10 また私のせい
この車両は、奇襲や戦闘に備えたステルス車両じゃない。
逃げ切るために、天井の装甲を捨てている。
「車両装甲残存値:10%未満。退避開始」
カインに腕を掴まれ、車外に引っ張り出された。そのまま崖に沿って走る。
笑い声が響く。醜い。うるさい。
でもあいつの方が正しかった。
侮っていた。経験が足りないのは私の方だった。
どの時点で間違えた?
奪った車両の配置か。そもそも迎え撃つ判断をしたことか。
『非推奨』――
私の提案にそう言ったカインの声が頭に響いた。
……霧から出ようって提案したのが、間違いだった?
そんな思いが胸に広がっていく。
機銃を撃つのをやめたことで、私たちが逃げたのを悟ったのだろう。
あいつらの車両も荒く飛び降り、崖下を探しに来た。
『おい、速ぇな逃げ足! 南で鍛えてきたのかよ! どこ行った!』
車内モニター用のカメラをカインが破壊したはずだ。
それでも追いかけてくるということは、照準カメラ越しの映像を車内で連携しているのだろう。
タイヤとカメラを潰せば、動けるうちに他の2台に合流しようと退くはずだと思ったのに。
私があいつらだったならそうする。それなのに。
霧の外に出た時と同じく足が軽いのに、胸の奥が重い。
もう、こうなっては逃げる以外の手が思い浮かばない。
カインに何か言おうとして、つまづいて思い切り転んでしまった。
ヘルメットのバイザーに地面が擦れ、息で白く曇る。
立ち上がろうとするとまた脚が崩れた。力が入らない。
まるで勝手に身体の方が先に諦めてしまったみたいだ。
怖くなんかないのに。もう戦うようになって3年も経つのに。
どうして身体はまだこんなに臆病なままなんだ。
顔が熱い。息が苦しくなって、震える手で曇るバイザーを上げた。
クソ、やっぱり余計なことをしなければよかった。
私が考えて動くと、いつもろくなことが起きない。
先に行ったカインも、私の次にやられてしまうかもしれない。もし掴まったら自爆してもいいって言っておけばよかった。
カインはああ言ってたけど、どうせ自爆する仕掛け、積んであるんでしょ。
技術開発部が大好きなやつだもん。
「……ごめんカイン。初任務、失敗だな」
タイヤの音がうるさい。
死の直前の記憶は兵士のメンタル保護のために意図的に削除される。
この数分の記憶や感情は『次の私』には残らない。
失敗した。また私の判断で。
その結果だけを引き継ぐことになる。
ゆっくり目を閉じた。
機銃に身体を撃たれるのってどんな感じなんだろう。そう思って手を強く握った。
なのに、あの地面を殴る音と爆音とが、私の横を通過した。
「な……」
私より先に行っていたのに、踵のジェットを噴かして戻ってきた。
「カイン……ッ!」
彼はその脚で私の前に立ちはだかり、ピンを抜いたスモークグレネードをカランとその足元に落とした。
『いた! ハンドル右に切れっ!』
見つかった。というよりもカインが誘ったように見える。
飛んでくる機銃の弾を、彼が展開したシールドで受け流す。
白い煙の中、彼はライフルを放り投げた。
姿勢を思い切り低くして、両足の外側から伸びたアンカーが地面に突き刺さる。
『おおい! あいつアンカーなんか刺しやがった! 潰して欲しいらしいぞ!』
カインが何を考えてるのかわからない。
どうしてこんな、愚かな自己犠牲じみたことを?
「やめてよ……やめてよカイン!……壊れるッ!」
ついさっき、最悪ケースを想定して、保守的な判断を捨てなかった彼らしくない。
これじゃあ私の判断ミスの結果をカインにまで背負わせてるようなものじゃないか。
新しい身体で目覚めた瞬間の、何かがすり減ったような感覚。
生体維持用の液体のプールで身体を起こした時の、あの胸に穴が空いたような。
死ぬこと自体も、その気持ち悪さも、もうどうでもよくなっていた。
だけど、自分のせいで誰かが死ぬのを見るのだけは耐えられない。
たとえそれが機械でも、人型をしていて人間の言葉を話すならなおさらだ。
『方向はそのままでいい、アクセル踏めッ!
ARCのガラクタも女も潰せ!』
木の根や背の低い岩が散らばる荒れた地面を、車体を跳ねるように揺らしながら真っ直ぐこちらに向かって走ってくる。
カインの前に突き出た低い岩に、タイヤが乗り上げ、浮いた瞬間だった。
歪んだ軸と、岩に乗り上げた不安定さ――
一瞬のチャンスを見逃さず、カインの両腕が浮いた車体の下に潜り、一気にねじるようなトルクを加えた。
大きく車体が傾き、重心が迷い始めた。
でも、足りない。
僅かな時間、カインの身体が車両と拮抗した。
傾いたまま、タイヤが暴れて地面を引っ掻き、白い煙に土の色が混じっていく。
重力に引っ張られ、車体の重心が戻り始めた。
アンカーを突き刺した地面の土が盛り上がる。
何かが割れる音が響いて、カインの内部で何かが壊れた。
……そのまま押し負ける。
そう思った時だった。
聞き慣れた風切り音を耳が捉えた瞬間、飛来してきたそれが車両の側面に衝突した。
何が起きたのか理解できないまま、反射的に顔を庇う。
爆風の中で、車体が部品の擦れる音を立てながら、ゆっくりと横に傾いていく。
一拍の無音の時間が流れ、派手な音を立てて車体が横倒しになった。
土埃が舞い上がる中、カインの後ろ姿は胸を上下させるでも、安堵の気配もない。
『なんだ……? うっ……、なんでこっちがブッ倒されてんだよ。』
マイクが拾った呟きがスピーカーに流れる。
『おいおい……おい。今日の任務はドライブみてぇなもんだったろ。
なんで……クッソ……ッ……ボケっとすんな! さっさとデータ類ぶっ壊せ! 余ってる機材も全部!』
狼狽えた声が、やがて罵声に変わり、小銃を乱射する音。
最後に2発の銃声が響いて、静かになった。
「カイン、今のは……」
問いかけたのと同時に、通信が入った。
『こちら平原南東。久しぶりだな、マヤ。
座標だけじゃ見つけられなかったから、モク上げてくれて助かった。
ヤバそうだったから撃ったけど、ロボは大丈夫かよ? ウチのロボだろそれ。
一応避けたからな! ……当たってねぇよな?』
……そうだ。
あの風切り音、カメラ付き誘導弾の音だ。南東基地の支援攻撃。
どうやら、ここはギリギリそれが届く距離だったらしい。
「車内確認後、引き続き任務継続」
横転した車両へ歩き出そうとしたカインのアンカーが抜けずにバランスを崩したのを見て、つい吹き出してしまった。
アンカー機構にかかった圧が強すぎて壊れたんだろう。
右腕も痛々しくだらりと伸びてしまっていて、装甲も爆風を受けて傷だらけ。
「私は平気。カインの方は……あんまり大丈夫じゃなさそうだけど、任務を続けるつもりみたい。」
短く礼を言って、通信を切った。
背面ドアをこじ開けたカインに続いて、内部を確認した。壊れた機器類と死体が二体。
数時間後、彼らも新しい身体で復活するだろう。
重要そうなものや新しい情報は無かった。
息をついたところで、通信が入る。
さっきと違う人の声。
「平原南東基地より報告。報告された敵車両2台を確認、破壊完了。周辺に追加反応なし」
残りの2台のことだろう。これで確認できただけの敵は全て片付いた。
「了解。バイクを回収したら任務に戻る」
通信を切って、辺りが静かになった。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも分かりやすいといいんだけど。自分で読み返してるとだんだん分からなくなってきちゃう。




