この僕が着替えたら、さらにかわいくなるって話がしたいんだ
トントン、とまるでドアをノックするように頭を小突かれている感覚。
僕は真っ白な空間にいて、自分がいま落ちているのか、上がっているのかわからない。
ふわふわと浮遊していると、ノックがもう一度聞こえてきた。
今度ははっきりと、上から聞こえている。音のするほうへ身体がふわりと、羽で緩やかに羽ばたく鳥のように向かっていく……
「あ……」
僕は目をゆっくりと開いた。
目の前すぐにカリンの顔があって、彼女が心配そうに見下ろしていた。
「あれ、僕、あれ……?」
「ああ、よかったあ。
後ろのほうで光ったと思ったら、守羽ちゃんが倒れているんだもん」
びっくりしたよ、と胸を撫で下ろす仕草を見上げながらぼんやりと、自分が膝枕されていることに気がついた。もう今日だけで一生分の膝枕を味わっているんじゃないか。
女の子は気兼ねなく膝枕するものなのか? と思ったけれど自分がかわいいから警戒されずに許されているだけなのかもしれない。
僕は身体を起こし、立ち上がろうとしたけど足に力が入らない。体重をかけようとしたのに、床がぐにゃりと弛んで力の行き場所がなくなるような感覚だ。
横から肩を抱くように、倒れそうになった僕の身体をカリンが支えてくれた。
「まだダメだよ、落ち着かなきゃ」
「だ、大丈夫だから」
「君ねえ、うちの商品は何が起こるかわからないから触らないでって言わなかったっけえ?」
奥からけらけらと笑う声が響いてきた。
「そんなこと、一言も言ってなかったですよね!?」
僕が精一杯声を大きくして反論すると、パイネは「あれぇそうだっけ?」ととぼけてから、僕に向かって手招きをした。
そういえば、いつの間にか奥の部屋から彼女が戻ってきているようだった。
彼女の元へ向かうと、パイネはランタンを机に勢いよく置いた。隣には、ランタンの光に照らされた真っ白い布の包みがあった。
「これは?」
「君の服。開いていいよお」
僕は結び目に手をかけて、ゆっくりと解いた。
広げてみると、真っ白な服が折りたたまれていた。指で生地をなぞると、さらりとした感触と、ほのかに温かさを感じた。
あれ……? 僕がなぞった部分の色が変わっている?
困惑が僕の顔に出ていたのか、パイネはにたりと笑った。
「この服はちょっと特殊な服でね。
来た人の魂に合わせて見た目が変化するんだねえ。いわゆる"アニムス"ってやつ」
「そうだ、アニムスって何ですか?」
転生する際に持たせてくれた装具、それがアニムスだと天使は言っていた。
パイネは「ああそれも知らないんだあ」と軽く悪態をついてきたが、若干声を張って楽しそうに説明してくれた。
「アニムスっていうのはさ、あたしのコレ……”パンシーの冠”みたいに、装備者の魂に結びつく特殊な装具のことを言うんだよお」
彼女がランタンを掲げると、中で光っていた淡いオレンジの炎が次第に紫色に染まっていく。きらびやかな光はしかし怪しげに、ぞくりとするような色で佇んでいる。
「装備者の魂に合わせて見た目や能力を変える、不思議な魔道具さ。誰が作ったのかも、この武具自体が生きているのか……誰にもわからないんだよねえ」
「で、これさ」とパイネは服を指差した。
「この服も似たようなものさ。
あたしと君の仲だからねえ。プ・レ・ゼ・ン・ト」
パイネは最後にウインクまでしてみせたが、僕の警戒心がこの話に乗るのはヤバいと警鐘を鳴らしていた。
だって、めちゃくちゃ悪い顔してたもん! 一瞬だったけど、見逃さなかった!
「い、いやー……高いですよね?
僕はもっと、普通のでいいんですけど」
「ふうん……
そっかあ。これ、めちゃくちゃかわいいんだけどなあ」
うっ……そう言われると弱い。そっかあ、かわいいのか……
ちょ、ちょっと着てみるぐらいならいいかな?
「き、着てみるだけですから……」
言いながら広げてみると、長袖のワンピースのような形をしていた。
これを着ても大して見た目が変わらない気がする。けどパイネのことだ。さっきの話からして、何かしらのカラクリがあるのだろう。
「あ、あの」
僕は服を手に抱えながら、二人を見やった。
「なんだい?」
「き、着替える場所が欲しいんですけど」
そう言うと、パイネは首を振ってきっぱりと断った。
「あたしはそれがどう変化するのか見たいからあ、ダ・メ
女しかいないんだし、困るもんでもないよねえ?」
カリンに助けを求めようと視線を送ると、彼女は少しムスッとした表情をしてはいたものの、やがて深くため息を吐き出した。
「こういう時のパイネはね、全く意見を曲げようとしないの……
ごめんね。着替えているところは、見ないようにするから」
「じゃ、じゃあせめてパイネさんも、僕が着替えるまでは見ないでくださいね!」
パイネは心底面白くなさそうに、気だるげにひらひらと手を振った。
「わかった、わかった。
じゃ、お願いねえ」
何だこの状況は。まるで想定していなかった。
女の子の前で着替えるなんて、恥ずかしいに決まっているじゃないか……!
いくら僕がかわいい女の子だからって……まあ、男だったら絶対にあり得ないシチュエーションだよな。男が女の子の目の前で着替えろなんて命令、どう考えてもいじめだもんな。
僕は二人が目を逸らしているうちに、自分の服を脱いで、床に落とした。
それから、パイネが持ってきた服を持ち上げる。
あれ? そういえばこれはどっちが前なんだ……? それに、下から頭を通せばいいのか?
二人ともこちらを見ずに待ってくれている手前、なんだか聞きにくい。
よく見ると、片面だけ胸のあたりに小さな紋章のような刺繡があった。た、たぶんこっちが前?
女性服の構造なんてわかるわけないだろ! でもこっちが前だ! 前ってことにしよう!
てんやわんやしながらも、僕は何とか袖を通した。
触ったときに感じた温かみが、僕を包み込むように全身を満たしていく。
着終わったかなと思った瞬間、それは淡い光を放ち、徐々に見た目を変えていく。
「すごい……」
「おおー……」
二人から驚嘆の声が上がる。
僕はどうしたらいいのかわからず、じっと突っ立っていた。
やがて光がなくなると、先ほどまでのシンプルな見た目とは全く違う服になっている。
これが、パイネの言っていた”装備者によって姿を変える”の意味ということか。
「なるほどねえ」
パイネが右指を鳴らすと、僕の足元近くに魔法陣が展開されて、その中心から鏡が生えてきた。
「どうだい、今の心境は」
「え、めっちゃかわいい……」
鏡に映った僕は、信じられないぐらいかわいかった。
服は元のワンピースの造形をほとんど残さず、白地をベースに肩と、お腹を抱えるようにピンクの羽根がデザインされている。それに、ご丁寧に深い赤色のブーツまで……!
「ていうか、てっきり服だけ変わるのかと……」
クルクルと回ってみて、色々な角度から自分を眺めてみた。
ピンク色の髪がふわりと舞えば、服装のピンク色の羽模様がよりいっそうかわいさを引き立ててくれている。
「なるほどね。
だから”天使”かあ……」
パイネは一人納得したように頷いていた。
カリンは目を輝かせて、なんか、今にも僕に飛びついてきそうな気がした。
「……かわいい!
すごい! パイネ、これすごいね! 完璧だよ!」
はしゃぐ彼女に抱きつかれながら、僕は自分のかわいさに酔っていた。
そっかあ。これが、僕なのかあ……