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40 マリア



 赤いカーペットの敷かれた廊下で、一人の男が走っている。執事服に身を包み、右目にモノクルをかけた男の頭には、鋭い角が生えている。


 ここは、男・・・バスルの主が所有する屋敷。

 貴族の一般的な屋敷の作りで、無駄に部屋が多いと主は文句を言っていたが、それでもこの屋敷は主のお気に入りだ。


 カツカツと、バスルの足音が硬質なものになる。カーペットから、石床に変わり、渡り廊下の方からバラの香りがする風と、柔らかな光が入る。


 渡り廊下に着くと、中庭の中心へと続くバラのアーチを通る。


 この中庭があるからこそ、この屋敷は主のお気に入りなのだ。


 本来なら、バラを楽しみながら通るアーチを、バスルは見向きもせずに先を急ぐ。バラを観賞しながらゆっくりと歩けば長いアーチも、走ってしまえば短い。すぐに目的地を視認して、バスルは叫んだ。


「マリア様!」


 中庭の中央。そこには、くつろげるようにと白亜の石でできたベンチと机があり、机にはティーセットが準備されている。バラの香りに混ざって、紅茶の香りが辺りを漂う中、一人の女性がその紅茶を楽しんでいた。


 青い長い髪に同色の瞳。色のせいか知的な印象を受ける。今日はいつもより日差しが強いからか、大きな白い帽子をかぶっているが、バスルの主だ。


「どうしたの、バスル?お前がそんなにも慌てるなんて珍しいわね。ひとまず落ち着きなさい。みんなが不安に思うわよ。」

 その言葉を聞いて、バスルは反省した。この屋敷の中には、多くの使用人がいるし、部下もいる。主の右腕である自分が慌てれば、下の者が不安に思うのは考えればわかることだ。いや、考えなくてもわかる。いつもの自分なら。


「見苦しいところをお見せしました。マリア様、一つお耳に入れたいことが。」

「何?お前の様子を見れば、良くないことだということはわかるから、あまり聞きたくないのだけど。」

「・・・勇者が召喚されました。」

 重苦しく言ったバスルに反して、マリアは机に頬杖をついてだるそうにした。


「勇者ねぇ・・・」

「暢気に構えている場合ではありませんよ。神話に残る勇者の偉業をお忘れですか?」

「興味ないわ。だって、それはおとぎ話でしょ。」

 マリアは、皿に乗っているクッキーを一つとって、かじる。その様子を見て、冷静さを取り戻したはずのバスルが声を荒上げる。


「マリア様!どうか真剣にお聞きください!」

「聞いているわ。勇者が召喚されたんでしょ。で?」

「なんでございましょう?」

「その、召喚された勇者らしき人のことで、わかっていることは?」

「はい。性別は男。魔力はないように見えました。少しやせ気味で、筋力もなさそうです。見た目はパッとしない・・・あれ?」

「どうかしたの?」

 おかしそうに笑ったマリアの顔を見て、先ほど怒鳴ったことを気まずく感じて、少しうつむいてバスルは続けた。


「いえ。私は、なんだか勇者の話をしているように感じないと思いまして。」

「私もそう思うわ。」

「・・・」

「だから言ったのよ、おとぎ話だって。」


 黙り込んだバスルをちらりと見やって、マリアは立ち上がり、中庭を見渡した。緑豊かで、自然ではなく人工的な美しさを醸し出す中庭。彼女の瞳にはそれは映っていなかった。


 さて、どうしようか?


 その答えはすぐに出た。


「バスル、出かけるわ。」

「はい。どちらへ?」

「決まっているでしょ?」

 彼女はバスルの方に向き直る。ちょうど強く風が吹き、青い髪が揺れて、白い帽子がふわりと飛んで床に落ちた。


 隠されていた、2本の角が、現れる。


「勇者が召喚されたのなら、私がすることは一つ。おとぎ話と同じでしょ?」


 そう言って、マリアは笑った。




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