49 街を襲う氷
勇者が気絶し、女神と対話している頃。
サウスは、勇者を肩に担いで、ロジを見た。
「どうする?お前に任せる。」
「そうじゃな。まず、お主は小僧を持って避難するがよい。そのために気絶させたのじゃろう?」
「あぁ。俺は、ということは、お前はどうする気だ?」
「ワシは、ここに残る。」
「なんだと?」
「・・・安心せい、死ぬつもりはない。ただ、防御魔法を張って、守れるところまで守るだけじゃ。適当なところでこの街を出て、お主らと合流する。」
「本当か?」
「嘘を言ってどうする?本当じゃからな、待っているのじゃぞ?」
「わかった。」
サウスは、勇者を担ぎ直し、辺りを見回す。まだ何も起きていないので、勇者を担いだサウスは少し浮いていた。これでは人さらいと間違われそうだと思ったそのとき、サウスの頬に何かがぶつかる。
それは、氷の粒で、サウスの頬に傷をつけた。
ぽつぽつと降り始めたそれに、辺りの人たちも騒ぎはじめ、屋内へと避難を始める者もいた。
「始まったようじゃな。急げ、ここは危険じゃ。西の森に使われていない小屋がある。そこで合流するぞ。」
「わかった。」
ロジは、サウスと意識のない勇者に、自ら脱いだローブをかけた。
「これくらいのつぶてなら防げる、魔法のローブじゃ。過信はするでないぞ。」
「助かる。じゃ、待っているからな。」
「さっさと行け。お荷物を抱えたお主じゃ、邪魔にしかならん。」
サウスは、苦笑した後走り出した。人通りの少なくなった大通りで、彼の邪魔をするのは氷の粒のみ。あれならすぐに街を出られるだろうと安心し、ロジは天を見上げた。
すでに防御魔法を自らにかけているロジを傷つけるものはない。
ロジは、氷の粒をただ観察した。
徐々に大きくなる氷の粒は、同時に殺傷能力が大きくなり危険なものになっていく。
「そろそろまずいかの。」
氷の粒が小石程度の大きさになって、建物の屋根にぶつかり穴が空き始めた頃、ロジは杖を掲げた。
「魔力が尽きなければよいがの。」
そう言って、街よりも一回り小さいくらいの大きさで防御魔法を張った。
「きついの。」
一人の男が、街のはずれで立ち往生していた。ひたすら続く攻撃の痛みと、ものすごい音で、辺りの様子がわからない。
殺人的な氷の粒に痛めつけられ、頭をかばった腕は血だらけ。もう助からないと思った男は、唐突に腕を引っ張られた。
意味も分からず、それに従った男は、辺りの音が若干弱まったのを感じて目を開けた。
「大丈夫か?」
目の前には、自分と同じ血だらけの腕をした男がいた。
「あぁ。助かった。」
「ここなら安心だ。透明な壁が守ってくれているから、あれが降ってこない。」
男の言葉に、辺りを見回すと、確かに地面には氷の粒が落ちているが、降ってはいなかった。
「本当だな。でもなんでだ?」
「さぁ?わからないが、ここが安全なのは確かだ。いつっ・・・」
男は顔をしかめる。
「お前もひどい怪我だな。医者に見せた方がよさそうだ、お互いにな。」
「そうだな。」
安心したところで、男の耳にあの音が徐々に大きくなってくる様子が聞こえて、音の方を見ると、透明の壁がなくなっているのか、さっきまで安全だった場所に氷の粒が落ち始めていた。大きくなり続けた氷の粒は、今では人の頭程度の大きさで、たやすく建物を壊していく。あれが人間だったら、怪我だけでは済まないだろう。
「まずいな。医者を探すのは後だ。」
「だな。行こう。」
男たちは走り出した。どこへ行けばいいのかわからないが、とにかく安全な場所を求めて、走り出す。
「どこまで大きくなるつもりかの。」
ロジは、杖を掲げたまま、氷の粒を観察してため息をつく。もうすでに、人の上半身ほどはある氷の塊だ。それがいくつも降ってくるのは、普通の人間にとって恐怖でしかない。
防御魔法は徐々に範囲を狭めて、分厚いものに作り替えていた。普通の魔法使いにはできない芸当だが、ロジは宮廷魔法使いの中でも、魔法のコントロールでは右に出るものがいないと言われるほどだったので、難なくできた。
しかし、魔力量はそこまで多くないし、どちらかと言えば攻撃魔法が得意なので、最後まで持つかが心配だ。魔力が尽きるか、氷の塊の威力に防御魔法が負けるか。
ちらりと、辺りを見回せば、不安そうな顔の人々が目に映る。
ロジが目にしないだけで、そういう人間はまだまだ多くいる。防御魔法が消えれば、この多くの人間が一瞬にして亡くなるだろう。彼らにこの攻撃を防げるすべなどないのだから。
「頑張るしかないの。小僧の代わりに。」
ロジはふっと笑う。勇者なら、この人間たちを助けようとする。それをわかっているから。
力もないのに、人を助けるなんて滑稽だ。だが、それは尊かった。
ロジは魔法が使えて、力があると言えるだろう。だが、魔王が現れても、何もしなかった。城の指示がなかったから。
サウスも同じだ。力を持っていても、何もしなかった。でも、それをとがめる者はいない。
だって、魔王を倒すのは勇者だから。人間の域を超えた、いずれ神となる存在の勇者が倒すべき敵を、人間が倒すことはできない。
だが、現れた勇者を見て、その認識が変わった。勇者もただの人だった。
勇者ではない人間が召喚されたと、最初は思っていた。でも、ロジは今の勇者は本物だと思っている。
何の力もない。魔法は使えないし、剣も扱えない。そんな彼が勇者だと思えるのはひとつだけ。彼は、人類を見捨てなかった。弱き者に手を差し伸べた。その力が足りないと理解していても、彼はそれをした。その心が、彼は勇者なのだと感じた。
そんな勇者だからこそ、死なせたくない。
この世界の勝手な事情に巻き込まれ、理不尽な要求をも実行してくれる。そんな勇者は優しさを通り過ぎて愚かだろう。でも、そこにロジは惹かれた。
「死なせはせんぞ。小僧。」
ロジは辺りをもう一度見まわす。
「そして、お主が助けようとするであろう人類も・・・」
防御結界は小さく分厚くなっていき、遂にその大きさは、街の者たちが少し余裕を持ちながらも、なんとか入れるといった状態。
そこまで来て、氷の塊が落ちる音が止んだ。
ロジは、少し様子を見て、氷の塊が降っていないことを確認し、杖をさげる。消えた防御魔法の先に、宙に浮いた人影が見えた。
それは、青い髪に冷徹な青い瞳で、人々を見下ろしていた。




