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鉄の身体、錆びる心  作者: ノイズラズリ
なら、よかった
24/24

10 車の下で


 むっとする機械熱とオイルのにおい、高い天井と、搬入口から斜めに差す太陽の光。

 整備区画……ここも久しぶりだ。かつて毎日のように入り浸っていた。

 懐かしく感じるのと同時に、少しだけここに来てしまったことを後悔した。一瞬静かになった後、憐れむような視線が纏わりついてきたから。


 整備が必要な車両に対してリフトも足りていないらしく、クリーパーに寝そべったヨースケがジャッキで上げた車両の下へ滑り込んだ。見慣れた光景だった。

 私は周囲の視線に気付かないふりをして、そのそばに座る。


「ヨースケ、敵のロボタイプの兵、見たことあるんだよね」


 彼から「敵のロボと交戦した!」と興奮したメッセージが届いたことがある。

 後方支援の彼がやられたってことは油断していたところに強襲を受けただとか、そういうことだろう。それなのに、自慢げな内容で少し呆れた。


「まあ、記憶に残ってるのは数秒だけだけどな。あとは資料で。お前、あいつにやられたんだろ。赤いラインの入ったやつ」


「うん。……あいつ、最初は痒いってイライラしてるみたいだったけど……そうだ。私が持ち出そうとしたパッドに投薬記録が表示されたままなのを見てからすごく怒りだしたの」


「怒ってたって?そう見えるプログラムだろ。それに痒いとか投薬って何だよ」


「変でしょ?でもやっぱりあの脚も手も、間違いなく人間じゃなかった。記録にも『投薬記録』『戦闘機兵ウォレス』ってはっきり書いてたし」


「ウォレスがあいつの名前か。薬品の名前は? 覚えてるか?」


「えっと、パラ……パナ……見れば思い出す。Pで始まる名前だった」


「当てにならねぇなぁ。あとで研究棟で聞いてこい」


 あの時は、持ち帰った画面を見せればいいと思っていた。だからさらっとその項目を一度見ただけ。Pから始まる名前だったってことを思い出しただけでも誉めてほしい。


「うん。……パ……パイナッ……じゃなくて……」


「お前、今パイナップルって言おうとしただろ」

 ヨースケが吹き出した。


「……」

 どうにか思い出そうとしたけど、もうパイナップルしか出てこない。


「14のメガネレンチ取ってくれ」


 車の下から彼の手が伸びた。


 メガネレンチがどれなのかよくわからなくて、開いた工具箱から適当に道具を渡す。


「メガネレンチだって言ってるだろ。これはモンキーレンチ」


「じゃあこれ?14って書いてる」


 道具箱に入っている中から、14が刻印された工具を取り出して渡した。


「これはスパナ! お前、わざとだろ!」


 これでもないのか……と思いながら、車の下から返ってきた工具を握って見つめた。


「メガネの14はこれだよ、mate」


 横からぽんとレンチを差し出された。

 声の主を見上げると、初めて見る短髪のブロンドヘアの青年が立っていた。ツナギを着ているからヨースケの同僚だろう。

 渡された道具は持ち手の両端が丸い。なるほどこれがメガネレンチらしい。


「えっと、ありがとう」


 短く礼を言って、受け取ったそれをヨースケに渡す。


「サンキューマット。こいつはマヤだ。俺の妹みたいなもんで、最近南部から戻ってきたんだよ」


「Bloody hell...南部にいたのかい? マヤ、よろしく」


 彼がしゃがんだ。私と同じ高さになったその目に浮かぶのはただフラットな好奇心だった。


「よろしくマット。その話し方……」


 『Mate』、『Bloody』。その口癖だけじゃなくて、語尾が少し上がるイントネーションまでウォレスと同じだった。


「ああ、つい癖で出ちまうんだよなあ。変だったかな?」


「そんなことないけど、昨夜交戦した敵の……ウォレスっていうロボットタイプのやつも同じ話し方してたから」


「おいおい、敵のロボとお喋りしたのかい? ヒーローぶった赤いカラーリングのヤツだろう? あいつ俺と同郷なのか」


 マットは顎に手を当てて、少し楽しそうに笑った。


「それじゃあそのコーラ缶は今からウォレスじゃなくてウォーリーって呼ぼう。俺たちはファミリーネームを愛称にするんだよ。俺のMatthewsがMattoになるみたいにさ」


「コーラ缶?? ……ふふふ」


 あの恐ろしくサディスティックで暴力的な鉄の塊を、赤いからってコーラ缶だと言ってのけられてしまい、自然と笑いがこみ上げた。


「Oi、ヨースケ、お前の妹笑ったらかわいいな!」


 ウォレス……いやウォーリーと同じ口癖なのに、人懐っこいマットのそれは優しい。


「うるせぇな。手出すなよ。中身はまだガキなんだから。……ちょっと錆びてるな。浸透剤くれ」


「ほい」


 ヨースケが伸ばした手に、マットがスプレー缶を渡した。


「これブレーキクリーナーじゃねぇか! これじゃねぇよ!」


 マットが笑いながら、次はちゃんと正解らしいスプレーをヨースケに渡して言った。


「マヤ、そいつにやられちゃった感じかい? 次リベンジする時はさ、

 『Nice bot, mate. You got kangaroos loose in the motherboard or what?(いいロボだ。マザボん中でカンガルーでも暴れてんのか?)』って言ってやんな。

 一瞬でホットコーラになるさ」


「ん……できればもう二度と会いたくない。けど、次に交戦することになったら言うよ」


「おう。ヘコましてやんなよ。Good on ya, mate.(お前ならできるさ)」


 マットは私の肩をぽんぽんと叩いて、自分の仕事へ戻っていった。


「あいつ、いい奴だろ? もう一回さっきのメガネレンチ取ってくれ、マヤ」


「うん」


 スパナを手渡した。


「だからこれじゃねえって! マットの真似するな!」


「ふふふ、これでしょ? mate?」


 ヨースケが期待通りの反応をしてくれたのに満足して、メガネレンチを渡してあげた。


「リベンジか……そのうちまた遭遇することになるんだろうね……やだなぁ」


「そりゃあな。でもここ最近は敵のロボに遭遇したって情報聞かなくなってたんだよ。

 だからてっきり南部に行ったって噂になってたんだ」


「向こうでは一度もあいつを見たって情報は聞いたことなかったよ。あそこではまともなメンテナンスができないだろうし。

 それにあんな装甲じゃあ目立ちすぎて、戦車やドローンの的にしかならないしね。南部は野戦が多かったから」


 ふと車両の下から響いていたヨースケの作業音が止まった。


「……南部が厳しい場所なのは知ってたけどよ……」


 空気が静かに張り詰める。


 事件を起こしたあと、私はヨースケにも何も言わず、自分を消したくてしたことが南部への配属申請だった。あそこならば配属願いを出せばまず通る。

 隊長を失って変わってしまった世界、与えられない罰と私を責める目。そしてきっと私を責めないヨースケ。

 あらゆるものから逃げたかった。そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだった。


「怒ってる? 勝手にいなくなったこと」


「お前、もうどこにも行かないんだろ」


「うん」


「……ならいい。もう過ぎたことだし、ちゃんと戻ってきたし、な」


 この三年間、心配してくれていたのだと思う。妹みたいに大事にしてくれたのに、黙っていなくなった。

 きっと腹も立ったろうし、もしかすると彼自身を責めたこともあったかもしれない。


 それらを全て嚙み殺したような、短い赦しだった。


 車両のサイドから下に潜り込む。仰向けで作業していた彼の腕が、思い出したように作業を再開した。


「おい、髪汚れるぞ」


「ごめんね」


「分かった。分かったから戻れ。邪魔!」


「いや」


 何を言っても言い訳にしかならなくて、もうそれだけしか言えなかった。

 本当は、もっともっと早く言わなくちゃいけなかったのにね。


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