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エピローグ 2

初任科卒業まで後一ヶ月。辛く長かった警察学校卒業を祝う為、卒業式とは別に謝恩会が行われるのが警察学校の習わしだ。まあ謝恩会と言っても、俺達が労われるわけではなく。俺達が教官方に感謝するという会なのだが……まあ細かい事はいいだろう。

それよりも大切な事はそこで俺達が卒業したら行く警察署が発表されるという事だ。

「やべえな。魔のトライアングルに配属になったらどうしよう。俺辞めようかな」

俺の隣に座っている永井が面倒臭そうに言う。

ちなみに魔のトライアングルとは草加、松原団地、新越谷の三つである。この三地帯は特に犯罪件数が多い所謂ハズレと言われている。

「確かに、俺秩父とかがいいな」

「したっけ、坂本~寒いぞ~今の時期は」

「でも暇そうじゃない?」

「確かに、あ~あ。俺も県北に行きたい。暇そうだから」

永井君は相変わらず永井君だった。けどまあ何だかんだ優秀だからどこに行っても大丈夫だろ。

「なあ九月、お前は何処に行きたいとかある?」

俺は左隣に座る九月に声をかける。

「別に特に希望は無いわね」

予想通りの返答だった。しかし、その言葉には続きがあった。

「けどどうせなら坂本が一緒が良いわね」

悪戯っぽい笑みを浮かべる九月。それに丸テーブルを囲んでいた俺を含める全員が絶句した。

「……何? 坂本、お前ら付き合ってるの?」

「う、う~ん付き合ってるような……そうじゃないよな……」

 オッケーを貰った気がするが、あの時は拳銃で撃たれて意識が朦朧としていたから、正直夢だと言われたらそこまでの気がする。

 俺が正解を窺うように九月の方を見ると、九月は俺と全く目を合わせる事無く、自分のネームプレートを弄っていた。その顔は俺を困らせて満足げだ。

「はぁ……坂本あんまり格好良くないけどな。美女と野獣っていうか。まああんまり美人だと外見とかに興味無くなるんかね?」

「な、永井ちゃん。何気に酷くね?」

 俺が微妙に悲しい気分になりながら、永井君に抗議していると。

「意外と悪くないと思うわよ。私は」

 九月が永井君に向かって、不敵な笑みでそう言った。

「ふ、そうっすか」

 永井君は一瞬呆気に取られた様な顔をしていたけど、直ぐに楽しげな笑みを浮かべ返していた。俺は永井君と九月がまともに会話しているのをその時始めてみた。

「教官方が入場します!」

 その時、野上総代が声を張ってそう言った。その声に反応して俺達は立ち上がる。

「野中初任教養部長……田神経理部長……新井武道部長……」

 司会の田尻教官に次々に呼び上げられ、教官達が入ってくる。俺達はそれを拍手で迎えた。もちろん拍手も全力だ。変な真似したら後で何て言われるか分からん。

「菊池教官、油井助教」

 俺達五組の代表者に連れられて、菊池教官と油井助教が入場した。目指す席は空席となっている俺達の卓だ。

「…………以上。これにて入場を終了します。続いては、初任教養部長より、挨拶を頂きます」

 田尻教官に呼ばれ、初任教養部長が壇上に上がる。初任教養部長は田尻教官に合図をすると俺達を座らせた。

「あ~諸君。今日は私達の謝恩会となっているが、実際は君達の門出を祝う会だ。堅苦しいのは無しにしよう。今日くらいリラックスして酒を飲め。だが、意識を失うほど呑むな。私からは以上です。一足早いが、卒業おめでとう」

 初任教養部長の挨拶は驚くほど手短だった。お偉いさんの挨拶は長いのが通例だと思っていただけにこういったのはかなり嬉しい。

「それでは、これから謝恩会を始めます。でも皆さんグラスの方をお願いします」

 教官の合図に従い俺達はビールの入ったグラスを掲げる。

「乾杯!」

『乾杯!』

 俺はビールを煽る。はあああああ、学校で呑むビールはうめなぁ。

「お前らも、もう卒業か! はは、正直、お前らが居なくなると思うと清々するなぁ。ねえ、油井助教」

「そうですね。このクラスは面倒が多すぎた」

 はははと二人してお酒を呑んでいる教官方は上機嫌だ。ていうかぶっちゃけ過ぎだろう。

「どうだ。永井! 自分の所属は心配か」

「あ、はい。まあ心配ですね。菊池教官はもう全員の配属は知ってるんですか?」

「いや知らん。辞令知ってるのは初任教養部長だけだ。ただ、まあ例外的に一人の行き先は知ってるがな」

「へ? それは誰ですか?」

 永井君が興味深そうに尋ねると、菊池教官は何故か俺の方を見て、ニタニタと笑った。

「まあ、誰かは直ぐに分かるだろう。その時、精々驚け」

 そんな遣り取りがありながらも、謝恩会は談笑を交えながら楽しく進んだ。途中、菊池教官が作った俺達のPVを見たりした。

「え~皆さん。盛り上がっている所、大変恐縮ですが、ひっく。あ~初任科生の所属を発表したいと思います」

 かなり出来上がっていた初任教養部長が壇上に立ってそう言った。俺達初任科生に緊張が走ったが、教官達はお酒を呑んでいて全く話を聞いてない。

「え~では呼んだら返事して立て。春日部警察署」

 おいおいおい、早くねえかおい。

「大島勇人。大蔵達也。佐川雄一郎」

 はい! と大きな声を上げて呼ばれた者が立ち上がる。俺と同室の島ちゃんは春日部だ。

「え~次、加須警察署……永井修平。橋浦辰巳」

「はい!」

 永井君が立ち上がる。おお~永井ちゃん。希望通り県北だ羨ましい。

 その後も次々と名前が呼ばれていった。そして殆どの生徒が呼ばれ、まだ呼ばれていないのは、俺と、九月と他数名になっていた。

 これは……もしかして、俺と九月は同じ署に配属になるのだろうか……そう俺が甘い期待をした時だった。

「では最後に、草加警察署……鹿内勉。末永弘明……」

 お、これで最後という事は……俺と九月は同じ署って事かよ! ヤッホー。運命ってあるんだなぁ……。

 俺は九月に目配せした。九月は前方を見たまま目を合わさなかったが、微かに笑っている様に見えた。

「九月レナ」

 お、呼ばれた! では最後に俺の名を……。

「以上三名。草加警察署」

「はへぇ?」

 あれ? 以上って言った? 可笑しくね? 最後って言ってたよな? 今。

「あ、あれ……俺呼ばれて無いんですけど。あれ? 菊池教官どういう事ですか?」

「なお、初任科第二三三期五組、坂本一輝巡査にあっては、体調を整える為に、学校付けを命じる」

「が、学校付け?」

 聞きなれない単語が出てきたので俺は思わずオウム返しの様に口にしていた。

「おう。学校付けって言うのはな。警察学校内で重症を負ったり、入院が必要な者、一定の基準の教育を受けられなかった者が受ける措置だ。普通は初任科を卒業したら、署で働くんだが、怪我をした者は警察学校の職員として働き、まずは体調を整えてから一線署に行く事になっている。お前はその貴重な制度に選ばれたってわけさ。良かったな」

「よ、良かったなって……」

 それは絶対に良いことじゃないだろ。ていうか学校付けってどういう事をするんだよ。

「まあ、初補に入るまでは学校で勉強しとけ。それが終われば、お前の愛しい九月と同じ、草加警察署に行けるから」

 菊池教官は気楽な様子でガハハと笑った。しかし、仕事についての具体的な話は全く出ていない。

「それではお前らネームプレートを外してみろ」

 初任教養部長の指示に従い、テーブルに置いてあったネームプレートを開くと、そこには小さい紙が一枚挟んであった。

 俺はそれを手に取る。するとそこには俺の名前と学校付けという文字が書いてあった。ちなみに永井君には加須。九月には草加と書いてある。

「今日からそれを自らのネームプレートに入れて生活しろ。それでどこの所属か分かるだろ。まあ、これで所属発表は終わりだ。教官方と楽しく呑め。以上」

 初任教養部長は上機嫌にそう言うと、さっさと自分の席に戻ってお酒を呑み出した。

 俺は左胸のネームプレートを新しい物と入れ替えた。学校付け坂本一輝。ちょっとダサいな。

「ねえねえ永井君。学校付けって何をするんかな?」

 俺が永井君に話を振ると。

「その疑問には私が答えよう」

 普段は凛とした声が、若干ほんわかした声になっていたが、ガシッと俺の肩を掴む手は健在だった。

「と、轟教官!」

 ポッと赤くなった頬で轟教官が側に立っていた。表情はいつもと変わらないが、多分酔っ払っている。

「坂本、お前はこれから卒業後、私のサポート要員として働いて貰う。ビシビシ鍛えて行くからそのつもりで」

「え、ええええええええええええええええええ!」

「ん? 何だ? それほど嬉しいのか? ん?」

 俺の絶叫を聞いて、ビキビキビキと轟教官のこめかみが動いた。

「い、いえ……あの、何というか、学校付けは体の調子を整える期間だと聞いていたので、あんまり無茶をしちゃいけないのかなぁ~って」

「ほうほう。応援も待たず犯人を追い、その挙句に拳銃で撃たれる奴が無茶を語るか……まあ、私の元に付いた以上、そういった所もビシバシ指導していくので。覚悟するように」

「…………はい」

 シュンとなった俺をどこか微笑ましい目で見ながら、轟教官は去っていった。

「ふふ、大変だな坂本」

 永井君が包みに入ったビーフジャーキーを頬張りながら爆笑している。

「完全に人事だね永井君」

 俺は恨みがましい目で永井君を睨んだ。



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