魔の介入
待ち合わせの場所が通いなれた学園の図書館ということで、ララリは安心しているようだ。
けれど、セシリアはかえって不安だった。
もしそこで戦闘になれば、他の生徒を巻き込んでしまう可能性もある。フィンの狙いが何なのかわからない以上、慎重に対応するべきだろう。
何かあったときにどう動くのか。
軽く打ち合わせをしてから、フィンの待つ図書室に向かった。
アルヴィンが先頭に立ち、その背後にセシリアとララリが続く。
どうやら休日なので、今のところ他の生徒の姿はないようだ。それに安堵しながら、周囲を見渡す。
「ここだよ」
すると、図書室の奥から声がした。隣にある部屋からのようだ。
(あそこはたしか、特別図書謁見室、だったかしら?)
特殊な魔法書がおいてあり、教師の許可を得た者しか入れない部屋のはずだ。どうやらフィンは、その特別謁見室でセシリア達を待っているらしい。
あの場所には、防音魔法が掛かっていると聞く。
もし図書館に他の生徒が来ても、扉を閉めてしまえば中の話を聞かれることはないだろう。
まずアルヴィンが先に立ち、続いてセシリア。
最後にララリが続いた。
部屋の中は思っていたよりも広く、図書室の半分くらいの大きさはありそうだ。複数の机と椅子が並んでいて、その一番奥にフィンの姿があった。彼は開いていた分厚い本を閉じると、立ち上がってこちらを見た。
「わざわざ来てもらって、すまないね」
フィンはそう言うと、アルヴィンとセシリア、そして最後に隠れるようにしていたララリを見た。その姿から、以前のような好戦的な雰囲気を感じることはなかった。
「君たちの手を借りるのは不本意なんだけど、どうしても、僕ひとりでは手に負えない問題のようだ。話を聞いてもらえないかな?」
少し悔しそうにそう話すフィンからは、あの黒い瘴気を感じない。
戦闘になる可能性さえ考えていたセシリアは、少し拍子抜けしたくらいだ。
それでも戦わずにすむのなら、その方がいい。
「ええ」
だからセシリアは、彼の言葉に短く頷くと、近くにある椅子に座り、話を聞く体制を見せる。
ララリも隣に座ったが、アルヴィンはふたりの背後に立ったままだ。フィンを警戒しているというよりも、守護騎士としての立場から、主の背後を守るようにして立ったのだろう。
フィンは、そんなアルヴィンにちらりと視線を走らせた。
だがその視線から感じ取れるのは敵意ではなく、アルヴィンが話を聞いてくれるのかどうか、少し心配しているようにさえ見えた。
王女よりも強い魔力を持つアルヴィンの力を借りるために、わざわざ主であるセシリアに声をかけたのかもしれない。
セシリアがアルヴィンを見上げると、彼は軽く頷いた。
それを見て、どうやら話を聞いてもらえるようだと安堵したフィンは、どこから話そうか、と小さく呟いた。しばらく考え込んだあと、こう語りだした。
「僕はここ最近ずっと、魔族について調べていた」
「魔族?」
「ああ、そうだよ。なぜそんなことをしていたかというと、アレク王太子殿下から頼まれたからだ」
いきなり魔族という言葉が出てきて驚くも、それがアレクの命令だったと知って、セシリアは複雑な心境になる。
彼が魔族のことを調べていたのは、その力を手にするためだったのかもしれない。
「アレク様が、どうしてそんなことを」
悲しげにそう呟くララリに、フィンは答える。
「殿下は、敵を知るために、とおっしゃった。でも、魔族による被害など、ここ数十年起きていない。僕も疑問に思ったよ」
それでも、アレクに命じられたことなので、フィンは魔法の研究だと言って授業にも参加せずに、この部屋にいたようだ。
「それだけなら、まだよかったんだけど。殿下の名前で、この特別図書謁見室にも入ることができたからね」
魔族についての報告書をまとめて提出してから、少しずつ奇妙なことが起こり始めたと、フィンは語った。
友人であり、王太子であるアレクの側近候補であるダニーが、やたらと怒りっぽく、周囲を妬むような言葉を口にするようになった。今までそんな人柄ではなかったことから、フィンはとても驚いたようだ。だがそのうち、自分にも同じようなことが起こり始めた。
自分よりも強い魔力を持っている者が、強い立場の者が、妬ましくて仕方がない。とにかく強い力が欲しくて仕方がない。
そして、それもダニーと自分だけに留まらず、他の生徒にも表れはじめているような気がした。
「魔族は人の悪意を好み、それを強めてしまう。魔族のことを調べていて、そんな記述を見たばかりだったから、もしかしたら、と思ってね」
魔族のことを調べていたアレクが、その悪意に憑りつかれてしまったのではないか。フィンがそう考えたのも、悪意に支配されるようになったのは、彼の身近にいる人間ばかりだったからだ。
側近候補であるダニー・マゼー。
同じ立場であるフィン。
そして、セシリアの兄のユージン・ブランジーニ。
もしかしたら王女のミルファーもそうかもしれないと、フィンは語った。
「王女殿下は、もっと優しい思いやりのある方だった。ご自分の兄上に、あのような言葉投げかけるようなことはなかったはずだ」
たしかに彼が名前を出した人達は、セシリアが覚えている限り、ゲームのときと性格がまったく違う。
魔族の介入によって歪められてしまったのだとしたら、納得できる話だ。




