語る。
「なぁ、突然だけど、お前の病気って何なんだ?」
「本当、突然だね。雄一」
不躾な質問に一郎太はジト目をして俺を見つめてきた。
決して悪意があって聞いているわけではない。そして一郎太本人もその事を重々承知しているだろう。
「なぜ、私の病気を聞きたいの?」
「お前のこと知りたいから」
「……嘘だね」
「嘘じゃないさ。一郎太とこうやって生活していく以上、『知らなかった』という言葉で済ませるのはおかしいって思うからな」
悪戯に聞いて、それを振りまくつもりもない。それをするくらいならば俺は一郎太と一緒に行動をしていないだろう。
一郎太はしばらく俺を見つめてきたが、あ、そう。と顔を隠すように視線を外す。
ほんの少しだけ頬が赤くなっているのが見えた。
「まぁ、そんなことを言うなら仕方ないわね。教えてあげるんだから」
「……ツンデレ?」
「あれ? 苦手だった?」
いや、苦手というか……。
「現実でツンデレキャラとかただの痛い人だからな」
「はははは、違いない」
一頻り笑った一郎太は、呼吸を整えた。真面目な雰囲気を作り出したため、俺の背中も自然と伸びた。
「セクシャルトランスって簡単に言うと男と女の性別が行ったり来たりする病気だよ。両性具有ではなく、完全に男と女になるの。性別が変わる間隔は、日だったり時間だったり年単位だったりする」
「お前の場合は?」
実際目の前で一郎太は頻回に男性と女性を行き来したりしている。時間による間隔と考えるのがいいのだろうが、俺が知る限りでは一郎太の性別の時間間隔はバラバラだと思った。
その俺の質問に一郎太は返事をした。
「私の場合は『任意』。男でいたいとおもえば男で生きられるし、女でいたいとおもえば女で生きられる」
「そうか……」
「私の場合は元々の性格が、男性寄りの感覚が強いから基本的には男性の姿で過ごすことが多いだけで必要に応じては女性でいたりするよ。それこそ、今回の件……とかね」
今回の復讐……。そう考えるとセクシャルトランスというのは便利そうに聞こえてきた。
コーヒーを口にする。
「そうそう、生理とかも男性でいればスルーできるからね」
思わず吹き出しそうになった。
「おい、それは聞いていない」
「んふふー、動揺するかなって思ってね」
あのなぁ。と俺が呟くと一郎太はごめんと一言呟き、コーヒーを飲んだ。
「私の中では、性同一性転換障害は神様に捨てられた烙印だと思っている」
「捨てられた?」
一郎太はストローから口を離す。飲み口が一郎太の歯によって噛み潰されていた。
「リボンの騎士とか見たことある?」
「たしか手塚治虫のアニメか? 正義の味方のリボンの騎士は女の子で、天使の子供に男と女の心を飲まされたとかなんとかの話だっけ」
俺たちからすればかなり前のアニメだった気がする。女であるはずが男らしくあり続けた主人公は恋をして、成長する話だったかな。
「だいたい正解」
「それがなんだっていうんだ?」
「あの子は、神様に愛された子どもなんだよ。天使の子どもに悪戯に男の心を与えられ、神様に女の心を与えられた彼女は現世に生まれ、そして天使の子どもを遣わされ成長する。なんて愛されているって思わない?」
「……」
「私達の神様ってさ、傍観主義で試練だけ与えてそれ以外は介入しないわけでさ」
一郎太のその言葉はまるで呪いのようだった。
神を呪うような皮肉だ。
「私は神様に男の心も、女の心も与えられず生み落とされた存在だと思うの」
一郎太は自分の胸に手を当て、そして洋服を握りしめた。
「でも、お前は男でも女でもなれるって」
それは与えられたものではないのか?
一郎太は服を握りしめていた手を緩める。そしてその手を机に戻したあたりで手が男性っぽく変化した。
「ならなんで私は……『俺』は、男でも女でもないんだ?」
そうかと俺は理解した。
男の心も、女の心も手に入れているなら、普通性別に抵抗が起きる。
性同一性障害みたいに、男の体なのに女の性別であるとか。女の体なのに男の性別であるとか、そのズレが起きるはずだ。
しかし彼女は、彼は、男でも女でも抵抗がない。
ただ偶然に、男性寄りの性別ってだけの『不完全な人格』なんだ。一郎太は。
「私が女性でも男性も体が変化する。他人にはその力がないというのを理解したのは七歳の時、小学一年の時だった」
ポツリと俺が知らない一郎太の話をし始めた。
「その時までは、私は私が男なのか女なのか曖昧な間隔だった。クラスメイトに、『お前は男女だな』と言われた時点で自覚したよ。俺は、私は誰だって」
「学校は? どうしていたんだ?」
「その時は私が男の子の服を着ていたからそれで済んだよ。だけど、プールの時は嫌だったなぁ」
想像しただけでも嫌な気持ちになる。男でプールに入っているのに、途中で女性になりでもしたら……。
まぁ、俺はずっと男だったからなんとも言えないんだけど。
「学校は? ちゃんといけていたのか?」
「男の時だけ学校に行ってたよ。体を任意で変えれるようになったのは高校のときだから……」
「義務教育だけ引きこもりってか」
「引きこもりも理由があってしているんだよ。みんながみんな、理由があって行動をしているんだ。それとも雄一は引きこもりは悪だと思う人なの?」
言い方に棘があった。かくいう俺もさっきの発言に否定的な言い方があったとおもった。
しばらく考えた後、俺は口を開ける。
「引きこもりはやっちゃいけないことだと思っていた。俺が教師だったら引き摺り出してでも連れてこようとしたかも」
「そうだね。雄一らしいよ」
「でも、それは昔の考えだ」
「……そうだね」
一郎太は息を吐いた。
「……すまん」
「謝ればよし」
にっこりと笑う一郎太に感謝をするばかりだった。