2-11 職場を変えましょう
「撒いたつもりだったのに」
「甘いな」
突如現れたオーランドに対して、ロンは立ち上がり睨みつける。
そして何やら私にはわからない会話が始まった。
撒いた?
甘い?
「あなたが街で待ち構えていると思っていたので変更しましたが、つけましたね」
「いーや、当てずっぽできてみたら、たまたま見かけたんだ」
オーランドは目を細めて懐かしそうにしていた。
えっと、いや、どういうこと?
呆然としている場合じゃない。
状況を整理しなきゃ。
「えっと、初めまして?いや、違うな。三度目か?一度はベンとスティーブたちと一緒にいたよな」
頭が追いつかないうちに、オーランドが挨拶してきた。
なにか一気にロンが殺気だった気がするけど。
よくわかんないけど、挨拶、挨拶。
まずは立たないと。
「えっと、あの、どう挨拶していいかわかりませんが、ハレット家の使用人のジャネットです。オーランドいえ、ガンド様」
初対面と言ってもいいくらいなので、挨拶をしてみる。
しかも昨日の今日で、手紙もまだ書いてないし。
「マリーって名乗らないんだな。じゃあ、俺も。一応。警備兵団副団長のオーランド・ガンドだ。よろしくな。ジャネット」
彼が手を差し出してきたので、握り返そうとしたら、ロンがオーランドの手を払った。
「なんだよ。ロン」
「ジャネットに気安く触らないでください」
「姉上、って呼ばないのか?」
オーランドは面白そうに言うけど、ロンは何も答えない。
ん?
オーランドの前では私をマリーとして扱わないつもり?なんで?ばれているのに?
「ジャネット。なんか大変なことになっているみたいじゃないか。軟禁状態なんだって?」
超不機嫌なロンに構わず、彼は大様に続ける。
「えっと」
確かにあってるけど。っていうか、メグから情報が行った?
「軟禁なんてしていません」
「軟禁だろう?屋敷内に閉じ込めて、仕事もさせないで」
「それは、姉上のことを考えて」
「姉上か、やっと言ったな」
オーランドは笑うがロンは睨んだままだ。
「ジャネット。いや、マリー。君はいやだよな。ずっと屋敷に閉じ込められてさ」
「え、はい」
突然マリーと呼びかけられてびっくりする。
どうしたの?
「どうだ。ガント家の使用人にならないか?君の前の屋敷、エドワーズ家の執事がうちにいるんだ」
「サイモンさんが?」
サイモンさん。
オーランドの家にいるんだ。
びっくり。
「だめだ。姉上は、ジャネットはうちのメイドだ」
「メイドって、仕事もさせてないだろう?」
「それは」
ロンが押されてる!
昔からそうだったけど。
そうだ、いい機会だ。
「ロン。いえ、旦那様。旦那様にはしばらく時間が必要だと思います。ガント様のお屋敷に働きに行かせてもらってもいいでしょうか?」
「だめだ。いやだ」
「私は、マリー・ハレットの記憶を持っている、もしかしてあなたの姉だったかもしれない存在です。それだけです。今はジャネットなのです。マリーのことを思い出に変える時なのです。旦那様」
気がつかないうちに、私はあまりにもマリーに気持ちを寄せすぎて、ロンと接しすぎた。マリーはもういない存在だ。彼女が亡くなって十七年も経つ。ハレット家でマリーとして暮らすのは懐かしかった。でもそれだけだ。
「姉上」
「旦那様」
ロンは泣きそうな顔をしていた。
私は、彼はロンと呼びそうになったけど、旦那様と呼ぶ。
彼はマリーを乗り越えないといけない。
「マリーのためにも、彼女のことを忘れてください。いえ、思い出にしてください。旦那様はまだ二十九歳なのです。自分のために生きてください」
記憶を取り戻した時、ロンがあまりにも私に執着していて、それをどうにかしたいと思った。でも、私がマリーとして彼に接して、彼が普通に戻っても、それは違う。彼はマリーのことを完全に思い出にする必要がある。前を向くため。
「だったら、君が僕の側にいて。ジャネットとして」
「へ?」
「姉上としてでなく、ジャネットして僕の側にいて、それならいいでしょう?」
「何、言って」
「お前、まったく。そういうことか。だけど軟禁はよくないぞ」
「オーランド、どういうこと?」
「にっぶいなあ。まあ、そうは思っていたけど。まあ、いい。ロン。距離をおけ。ジャネットはうちに連れて行くぞ」
「だめだ。絶対。オーランド、姉上に未練がまだあるのですか?」
「ない。まったく。ただ、心配だ」
「心配?」
「ジャネットはまだ十六歳だ。そんな女性を閉じ込めて、自分の側に置いてどうするんだ。他の男から隠すためか?」
「そ、そんなことは思っていない!」
「どうかな。俺と会わせないようにしたのもそういうことだろう?」
「違います」
「嘘だな。安心しろ。俺はマリーには未練はないし、このジャネットにもそういう気持ちはない。俺の娘といってもいいくらいの年齢だ」
娘。
なんか不思議な感じだ。
年齢的にはそうだろうけど。
「本当ですか?」
「ああ」
まあ、マリーとオーランドの間には恋愛感情なんてなかったもんね。
心配されるのはちょっとわかんないけど。
でもこの際、頼ってしまおう。
このまま軟禁状態でずるずるとハレット家で暮らすのは嫌だ。
サイモンさんなら普通の使用人の一人としてビシバシ指導してくれそうだし。
「姉上は、ジャネットはガント家で働きたいですか?」
「はい」
ロンの問いに私はしっかり答える。
彼は大きな溜息をついた。
「わかりました。でも嫌になったら戻ってきてください。あと、たまに会いにいってもいいですか?」
私は答えられなかった。
マリーとして、思い出にしてほしいから会わない方がいい。
ジャネットとしては、立場が違うから会わない方がいい。
「まあ、時間が解決するだろう」
おかしな雰囲気をどうにかしようとしたのか、オーランドがそう言う。
うん。時間だ。時間が必要。
「はい。時間が必要です」
「ということだ。ロン。慌てるな」
オーランドがロンの肩を叩き、彼は嫌そうに顔を歪めた。
なんていうか嫌そうだけど、前よりはマシかな?
なんかわかんないけど、二人の仲直りは近そうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
2章はここで終了。
次回から3章になります。
続きはしばらくお待ち下さい。




