1-12 彼の笑顔は腹黒い
「ジャネット。どうしても姉上の生まれ変わりだと認めたくないのですか?」
「旦那様。何かの勘違いです。生まれ変わりという奇跡があるかもしれませんが、私ではありません」
二人きりになって、ロンは尋問するように私に鋭い視線を投げかける。
けれどもやはりマリーだと思っているらしく、口調はマリーに話しかけるような丁寧語だ。
私の答えにロンは大きなため息をついた後、椅子から立ち上がりゆっくり近づいてくる。
身長はすでにお父様を超えている。
私はマリーと同じくらいの背丈だ。当時は勿論ロンより背が高かったけれども、今の彼に比べれば頭一つ分ほど低い。
ロンは威圧感を感じるほど、触れそうなほど近づき、足を止めた。
「わかったよ。君の主張を認めよう。君は姉上の生まれ変わりではない。だけど、ジャネット。ただのジャネットとして君と付き合いたい」
「は?な、なんてことを言うのよ。ロン。ありえないわ!無理よ。あなたは弟。そんな風に思えるワケがない!」
「おかしいね。君がさっき言っただろう?君は姉上ではないと。だから、僕はただのジャネットに交際を申し込んでる」
ロンの笑顔はとても輝いていて、胡散臭い。
「無理無理だから。どうして?ほら、ハレット家は立派な商家だし、私みたいな身元不明の」
「ジャネット・ソウ。男爵家の一人娘。身分としては僕の方が不釣り合いだね」
そうだ。ロンはすでに調べていたんだ。
娘を売ろうするほど落ちぶれた、名だけの男爵の父。母は平民で酒と賭けに溺れる父を支えて続けた挙句に亡くなってしまった。
「父に?」
「安心して連絡はしてないよ。ジャネットが会いたくない気持ちはわかってるから。それで、どうするの?僕と付き合ってくれる?それとも姉上と認めてくれる?」
ロンはずるい。流石ハレット家の現の当主。よく育ったわ。育ちすぎよ。
「認めるわ。私はあなたの姉、マリー・ハレットの生まれ変わりよ」
付き合うなんてとんでもない。それなら認めてしまったほうがいい。
そう最終的に諦めた。
「姉上!」
するとロンがぎゅっと私を抱きしめた。顔が彼の胸に押し付けられる形になり、その胸板の厚さを否応なしに感じる。
彼が十二の時に私は死んだ。
少年であった彼はいまは立派な青年だ。
「ちょっと、ロン!」
何か居心地が悪くて、彼の腕の中で必死に抵抗を試みる。
「姉上?僕は弟として再会を喜んでいるんです。他意はありませんよ。姉上」
私の記憶のロンは、抱きしめると私が包んであげる感じだった。でも今はロンの腕の中に私がすっぽり包まれてる。
「喜んでもらって嬉しいけど、私に執着するのはやめてくれるわよね?あなたはハレット家の当主なんだから」
「もちろんですよ。姉上」
素直にロンはそう答え、私を解放する。
「それでは父上たちを呼びましょう」
「お父様たちには話したほうがいいのかな。生まれ変わりなんて信じていないだろうし」
「先ほどの様子を覚えてますか?父上達も姉上と再び会えるならどんなに嬉しいか。話してあげてください。どうか」
「わかったわ」
本当は話したくなかった。
だけど、マリーと認めないととんでもない方向に話が行きそうなので仕方なく認めた。でもお父様たちは……
不安な私を他所に、ロンは隣の部屋で待っているはずのお父様たちを呼びにいった。
まもなくお父様たちは部屋に戻ってきた。
「あの、」
私から口を開くべきか、わからず一度口火をきる。だけど、礼儀としては目下のものが先に口を開くのは適っていない。
だからお父様たちの言葉を待つことにした。
二人ともロンからすでに聞かされたらしく、戸惑った顔で、私を見つめていた。
信じてくれないかもしれない。
だったら……
「マリー。本当に、本当にそんな奇跡があるのか?外見も何もかも違う。だけど、その眼差しはマリーによく似ている」
「ジャネット。こちらにきてくれる?」
お父様と違って、お母様は私をジャネットと呼ぶ。
それが正しいのだけれど、少し悲しい。
言われるまま、私はお母様に近づいた。
「お、お母様?!」
急に抱きしめられた。
「ジャネット。マリーって呼んでもいいかしら。本当にあなたなのね。あなたが亡くなって、屋敷が急に静かになったわ。ロンも話さなくてなって、私たちは絶望の縁にいたわ」
「お母様……」
お母様は私の肩に顔を埋め、泣いていた。
泣き止んでほしくて、その背中を慰めるように何度も撫でる。
「離してあげなさい。エルマ。マリーが困っているじゃないか」
お父様がお母様に話しかけると、お母様は私から離れお父様に抱きつく。
そんなお母様を抱き止めて、お父様は微笑む。
「ロンの話を信じてなかった。けれども屋根の話をした時の君の表情、そして今、私たちを見つめるその目、マリーに間違いないと思う。戻ってきてくれてありがとう」
「そんなお父様……」
お父様の言葉に私はとうとう泣いてしまった。
前世を思い出したのは最近だ。それまで前の人生が誰かなんて考えたことはなかった。
☆
「それでは私はこれで」
お父様とお母様は再会を喜んだ後、用事があるとまた部屋を出ていった。
ロンと二人きりは、なぜか居た堪れなくなるので、私もそうそうと退出しようとした。
「明日も会えるの楽しみにしてます。姉上」
「ロン。私のことは今まで通りジャネットと呼んで。私も旦那様と呼びますから。皆には出来れば伏せてもらいたいです」
「ダメだよ。僕は姉上の生まれ変わりを見つけたことを公表するつもりだ。じゃないと次々に偽物の姉上が現れる」
「それはそうですが」
「姉上」
濡れたような空色の瞳は、幼い頃のロンを思い出させる。
だけど、いや、みんなにバラしたら大変なことになるから!
「だめです。こうして二人っきりの時だけにしてください」
「わかった。姉上。こうして二人っきりの時は姉上として慕ってもいいのですね?」
「え、うん」
そこまで深く考えなくて、他の人にバレなきゃいいなと軽く返事をした。
するとロンは、あの完璧に作った微笑みを浮かべる。
あれ、まずい?
「本当、明日から楽しみです。姉上」
彼の微笑みは腹黒い。
翌日から、私はまた新たな悩みを抱えることになってしまった。




