3-5 帰郷
あの後、父の遺体をみたいという私の願いをオーランドは叶えてくれた。遺体は水を含んで生前の父とはちょっと違っていた。体のあちらこちに傷があるのが見えて、また泣いてしまった。
この傷は私のために、マリーのためにできたものだ。
知らぬ存ぜぬで、今までのように黙っていたらよかったの。
馬鹿。
本当に馬鹿だ。
父が嫌いだったのに、今はとても懐かしくて悲しい。
母の側で眠っていてほしいと願った私のために、オーランドが父の遺体を私の住んでいた街に送ってくれると言ってくれた。このまま辞めてしまおうと思ったけど、あまりにも無責任のように思えて、休みを申請して、翌日父の遺体と共に実家の街に戻ることになった。
翌朝、冷たくなった父を乗せて荷馬車を待っていると、馬に乗ったロンが現れた。オーランドが話したのか、彼は驚いていなくてそれが私の感情を逆なでる。
「ジャネット。僕もついて行くから」
「ハレット様。本当に必要ないですから」
あえてそう呼びかけて強く拒否したのに、彼は引かなかった。
「僕が行きたいから行くだけだ。ジャネットは気にしなくてもいい」
言い争いする気力もなく、溜息しかでない。
「オーランド様。ご手配いただきありがとうございます。葬儀が終わり色々片付けたら戻ってまいります」
とりあえずロンのことは視界から外して、オーランドに礼を伝える。
今後のことはまだ決めていない。まずは実家に戻って、父の葬儀を終える。
「ゆっくりでいいぞ。そこのロンもこき使って、無理はするなよ」
ロンのことを出されたので、返事をするのも億劫で頷くだけに留まる。
そうして私はガント家を離れた。
幌がついた荷馬車の荷台に、父の遺体が入った木箱は動かないように固定されて置かれている。私は遺体の側に座り込み、それをぼんやり眺める。
微かに腐臭を放ち始めた遺体、戻ったらすぐ葬儀を執り行う。
葬儀と言っても、神父に頼み祈りを捧げてもらうだけだ。
そういう手配もオーランドが全てしてくれた。
ロンがいたということは、もしかしたらロンも手伝ってくれたかもしれない。
なぜかわからないけど、ロンとは今話したくなかった。
マリーの死の原因が元々ロンにあったこと。それで?
ううん。私は彼を庇って死んだことを後悔したことは一度もない。ただ、そのことを彼に知らせたくなかった。だから、秘密を持ってしまったから彼に会いたくないのだ。
それだけ?うん。きっとそれだけだ。
住んでいた街までは馬車で一日かかる。馬に乗り続けるのは辛いだろう。途中で諦めてくれたらいいのに。そう願いながら、馬車に揺られる。
「ジャネット」
昼休憩だと馬車が停まり、御者の姿が消え、そこにひょいとロンが顔を出す。
諦めてなかったと、辟易してしまった。それが顔に出ていたのらしく、少しだけ悲しそうな表情をされてしまった。
マリーである私の部分が痛みを覚える。
だけどそれだけだ。
ハレット家にいた時は、マリーの意識に支配されていたと思う。だけど、今の彼は私にとって弟ではなく、ハレット家の当主様だ。
私より少し遠いところにいる人。
こうして旅路についてきているのがおかしい。仕事はどうしているのか?
色々聞きたいことがあるのに、私はどうしていいかわからない。
「荷台から降りられる?」
差し込む光は眩しい。光を背に彼は聞いてくる。
私同様、彼の態度も変わった。
姉に対する態度ではなく、私に対するものだ。けれども少し馴れ馴れしい気がする。私がメイドだからか。
「自分で降りられます」
手を差し出してきたロンにそう答え、腰をあげる。急に立ったので一瞬くらっとしたけど、彼には気づかれなかったみたいだ。なんだか弱いところはみせたくない。そんな意地を持って出入り口も兼ねる、御者台に近づく。
そこから地面に飛び降りようとしたのに、ヒョイッと掲げられて降ろされた。
「ロン!」
思わず批判を込めて名前を呼んだら嬉しそうに微笑まれた。
「やっと名前を呼んでくれた」
彼の笑顔と穏やかな声、それを聞くと胸がじんわりと温かくなったけれども、気付かない振りをする。
彼は私の弟じゃない。
今の私とは関係ない羽振りのいい商家の主人だ。
距離を持って接しようとしているのに、せっせと敷物を引いてピクニックのようにお昼の準備をされてしまった。御者さんはなぜか離れているところでパンを齧っていたので誘ってみた。だけど断固拒否されて、ロンと一緒に食べることに。
「僕は君の力になりたいんだ。迷惑だとわかってるけど」
「ハレット様。今の私はあなたの家のメイドでもありません。どうかお屋敷に戻られてください。私はこのように馬車や葬儀の手配をしていただいただけで十分ですから」
手配に関してはオーランドにロンが手を貸したはずだ。
だからこんなに早く全てが手配された。父の遺体の腐敗が進む前に埋葬できるのは本当にありがたかった。
十分。これで十分だから。もう私のことは忘れてほしい。
マリーのことも。
「ジャネット。君の邪魔はしない。だから側にいることを許してくれ」
「……」
ロンはどうしてしまったんだろう。
なんで。
姉上とは呼ばず、こんな風に私に接してくるのだろう。
前とは違う息苦しさがする。
それから私たちは一言も話さず食事をした。
手を貸してくれるロンを無視して、再び荷馬車に乗り込む。
しばらくしてから御者さんが戻ってきて、馬車は走り出した。




