




 つづく。

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