57 一目惚れ
氷の槍は、まっすぐに俺の心臓めがけて飛んできて、銀の鎧に当たり砕け散った。きらきらと氷の破片が落ちて、綺麗だ。
「・・・捕らえなさい。」
魔王がそう呟いて、手を天高くにあげる。
それに応じるように、砕け散った破片から蔓のようなものが伸びてきて、俺を捕らえた。今度は氷が砕け散ることなく、俺を捕らえたままだ。
「死にたいのかしら?避ける様子もないなんて。」
「こんなことをしなくたって、俺は動けないよ。」
俺を守る銀の鎧。それは重すぎて、もしくは俺がひ弱すぎて、俺の動きを封じていた。だから、ここまで2人に運んできてもらったのだ。
「つくづくわからない人だわ。」
魔王はキンと音をたてて、剣を抜いた。抜き身の剣が太陽の光を反射した。
「・・・魔法の攻撃だめなら、剣はどうかしら?ま、別に魔法でこのまま絞め殺してもいいのだけど・・・」
そう言って、魔王が鎧の隙間に剣を入れ、俺の首に剣を当てた。鎖帷子を着ているので、剣が当たっても血を流すことはない。
「心臓を一突きでもいいけど、鎧を貫くのは私の腕では難しいわ。だから、その首をもらうことにするわね。」
近づいてきても、剣を首に当てられても、俺はもう震えなかった。ただ魔王を見つめる。近くで見ても、魔王はやはり綺麗だった。
さらさらの長くて色の綺麗な青い髪。同じ色の瞳も大きくて肌が白いせいか、余計に映えた。毛穴ひとつない肌は、陶器のようで触り心地がよさそうだ。
「きれいだな。」
「え?」
思わず呟く俺に、身を引いた魔王。
「まさか、天国のお花畑でも幻視しているのかしら。」
「いや。花なんて見てもなんとも思わねーよ。・・・今のは、忘れてくれ。」
俺は何を考えていたのか。自分をまさに殺そうというものを褒めるなんて、本当に頭がおかしくなったのかもしれない。
ま、いいか。もうすぐ死ぬわけだし。
「わかった。忘れるわ。それでは、何か言うことはあるかしら?」
「そうだな・・・」
最後の言葉というやつだろう。俺は考えたが、言いたいことはすべて言ってしまったような気がする。もし、何か言うとすれば、それは前世の人にだ。
「・・・伝わるはずないけどな。前の世界の奴になら言いたいことはあるな。だが、たくさんありすぎて、一言にまとめきれそうにないな。」
「それは困ったわね。私もせいぜい2、3ことしか覚えられないわ。それに、別の世界に行く予定もないのよね。」
「そっか。なら・・・女神に伝えて欲しいことがある。」
「女神!?」
「次はお前だ・・・と、もし会えたら言っといてくれ。ま、会うはずもないか。」
別に意味はない言葉だが、ちょっとこう言われた方が怖いかと思ったから。少しは、恐怖を味わえという怨念を込めた言葉だ。
「女神なら、一度会ったことがあるわ。また会うかもしれないわね。・・・ねぇ。」
魔王と女神がつながっていたことに驚く俺を、魔王は睨みつける。
「まさか、あなた・・・なの?」
「・・・いや、何が?」
「いや、いくらなんでも。うーん、でももしかしたら。」
悩む魔王は、すぐに悩むことをやめて、俺に向き直る。
「一応確かめようかしら。死んでしまっては、手遅れだものね。」
そう言って、剣を持つ手に力を入れた魔王は、そのまま剣を振り上げた。
衝撃が襲って、思わず目をつぶる。
むわっとした空気が流されて、周りの音が鮮明に聞こえる。目を開ければ、眩しさに目がくらんだ。
かつんと音をたてて落ちるのは、鎧の頭を守っていた部分。その中身は入っていない。よかった、首は繋がっているようだ。
眩しさに目が慣れた俺は、正面を向いた。
目の前には、先ほどより鮮明に見える魔王。目を見開いていて、わずかに口を開けている。そんな顔も整った顔立ちのおかげで様になる。
「嘘・・・」
魔王は固まって、俺を凝視する。
驚いた様子の魔王の頬が朱に染まり、目が泳ぐ。
俺は、その様子を見て、勝ちを確信する。絶対に勝てないと思った最強の存在。でも、それはなんてことはない。ただの女だったのだ。




