3−7 葬儀
私の家は、台所、居間、部屋が二つのこじんまりした作りだ。生まれた時からこの家にいるのだけど、私が生まれる前は違う場所に住んでいたみたいだ。マリーが死んで、数ヶ月に生まれた私。それを考えると、この家はもしかしたら市長ーオリバーから得たお金で買ったものかもしれない。
そう思うと父があれ程家に居つかなかった理由もわかる。けれども貧しい私たちには家は必要だった。通常家賃は生活費の中で一番比重が高い。だからこの家は私たちの生活を支えていた。
けれども、父が死んで一人になった今、この家は必要ない。母との思い出が染みこんだ家であるけど、マリーの事故の秘密で得た家だと思えば、手放すのが一番だと思える。
葬儀が終わったらこの家を処分する。売って得たお金はお世話になった孤児院に寄付するつもりだ。
再建したと聞いているけど、みんなは元気だろうか。
「ジャネット」
あれからお互い我に返って、なんだか恥ずかしくなった。
前はそんなこと思わなかったのに不思議だ。
ロンも落ち着きを取り戻すと、姉上と呼ばなくなった。ハレットの屋敷にいる時はずっと姉上と呼んでいたのに。
「何ですか?」
「このスープ、物凄い美味しいよ」
私とロンは宿近くの食堂に来ていた。
結局、私は家ではなく宿に泊まることにした。
本当は家に泊まりたかったけど、そうなるとロンも泊まると主張して、疲れた私は妥協した。私たちの周囲には見えないけど、ロンが連れてきた護衛が張り付いているらしい。
宿は利用したことなかったけど、食堂は知り合いのおばちゃんで、暖かく迎えてくれた。
近所の人たちは飲んだくれの父しか知らないので、私に同情的だ。父が亡くなったと知らないので、色々慰めてくれる。
酷い父だったけど、最後は私のために殺された。
それを思うとクソ親父で大嫌いだったはずなのに、そこに別の感情が生まれてくる。
「ジャネット」
「ロン?」
なんだろうと反射的に聞き返すと、嬉しそうに微笑まれた。なんだか、恥ずかしいような不思議な気持ちが沸き起こる。今はこんなことを考えている暇はないのに。
大体、ロンに対して距離をおこうと思っていたのに、そんな思いはどこかに行ってしまった。命を狙われているかもしれない。そんな時に、彼と距離を置くことは考えられなかった。私だけじゃなくて、ロンも危ない。市長相手だ。今は一緒に行動していたほうが安全だ。流石に私もまだ死にたくない。しかも酷い殺され方をしそうだし。
「おばさん、ご馳走様でした」
「ご馳走になりました」
私とロンはお礼を行って、お店を出る。
危険が迫っている、誰かから狙われているかもしれない。
私たちの状況に関係なく、街は普段通りだ。いわゆる夜のお店の明かりは灯り、お酒を出す食堂は仕事帰りの人たちで賑わっている。
ぽっかり浮いた月に照らされた夜空を二人で見上げる。
「ジャネット。僕のことは今まで通りロンって呼んでくれる?それとも姉上と呼んだら、ロンって呼んでくれる?」
不意にロンがそんなことを聞いてきた。
「もう、姉上とは呼ばないでください。私はジャネットですから」
気がつくと私はそう答えていて、驚く。
彼も驚いたような顔をしていたけど、すぐ頷く。
「うん。わかったよ。だけど、僕のことロンって呼んでくれる?」
「……はい」
私は名ばかりの男爵令嬢、だけど貧しくて今はメイドだ。そんな私が彼を名で呼ぶのもどうかと思ったけど、名を呼ぶと嬉しそうに見えるので妥協することにした。
姉上と呼ばれるのは嫌いじゃない。私の中のマリーが嬉しくなるのもわかる。だけど、もうそんな風に呼ばれたくなかった。
☆
朗々と神父様の祈りが墓地に響き渡る。
葬儀に参加するのは、私、ロン、そして孤児院の院長様だ。挨拶にもいっていない私、お礼もまだなのに神父様から聞いて参加してくれた。
葬儀の前にお礼と馬車代を返そうとしたけれども、院長様は受け取ってくれなかった。家を売ったら寄付としてしっかり受け取ってもらおうと決め、お礼をいうだけにとどまる。
葬儀が終わったら再建した孤児院に案内してもらうことにして、神父様による祈りが始まった。
父の棺の上に、土をかけていき、花を添える。
母の隣には父の名を刻んでもらった。
葬儀はすぐに終わって、私は神父様にお礼を言う。それから院長様の案内で孤児院に向かった。久々に見た子供たち、たった数ヶ月前に別れたばかりなのに、身長が伸びたり、成長が見られて驚く。
このまままた孤児院で働こうかと一瞬考えがよぎるけど、あの家に住み続ける気にはなれなかった。
この街は生まれ育った街。孤児院にも母と一緒に長くお世話になった。けれども、戻る気にはなれない。
子供たち、院長様と別れて、私たちは昼食を取ることにした。
「昼食をとってからにしたかったけど。待ってくれないみたいだ」
街を歩いていると、ロンが不意にそんなことを言う。
「ジャネット。今から怖いことが起きるけど、僕を信じて。こうしたほうが早いんだ」
立ち止まった彼は耳元でそう囁く。
まもなく、野蛮な風態の男が数人現れた。
「ロン?」
護衛はいるんじゃなかったの?
思わず彼の腕を掴んでしまう。
「大丈夫だから」
そう私に返して、彼は男たちに目を向ける。
「乱暴なことはしないでくれ。君たちに従おう」
ロンが早々に降参して、拍子抜けした男たちだが、両手を掴まれた。
「やめろ!」
彼が男達へ抵抗の意を見せる。
「ロン!」
殴られた!
彼を助けたいのに自由がきかない。口と鼻を押さえつけられ、薬の匂いがした。すると気が遠くなって、意識を失った。




