64 魔王という者
堂々たる姿で、多くの招待客たちの視線を浴びるマリア。俺と目が合い、若干顔を赤くする姿は愛おしく感じる。
でも、そんな顔をしてくれるのはこの外見だから。
もし俺の姿が変わったら、マリアは俺に見向きもしなくなるのではないか?いや、そうだろう。俺に、外見以外の魅力はないのだから。
女神が言った言葉を思い出す。
俺が元の姿に戻る条件は、愛のあるキスをすること。それも、愛し合っていなければならない。まず、俺たちはその条件を満たしているのか?わからない。
だが、女神がわざわざ現れたということは、満たしているのだろう。それか、俺が慌てふためくさまを見たいだけとか。ありえそうだな。
どちらにせよ、式には誓いのキスをするという内容がある。覚悟を決めるべきだとは思うのだが、もし俺の姿が元に戻ったら・・・想像するだけでも怖い。
もう、認めるしかないだろう。
俺が怖いのは、マリアに嫌われることだ。それは、つまりそういうことだ。自分でもよくわからないが、なぜかそうなってしまったようだ。
俺が考えを巡らせている間に、誓いを終えて、キスをする時が来た。俺たちは向かい合って、お互いを見つめ合う。
この世界では、花嫁はベールなんてものをしていないので、俺はそのままマリアにキスをするだけだ。さて、どうするよ俺。女神の言葉がなければ、俺は多少恥ずかしさを感じながらも、喜んでキスをした。いや、こんな俺がマリアにキスをしていいのか悩んだかもしれないな。
さて、どうするか。一向に動かない俺に周囲がざわつき始める。マリアもこちらを不安そうに見つめてきて、申し訳ない気持ちになる。
マリアの顔を見た俺は、覚悟を決めた。
「ロウ?」
「・・・やっぱりだめだ。」
「え?」
俺は、招待客の方へと顔を向けた。各国の重鎮たちが見守るこの式は、絶対に成功させなければならないものと改めて理解したが、それでもこのまま式を続けてはいられない。
「・・・俺は、今まで黙っていたことがある。」
そう。マリアが俺を愛した理由、外見の秘密を話すべきだと思った。それを話さずに、マリアとキスをするのは、不誠実だ。こんなこと、前は思わなかっただろうな。
「マリアは、俺の顔が気に入っているから、俺と結婚する意志を固めた。だが、俺は・・・このマリアが愛した顔は、たぶん俺の顔じゃない。」
「それは、どういうこと?」
隣から聞こえたマリアの声に、俺はそちらを向かずに答えた。
「俺は、この世界に来て、顔が変わった。体も・・・それは、死んだせいだと、ずっとそう思っていた。」
「死んだ?ロウ、それってどういうこと?」
震えるマリアの声に、俺は冷静に答える。
「見ず知らずの女・・・知り合いだったかもしれないが、そいつに殺された。そして、気づいたらこの世界に召喚されて、この姿になっていたんだ。」
「やはり、本来の姿ではなかったか。」
ぽつりと、前の席にいたロジが呟いた。気づいていたのか。
ロジの方を見た俺を、強い力で引っ張る者がいた。それは、考えなくてもマリアだとわかった。
「ロウっ!」
怒った様子のマリアに、やはり俺は外見だけなのだと悟り、悲しみが込み上げた。泣きそうな俺だが、我慢してマリアに頭を下げる。
「黙っていて、悪かった」
「そんなことはいいわ!そのロウを殺した女はどこにいるの!」
「え?」
顔をあげれば、怒った顔のマリアの顔がある。だが、その怒りは俺へとは向いていないようだ。
「だから、その女よ。許さないわ。こんな優しいロウを殺すだなんて、許されない。」
「マリア?」
「何?」
「俺、本当はこの顔じゃないんだ。しかも、もうすぐ本当の姿に戻るかもしれなくて・・・」
「そう、よかったわね。やっぱり自分の姿が一番でしょう?」
「あ、うん・・・そうだけど。マリアはそれでいいのか?」
「・・・これは、私が悪かったのかしら。私たちは、話し合うことをおろそかにしすぎたのかもね。」
「え?」
マリアは、招待客の方へと目を向ける。
「私、人間が嫌いなの。だって、出会ってきた人間が悪すぎたんだもの。私の力に怯えたり嫉妬したりして、嫌がらせも数えきれないほど受けたわ。」
声をおさえて話さないマリアの言葉は、招待客には丸聞こえだ。居心地が悪そうな招待客たちから目を離して、マリアは俺を見つめた。
「でも、私だって寂しかった。だれか、友達でも家族でも何でも良かったの。傍にいて欲しかった。だから、魔物や魔人とも交流したわ。それでも、私は満たされなかったの。」
「なぜだかわかる?結局、私が隣にいて欲しかったのは、人間だったの。私も人間だから、あたりまえよね。」
「魔王なんて、嘘。みんなが恐れて、そう呼ぶから、私はそうなったのよ。そして、女神と契約して、本当に魔王になってやったわ。でも、それは願いを叶えるためという理由の方が大きかったけれど。」
「理想の容姿の男・・・俺が望みだったんだよな。」
「そう。怯えさせないように接して、ずっと一緒に傍にいてもらいたいと思っていたの。すべてをさらけ出せない代わりに、私の理想の容姿をした人がいいと思ったの。」
「でもね、ロウ。あなた勘違いしているわ。」
「何がだ?」
「私は、あなたのことが好きよ。それは、外見とかではなく、あなたの考え方が好きなの。優しさが好きよ。その、中身が好きなの。わかるかしら?」
わかった。マリアも俺と同じだということがわかった。だって、俺もマリアの外見は重要視していない。きれいだとは思うし、好みだが、別の姿だとしても好きになったと思う。
嬉しさに胸が高鳴った。
「私は、さっき誓った通りよ。もし、あなたの姿が今変わったとしても、私はあなたを愛す。これでもあなたは、私の愛を疑う?」
「いいや、十分だ。マリア、俺も一緒だ。最初は何とも思っていなかった・・・いや、最初から、マリアに思うことはあったんだ。でも、それはマリアが魔王だからだと思っていた。でも、マリアは・・・マリアだ。つまり、俺は一目惚れをしていたようだ。今気づいた。」
「その言葉は疑わしいわね。でもいいわ。」
「女神と私は契約したわ。その契約は、私が理想の男性と出会えるまでよ。そう、もう私は魔王ではないの。でも、なぜか契約は続いているみたい。」
魔王は俺に近づき、俺を見上げた。
「あなたと結ばれれば、契約は終わる気がするの。ロウ、私を普通の女性に戻して。あなたも元の姿に戻るというのなら、私も普通の女性に戻りたいわ。」
「わかった。でも、一つだけ。俺は、魔王のマリアでも気にしない。だって」
「私は私だから?」
「あぁ。」
「なら、あなたも恐れないで。姿が変わったとしても、あなたはあなたよ。」
そうだ。俺は何を恐れていたのか。
恐れが無くなれば、あとはただ自然とマリアの唇を奪っていた。ずっとしたかった。外見だけを愛されていると思っている頃は、騙しているような気がして、口にはできなかったキスを、俺はしている。
「おめでとう。」
耳元で、女神の声がした気がする。
次回で本編が終わります。
今のところ、番外編を書くつもりはありません。




