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エピローグ

エピローグ 



『シャリ……シャリ……』

 狭いながらも閉塞感を感じさせないクリーム色の壁に、純白のベット、目線の高さにあるテレビがベッドに座る者にリラックスした感覚を与えている。

 そんな素敵な部屋にりんごの皮を剥く小気味の良い音が響く。

「何か悪いね。忙しいのに見舞に来て貰っちゃって」

俺がついてないテレビを見ながらそう言うと、林檎の皮を剥いていた佐伯が顔を上げた。

「別に良いよ。でも銃で撃たれたと聞いた時はさすがにびっくりしたけど」

「いや俺も撃たれた時はびっくりした」

「ふふ、でも平気か一輝は頑丈だからね。それより林檎は食べてもいいの? 消化に悪そうだけど?」

「いや、固形物はあまり食べちゃ駄目だって」

「駄目じゃん。林檎食べたら駄目じゃん」

「食べる。俺りんご食べる。病院の飯は不味すぎるよ。リアルに体調が悪くなる」

「もう、お医者さんのいう事はちゃんと聞かなきゃ駄目だよ。専門家なんだから。まあ今回は特別に見逃してあげるけど」

「すまん。助かるよ」

 佐伯は呆れた様に林檎を載せた皿を差し出した。俺はそれをありがたく頂戴する。

 フォークに刺さった林檎を噛むと、甘い汁が口の中に広がった。おかゆの味気ない感じと違い体に活力が漲るような……いや、まあ単純に美味かった。

「で? 何時頃退院だっけ? 一輝は」

「ああ、一ヶ月後かな。取りあえず、警察学校に復帰するのがそれから一週間後だ」

「退院して一週間で戻るの? 警察学校に? 無茶だよそんなの。運動とかもするんでしょ?」

「ああ、まあ運動とかは特別に免除して貰えるみたいよ。柔道をしなくて済む。ラッキー!」

「ラッキーって……普通ラッキーな人は拳銃で撃たれないけどね。ふふ」

「まあ今こうして生きてるんだからめっけもんさ。犯人もちゃんと捕まったらしいしな」

「捕まったらしいって……知らないの?」

「ああ、犯人を殴った事までは覚えてるんだけど、それ以降の記憶があやふやなんだよな。多分九月が捕まえてくれたんだと思うよ」

「そっか。まあ何にせよ。お疲れ様」

 佐伯はそう言って、俺の頭を撫でた。始めは恥ずかしくてやめろと言いたかったが、佐伯の表情を見て、甘んじて佐伯のなでなでを受け入れた。

「そういえば、最近は大丈夫かよ? その上司の奴は」

「ああ、あれ? あの上司ね。居なくなっちゃった」

「ああん?」

 あっけらかんと佐伯が言うので俺は思わず聞き返す。

「セクハラで他の女の子に訴えられたみたい。以前から酷かったんだって、パラハラとセクハラが。慰謝料もかなりの額を請求されたし、会社としてもマイナスイメージだから即刻クビになっちゃいました」

 舌を出して可愛らしくそういう佐伯はどこか清々しい。本当に女って奴は強かだよな。俺なんかよりよっぽどサバサバしてる。

「そっか……良かった」

 何だかほっとした。これで胸のつかえが少しは緩和された気がする。

「ははは、こんな時にも人の心配って筋金入りだね~一輝のお人よしは。もう何も言う事無いわ」

 佐伯は本当に楽しそうに笑った。まあ何にせよ。これでハッピーエンドだな。

『コンコン……』

 するとその時、部屋をノックする音がした。

「あ、どうぞ。開けてください」

 俺はノックするなんて誰だろうと、疑問に思いながらも返事をする。

 ガラガラッとドアが開く、するとドアの先にはスーツ姿の九月が立っていた。

「お、九月か。何だよ。来るならメールくらいしてくれればいいのに」

「ええ、そうね……そうよね」

 九月は髪の毛を弄りながら、入り口の前で立ち尽くしていた。早く入って来いよと、俺が声を掛けようとすると、佐伯が先に口を開いた。

「私はもう帰るわ一輝。お大事にね。それじゃ九月さん。失礼しますね」

「え、ええ……」

 佐伯は自らのバックを掴むと、俺に笑顔を見せてさっさと退散してしまった。

「取りあえず座れば? あ、何か食う? 結構お見舞いを貰ったんだけど、お菓子とか食べる?」

「いえ、大丈夫よ」

 九月は俺に促されるまま椅子に座った。俺はその横で佐伯が剥いてくれた林檎をもしゃもしゃと食べる。

「最近はどう? 警察学校とか。忙しい?」

「別に何時もの通りよ。体育祭の準備をしてるくらいかしらね今は」

「体育祭か~俺は出れないけど、この歳でやるのは面倒臭いだろうな~」

 ただでさえ日常のイベントが忙しいのに体育祭とか完全に死亡フラグが立っている。

 いやぁラッキーだったと俺が内心思っていると、何やら九月の表情が若干曇った。

「…………ごめんなさい。今貴方がこうしているのも全部私のせいだわ」

「はい? 何で?」

 苦しそうにそう言った九月の真意がまるで分からず、俺は目を見開いて聞き返した。

「もっと私があの時しっかりしていたら、貴方は撃たれずに済んだかも知れない。それに貴方が撃たれた後、私は泣いてるだけで何もしなかったわ。本来なら貴方を守る為に戦わなければならなかったのに」

 辛そうな顔を九月は浮かべていた。きっとずっとあの時から後悔していたのだろう。それは鈍い俺にも理解出来た。

 だから俺はそんな九月の頭を撫でる。

「別に気にしなくて良いんだよそんな事」

「でも……私は――」

「そりゃ結果的に俺は撃たれたけど、九月、お前が来てくれなかったら俺は多分射殺されてたぜ、それにお前は泣いているだけって言ってたけど、俺はお前を守りたかったから戦えたんだ。だからあの時お前が来てくれて俺はそれだけで、最高に心強かったよ」

「……ありがとう坂本」

 涙ぐんだ表情で九月は頷いた。意外に涙脆いんだよなこいつは。

「それよりびっくりしたよ。お前が号泣していたのを見た時は。お前意外と涙脆いのな」

「…………そんな事無いわ」

 俺がからかうと、九月はぷいっとそっぽを向いた。

 しばらく俺達は黙っていた。でもそれは決して気まずい物では無く。どこかリラックス出来る物だった。

「私ね。あの時、本当に坂本が死んでしまうかと思ったわ。お父さんみたいに、坂本も死んじゃうんじゃないかって、そう思ったら怖くて……どうしたら良いのか分からなくなって……」

「…………親父さんどうして亡くなったんだ?」

 聞いても良いか迷ったけど、俺は聞いた。それを避ければ、九月とはこれ以上先には進めないだろうから。

「お父さんは警備課で、極左翼団体の調査をしていた時に撃たれて……そのまま意識不明になって病院で死んでしまったわ」

「…………そうか」

 俺はそれしか言えなかった。そして他に掛ける言葉なんて無かっただろう。何を言ってもきっとそれは九月の望む言葉じゃ無かっただろうから。

「でも、死ぬ直前、一瞬だけ目を覚ましたのよ。病室には私しか居なかったけど、一瞬だけ。その時、お父さんは私を見て笑ったの。どこか満足そうな顔で。それで、ありがとうって……一言だけ言って意識を失ったわ。それ以降に目を覚ます事は無かった」

 九月は目を閉じた。まるでその日の事を思い出すように。

「私には何がありがとうなのか分からなかったけど、その日から警察官になる事を決めたわ。いつかお父さんの仇を取るんだって、それだけを考えて」

「…………頑張ったな」

 俺は九月の頭を再び撫でた。なんて事は無い。冷静で完璧に見られている九月も普通過ぎるほど普通の女の子だった。ただ、頑張り屋なだけで俺達と何も変わらない。

「俺はなぁ……九月。お前の親父さんが何で最後にありがとうって言ったのか分かるぜ」

「! ……それはどういう事かしら」

「そりゃお前。親父さんは嬉しかったんだろ」

俺も死にかけた時、九月が隣にいてくれて、本当に嬉しかった。

だって好きな人と一緒に居る事ほど幸せな事はないだろう。

なあ、そうだろ九月……。


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