35話 キスされて、貴女のものになりました
「ターシャ、大丈夫? はい、水持ってきたよ」
「うぅ……、ありがとうございますぅ……。ちょっと、目立ち慣れてないというか……、人酔いしちゃったみたいですぅ」
「仕方ないよ。猫耳族は音にも敏感だしね」
祭りのすみっこに避難していたターシャは、ムアンから水を受け取るとくぴくぴと小動物みたいな仕草で、一生懸命飲み干した。
ターシャの隣に、ムアンが腰を下ろした。
「それにしても、凄い賑わいだね。これの中心にウチらがいるなんて、未だに信じられないよ」
「わたしもですぅ。……ちゃんと、カナメちゃんたちの役に立てて良かった……」
安心しきっているターシャの手に、ムアンは自分の手を重ねた。そして、そのままターシャの膝の上で優しく握った。
「ム、ムアンちゃん……」
「魔王を倒す前に言ったこと、覚えてる……?」
「……はい。覚えてます、告白の返事が欲しいって話ですよね」
「うん」
そう言ったムアンは、どこか諦めた表情でさらりとターシャの髪を撫でた。
「今まで、ウチのワガママに付き合わせてごめん。ターシャとウチの『好き』が違うこと、本当は気づいてたんだ。だけど……、フラれるのが怖くて、ターシャが誰かのものになるのが嫌で、ずっとはぐらかしてきた。でも……、もう辞める」
ムアンが真っ直ぐにターシャを見つめた。その瞳が不安で揺れる。
「ウチは、ずっと昔から優しくて皆を笑顔にしてくれる、頑張り屋なターシャが好きです。……返事を、貰えませんか……?」
ぎゅっ、と目を閉じるムアンの手が小刻みに震えていた。
ターシャはそんなムアンを優しい表情で見つめると、そっとムアンの頬を撫でた。
「ター、シャ……?」
「わたしも。……わたしも、ムアンちゃんのことが好きだよ」
「え……?」
「大きくなったムアンちゃんは、大人っぽくて、頼りがいがあって、泣き虫でわたしのあとをついてきてたムアンちゃんはもう居ないんじゃないかって、……ずっと、置いてかれたみたいな気持ちだったの」
ターシャが繋いだ手の指を絡ませると、ムアンがビクリと肩を揺らした。一本、また一本と指を絡ませて、後ずさりするムアンを繋いだ手を引いて引き戻す。
「だけど、この前……、嫌いにならないでって子供の頃みたいに泣いちゃったムアンちゃんを見たら、思い出したの。わたしも、可愛いムアンちゃんのことを守りたくて、ずっと、大好きだったんだって」
「それは……、やっぱり、ウチの気持ちとは違うんじゃ……」
「そうかな?」
「んむっ……、んっ……」
ムアンの豊満な胸に小さな胸を押し付けて、ターシャはムアンにキスをしながら壁へと追い込んでいく。
「ほら。一緒だったでしょ?」
長いキスに翻弄されて、ムアンが涙目でターシャを見上げた。それを見て、ターシャは嬉しそうに微笑んだ。
「えへへっ、ムアンちゃん。……かわいい。される方は慣れてないもんね♡」
「タ。ターシャ……?」
「えっちなことしてくるのは、すごく恥ずかしくて……、やめてって思ってたけど……、嫌じゃなかったよ。たぶん、わたしもずっと前から、ムアンちゃんのことを好きだったみたい」
「ほ、ほんと……?」
「うん。嫌な相手にされてたら、わたしもきっと逃げてたよ。だから……、わたしと付き合ってくれますか?」
ターシャがこてん、と首を傾げると、ムアンはまた泣き出してしまった。
「……っ、うん。付き合う……。ウチ、重いけど……、いいの……?」
「いいよ。そんなのもう、知ってるんだから」
「……っぅ、……ターシャ……、すき……だいすき……」
「うん、わたしもだよ。……ふふっ、やっぱりムアンちゃんは泣き虫だね」
そう言って、ターシャは立ち上がると泣いたまま座っているムアンを抱きしめた。
◇ ◇ ◇
ふわふわと焔の花が浮かび上がる幻想的な光景の中、抜け出した私とフリーニャは、時計台の上から夜景を見下ろしていた。
まるで、最後にしたデートの時みたいだ。
「フリーニャ、行きたいところがあるんだけど……」
あの時と同じように私が言うと、ポンッ、とフリーニャが箒を取り出した。
「……後ろ、乗せてくれるんでしょう……?」
用意周到なのが嬉しかった。
「勿論!」と元気よく返事をして、私はフリーニャを箒の後ろに乗せて飛び上がった。
空の上からは、楽しそうな街の人たちの姿も見える。
「あっ、ラルカとオーティ先生だ。ちっちゃいゴーレムでパレードしてる。あっちには、ターシャとムアン……は、なんだろ。ムアンがタジタジしてるなんて珍しい」
「お祖母様も……、カナメさんのお祖母様とお話できて嬉しそう……」
街の人の中にも、女将さんや前に話したおじさん達。顔見知りが増えたなぁ、って実感する。
あっという間に、私が咲かせた巨大な焔の魔花の上へと辿り着き、リプレイみたいにフリーニャの手をとった。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
フリーニャも緊張しているのか、言葉数が少なかった。
「フリーニャ。もう……、していいんだよね」
「私に聞かないでください……っ! ……もう、逃げるつもりはありませんけど……」
最早、告白してるに等しいが、言葉にするのはまた別問題だ。
私は大きく息を吸って、フリーニャに告げた。
「フリーニャ・ラーノさんっ! 貴女が好きです! 私を……、貴女の隣に置いてもらえませんか……っ!」
震える手を胸の前で握りしめて、私は真っ直ぐフリーニャの瞳を見つめて言った。
フリーニャの瞳が、涙で潤んで輝いたように見えた。
「……はいっ、私も……、隣にいるのはカナメさんでなければ嫌です! 私も……、貴女が好きです……っ!」
答えを聞き終える前に、私はフリーニャに抱きついた。
「ひゃっ! ちょっと、カナメさんっ! 危ないじゃないですかっ!」
「だってだって、嬉しいんだもん!」
「……私の答えなんて、分かりきっていたんじゃありません?」
「それでも、百パーセントなんてないからね。嬉しいものは嬉しいのっ!」
「ひゃあっ!」
私はあまりの喜びに、フリーニャの両手を掴むと、フリーニャの身体を浮かせてくるくると回した。
くるん、と抱きとめて、お互いの息がかかるくらいの距離で抱き合った。すると、フリーニャが催促するみたいに、そっと目を閉じて私のことを見上げていた。
――チュッ、と軽くリップ音を響かせて、その唇に吸い寄せられるようにキスを落とした。
何度も、何度も、ついばむようなキスを繰り返した。フリーニャの薄い唇を私の唇で挟んだりして、その感触を楽しんだ。時々、こちらの様子を伺うフリーニャと目が合っては、笑い合う時間が幸せだった。
「ん……っ、カナメ、さ……っ」
戯れるようなキスだったのに、頬を赤らめるフリーニャがあまりに可愛くて、私はそっとフリーニャの唇を舌で舐めた。おずおずと唇の間に隙間を許してくれるフリーニャが愛しくて、私は舌を絡ませた。
舌で上顎を撫でると、フリーニャが甘い声を漏らす。
「カナメさん……っ、これ、以上……は、」
唇を離すと、かくん、とフリーニャが姿勢を崩しそうになった。慌てて支えながら、嬉しくてにやにやと見つめていると、フリーニャが恥ずかしさを誤魔化そうと頬っぺを膨らませた。
「腰、くだけちゃったの?」
私が耳元で囁くと、フリーニャの肩がビクン、と跳ねた。
「……もうっ、調子に乗らないでください……っ!」
「ふふっ、ごめんごめん。続きはまた、今度。ね?」
満更でもなさそうな反応がいちいち可愛くて仕方がない。
「……あの、私たち、恋人ってことでいいんですよね……?」
「え? うん。そのつもりだったけど……」
と、そこまで言って、私は意地悪を思いついてしまった。
「私と恋人になるつもりは絶っ対に有り得なかったんじゃなかったの?」
にやにやとフリーニャの反応を楽しむ私に、フリーニャは口を尖らせた。
「……もう。いじわるなこと、言わないでくださいよ」
「ふふっ、ただの同室のパートナーじゃなくなっちゃったね」
そう言うと、フリーニャは私の頬を掴むと大胆なキスをして、花がほころぶみたいに、にっこりと微笑んだ。
「これは、契約のキスではありませんけど……、貴女は私のものですからねっ! 覚悟してくださいねっ!」
――あぁ、まったく。
やっぱり、フリーニャには敵わないや。




