協力
「アレク様は……。魔族の力によって歪められてしまったのね」
ララリの悲しげな言葉に、フィンも視線をそらした。
ふたりとも、アレクが自分から魔族の力を欲したとはまったく思っていないようだ。
だが、セシリアには少し疑問が残る。
この魔力至上主義の国において、妹よりも魔力の低いのに、王太子という立場。
そして国王陛下とセシリアの父の、昔から続く長い因縁。それらを考えても、きっと彼は誰よりも強い魔力さえあればと思っていたはずだ。
その苦しみは、ゲームを通してこの世界を深く知っていたセシリアには、よく理解できる。
だからこそ悲しい話だが、アレクはただの被害者だと思うことはできない。
そう思ったセシリアは、ちらりと背後にいるアルヴィンに視線を向けた。
彼も同じ考えのようで、悲しげにアレクのことを話すララリとフィンの様子を、静かな瞳で見つめていた。
「フィン様は、どうやってその状態から抜け出すことができたのですか?」
アレクのことを思い、憂いを帯びた表情をしていたララリが、ふと思いついたように問いかけた。
たしかに今のフィンは、最初に出会ったときのように好戦的ではない。
アルヴィンを侮辱されて、思わず頬を叩いてしまったセシリアに対しても、普通の態度で接しているくらいだ。
「……そう。今回、君たちに来てもらったのは、その件に関してなんだ」
フィンはそう言うと、手元に置いてあった一冊の本を広げた。視線を向けると、書かれているのはこの国の言葉ではないようだ。
(これはたしか……。エイオーダ王国の)
シャテル王国から少し離れた、大陸のやや北側に属する大きな国だ。ゲームでは名前だけしか出てこない国だが、多くの魔道具がその国から輸入されていると言っていた。
この国とは違い、王族や貴族は今でも強い魔力を持っている。だが、その数の減少に悩んでいると聞く。
しかも国王夫妻にはまだ子供がいないらしい。
それでも魔力が高い者が多いため、魔法の研究も進んでいて、この国にはない便利な魔道具がたくさんあった。
これは、その魔道具の作り方の本のようだ。どんな内容なのかと、興味を持って覗き込む。
「魔を退ける魔道具……。本当に、そんなものがあるの?」
そこにはかなり難解な魔法式が記されていて、セシリアでは理解することができなかった。
「ある、と言ってもいいのか。これはエイオーダ王国の、ある魔導師が書いた本らしい。ただ魔法式があまりにも複雑で、僕には完全に再現することはできなかった。それが悔しくて、何とか再現しようとして頑張ってみたんだけど……」
それは完成には程遠い魔道具だったが、それでもフィンの心に巣食った闇を退けてくれた。
これを手にしたフィンは、今までの自分が異常な状態だったとすぐに悟った。そして盟友のダニー、そして主のアレクも、今までの自分の同じ状態であると知ったのだ。
「完全な魔道具を作ることができれば、きっとアレク様を救うことができる。どうか、力を貸してくれないだろうか」
彼はそう言って、頭を下げた。
「あのときの暴言と失礼な態度も詫びる。本当に、すまなかった」
真摯な言葉に、嘘はなさそうだ。
「わ、私は、アレク様のためなら何でもやります」
アレクを想うララリは即答する。
「ええ。わたしも協力するわ」
セシリアも悩むことなく、ララリに続いて頷いた。
もしその魔道具を作ることができれば、魔族と戦うことになった場合でも、こちら側が有利になるかもしれない。そう考えたのだ。
「感謝する」
フィンはそう言うと、三人にも見えるように、本をこちらに側に向けた。
「まず材料として必要なのは……。清められたクリスタルと、シルバーの鎖。それからムーンストーンだ」
何度も修正した跡があるメモを本の傍に置いて、彼はそう説明する。その手元には、エイオーダ王国の辞書もあった。
フィンが示す文字列を、セシリアも辿る。
セシリアの父はかなりの数の魔法書を集めていて、屋敷に置かれていた多くの魔法書はそのエイオーダ王国の言葉で書かれていた。だから、セシリアもある程度なら、この国の言葉を辞書なしでも読むことができる。
だがこの本は古語で書かれているらしく、そんなセシリアでも完全に理解できない箇所があった。
「そこは清められたクリスタルではなく、聖属性のクリスタルだ」
その本をセシリアの背後から眺めていたアルヴィンが、そう訂正した。
「アルヴィン?」
「聖属性のクリスタルと、神殿で清められたムーンストーン。そう書かれている」
あっさりと解読してしまったアルヴィンに、フィンが息を呑む。
「辞書なしで、これが読めるのか?」
驚愕を隠そうとしない問いかけに、アルヴィンは静かに頷いた。
「セシリアも読めるだろう」
そう言われて、素直に頷く。
「ええ、わたしも少しなら。お父様の書斎にある魔法書は、ほとんどエイオーダ王国で書かれた本だったから」
「……変なプライドなど捨てて、すぐにでも協力を求めればよかったと思うよ」
よほど大変だったらしく、フィンは肩を落とした。
「だったら、この魔法式も解読できるだろうか?」
目の前に差し出された魔法書に、セシリアは視線を走らせる。
「……うーん。かなり複雑で、難解ね。読むことはできるけど、理解するのは難しそうだわ」
そう言って、頬に手を当てた。
簡単な魔法書ならば、魔法が発動する呪文が書かれている。だからそれを唱えれば、その魔法が使えるのだ。
けれど高度な魔法書になればなるほど、正解に辿り着くための数式や理論が記されているだけで、読んだだけで魔法が使えるようなものではない。
セシリアは、助けを求めるように背後にいるアルヴィンを見る。
「アルヴィンはどう?」
彼は、しばらく目を細めて魔法書の文字を追っていた。
「……そうだな。理解できないこともないが、ここはブランジーニ公爵の知識を借りるべきかもしれない」
「お父様の?」
突然の提案にセシリアは驚いたが、フィンはむしろ望む答えだったようで、大きく頷いた。
「そうしてもらえると助かる。ここに、魔法式を書き写したものがある。これを渡してほしい」
「ええ、わかったわ」
あの父がこの件に協力してくれるのか不安になるが、一応、この国の筆頭魔導師だ。話だけはしてみようと、それを受け取る。
「私は何をすればいいですか?」
魔法書を読むことができなかったようで、少し肩を落としながら、ララリが尋ねる。
「失敗するかもしれないことを考えて、大量のクリスタルを用意している。君にはたしか、神官の知り合いがいたと思うが」
「ええ、います。神殿に仕えているリアス様です」
ララリは大きく頷いた。
(ああ、まだ登場していなかった最後の……)
その名前を聞いて、神官がゲームでは五人目の攻略対象者だったと思い出す。
彼もここで登場するようだ。
「わかりました。リアス様に頼んで、クリスタルを浄化してもらいます」
「それと、ムーンストーンの数が足りないんだ」
「はい。それはお父様に頼んでみます」
ララリが引き取られたエイター男爵家の領地では、良質のムーンストーンが採れると聞いたことがある。フィンも、それを当てにしているのだろう。
自分の役割が決まり、ララリも張り切っていた。
「それでは私は、これからすぐにお父様とリアス様に手紙を書きますね」
彼女に続いて、セシリアも席を立った。
「わたしもお父様に連絡してみるわ」
あの父のことだから素直に協力してもらえるとは思わないが、未知の魔法を言えば興味を持ってくれるかもしれない。
「すまないが、頼む。何かわかったら連絡してほしい」
真剣な顔でそう言うフィンに頷き、セシリアは魔法式が書かれた紙を手に、アルヴィンとともに図書室から出た。




