30 大丈夫じゃない
少し前まで笑い合っていたのが嘘のように、陰鬱な空気が流れる。
静寂の中で、たまに聞こえる嗚咽が、俺をせきたてた。
これでいいのか?いいわけがない。
盗賊に連れていかれた女性3人の中には、俺もよく話していた妹も含まれている。盗賊に連れていかれた女性がどうなるかは、容易に想像できる。なら、早く助けなければならない。心の傷が深くなる前に。
でも、どうすればいい?どうすれば、妹たちを救える?
救えるすべなど思いつかない。それは、兄を含めた女性の関係者も同じだ。彼らも、涙を流し、叫ぶだけで、動こうとはしなかった。
勇者なんて、笑える。本当に笑える。自分が勇者じゃないことなんてわかっていたが、本当になぜこんな奴が勇者の肩書を持っているのか。
力も知識もない。そして、それを理解していながら、人を救うために危険を冒せる心。勇者として最も大事な心、勇気がなかった。
仕方がない。身内ですら諦めたんだ。俺が諦めたって、誰もとがめない。
前世だって、誰も・・・
「うっ・・・」
兄の嗚咽が聞こえた。それが、前世のあいつの声と重なる。
どんなひどいことをされても、悲しそうな顔をするばかりで泣かなかったあいつが、一度だけ泣いたことがあった。それを、いつものように俺は見ているしかなかった。
体育館の裏で、一人なく鈴木。泣いている鈴木を見たのは、これが初めてのことで、俺は戸惑った。
声をかけるか、掛けないか。迷った俺は、いつものように声をかけることにした。
「大丈夫か、鈴木・・・」
声をかけたが、鈴木はいつものようにこちらを見る、ということはなく、泣き続けた。
俺は鈴木の近くに行って、前かがみになり様子をうかがう。鈴木はなぜか女の子座りをしていた。その膝には、元はカードだったのだろうか?破れた紙がのっている。
「これは。」
紙を見ると、破かれていたが、そこに描かれているものが何なのか、すぐにわかった。鈴木の好きなドラゴン。
これがあるから大丈夫と言って、以前見せてくれたカード。それが破かれている。それを膝に乗せた鈴木が泣いている。
一目瞭然だ。誰かに、大切なこの紙・・・カードを破かれたのだろう。そして、大丈夫じゃなくなった鈴木は、今泣いているのだ。
「鈴木。」
何を言えばいいのかわからない俺は、とりあえず名前を呼んだ。
こういう時は、どうすればいいのだろうか?
人を慰めた経験のない俺にはわからなかった。正直、何をしていいのかわからないこの状況は居づらかったが、この場を離れるのも逃げる気がして嫌だった。ここで逃げたら、もう鈴木と一緒にいられる資格がないような気がして。だから、俺はただ、一緒にいることにした。
目の前には、兄がいた。
鈴木が泣いている現場を見てから、数年がたった今でも、何をすればいいのかわからない。だから、俺は兄の隣に座った。
そして、居心地の悪さを感じながらも、隣に座り続けた俺に、兄は視線をこちらによこさずに話し出した。
「妹は、甘え上手だったんです。だから、いつも甘やかしてばかりで、ロウさんにはご迷惑をおかけしましたね。」
「いいえ。そんなことはないです。貴族かもしれない・・・という僕を、対等に見て、話して・・・僕は、嬉しかった。」
「おかしな人ですね。そこは怒るところでしょう?」
「それは、お兄様の仕事なので。」
「ははっ・・・そうですね。最近怒ってばっかだったなぁ・・・」
天を見上げた兄の目から、涙がこぼれ落ちた。
「もっと甘やかしてやればよかった。」
「・・・」
兄は、もう妹を過去のものとして扱っている。それは、間違いではない。だが、俺の心がそれを許せないと叫ぶ。まだ、妹は生きている。今なら、救えると。
誰か、妹を救ってくれ。お願いだから。
そう願うも、その願いが誰にも届かないことを、俺は知っている。前世もそうだったから。
いじめられて、鈴木が涙を流しても、何も変わらなかった。いじめ続けられた。だれも、助けてなどくれなかった。俺も助けなかった。
誰か。そう願っても、誰もいない。
なら、どうすればいいか?鈴木の場合は簡単だった。俺が、鈴木を助ければいい。ただそれだけのことだ。
なら、今は?俺が動いても、どうしようもない。俺が行ったって、盗賊に斬られて死ぬだけだ。妹に再び会うことすらできないだろう。
だから、俺はただ兄の隣に座って、妹との思い出話に花を咲かせる。
大丈夫、こういう世界に生まれてきたのなら、こうなる覚悟はできていたはずだ。きっといつか、兄は前を見て進めるはずだ。
なら、妹は?
ゾクリを背筋が泡立つ。
それは、考えてはいけないこと。妹がどうなるかなんて、考えてしまってはもう立ち直れない。
でも、いいのか?
取り返しがつくのは今だけだぞ?
わかっている。でも、結論は出でいる。だから、もう考えない。考えたって、苦しいだけだから。
いいじゃないか。女なんて、醜い生き物だ。ひどい目にあったって、何か感じることでもあるのか?少し話していた程度の関係。もっと深い関係になった女なんて吐いて捨てるほどいるし、その女がいじめられたりしてもなんとも思わなかった。
俺に捨てられて、俺が本気でないと気づいて、泣き喚いた女もいたが、別に何も感じなかった。だって、俺には害が無いから。猫をかぶった俺が、そんな人間だなんて、誰も想像がつかない。女がそれを言いふらしたところで、相手にされなかった女の無様な姿としか思われなかった。
そう、今回だって、俺には害が無い。だから、どうでもいいことだろ?
それで、妹が死んでも?
歯を食いしばった。何か、余計なことを言ってしまいそうな俺の口。それを必死に抑えた。
だめだ。俺が行ったって、何にもならない。犠牲が増えるだけだ。




