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冤罪で婚約破棄された事務官ですが、追放された結果なぜか「お前は甘い!」と囁くに溺愛されました  作者: クレキュリオ


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2/5

前編 王太子はCrazy

 目を覚ました時、天井が違った。

 見慣れた石造りも、トライルの知るものでもない。

 無駄に装飾された、落ち着かない天井だ。


 トライルはゆっくりと上体を起こす。

 身体はまだ重いが、動けないほどではない。

 寝ころんだまま、視線を横に向ける。


 やはりと言うべきか。そこにいた。

 椅子に腰掛け、足を組みながらこちらを見ている女性、マイザ。


 もはや本性を隠そうともしていない。

 口元は笑っているのに、目が笑っていない。

 人を品定めするように見つめている。


「やあ。起きたのね」


 態度が軽い調子だった。

 だが言葉の奥に、明確な上下関係がある。

 当然、トライルを下に見ている。


「約束通り。お兄様に協力してもらいましょうか」


 有無を言わせぬ物言いだ。

 トライルは時間と共に、嫌悪感が増えていく。


「そんな約束をした覚えはない」

「貴方に覚えがなくても。私にはある。一方的だけどね」


 トライルは無言で彼女を見る。

 マイザは初対面と随分態度が違う。野心を隠そうともしていない。

 彼女の口元だけが、わずかに歪む。


「貴方には協力する義務がある」

「勝手に助けて、義務を与える。仮にも王族一家とは思えないな」


 マイザは机に肘をつき、わざとらしく身を乗り出す。

 顔をグッと、トライルに近づけた。


「貴方が今、牢獄じゃなく。ベッドで寝ていられるのは誰のおかげかしら?」


 恩着せがましい、という言葉がぴったりだった。

 マイザの人差し指が、机を軽く叩いた。


「やるべきことがあるでしょ? 誠意を込めて」


 トントン、と音が強くなる。


「どうしたのかしら? 早く、額と床をくっつけなさいよ」


 もう隠していない。これは命令だった。

 トライルは動かない。 視線すら逸らさない。

 マイザの眉がわずかに跳ねる。目を細める。


「早く……。しろよ!」


 マイザは怒声と共に、机を蹴り飛ばした。

 自分に服従しないトライルに、苛立ちを見せているのだろう。

 トライルは挑発するように、鼻で笑った。


 笑いに反応にて、マイザが体を乗り出そうとすると。

 コン、コン、と扉が叩かれる。

 間の悪さに、マイザが舌打ちする。


「どうぞ……。お入りください」


 口調を戻したが、歩き方に不満が漏れている。

 マイザは立ち上がり、扉へ向かう。そのまま勢いよく開けた。

 次の瞬間。誰かも確認することも出来ない様子で、蹲った。


「っ!?」


 鈍い音が響いた。肉を叩く音だ。

 マイザの体が後ろに吹き飛ぶ。

 トライルが何が起きたのかを理解するより早く。


 扉の向こうから、男性が現れた。

 長身。無駄に整った顔。迷いのない目。

 いや、獲物を威嚇するような眼光だ。


「スペクト兄さま……!」


 その名前には、トライルも聞き覚えがある。

 マイザの兄であり。リクサと王位を争っている者だ。

 もっとも王宮内での噂がなさ過ぎて。人柄まで理解していないが。


「マイザ。その女性を俺に寄こせ」


 スペクトは開口一番、本題だった。

 マイザが床から顔を上げる。


「……うわぁ……出たよぉ……」


 明らかに嫌そうな顔だった。

 寧ろげんなりしていると言った表情だ。

 先ほどまでの嫌味が消えて、逆に嫌そうにしている。


「お兄様。私はお兄様のために……」

「俺の立場を危うくするために。ライバルの婚約者を奪ったのか?」


 スペクトは、鬼の形相でマイザを見る。

 そして耳元で、囁いた。


「お前は甘い!」


 囁きにしては、丸聞こえの声量だ。

 耳元で話す必要のないくらい。

 マイザも耳を抑えて、後ずさりをしている。


 スペクトはそのまま部屋に踏み込む。

 ベッドにトライルへ一直線。

 それを妨害するように、マイザが立ちふさがる


「良いから寄こせ」

「お兄様! 私のやり方に、一々口を出さないでくださる?」


 マイザは負けじと言い返す。

 スペクトは全く興味なさげに、目線を逸らしていた。


「お前の意見など聞いていない。寄こせ」

「お断り致します」

「邪魔をするな。エジソン」


 スペクトは手を上げた。何かの指示だろうか?

 数秒後、部屋にブラスターを構えた執事が現れた。

 エネルギーをチャージしながら、マイザに向ける。


「ちっ……。分かったわ。お好きにどうぞ」


 不満そうな態度だが。マイザは素直に従った。

 その直後に、銃口から光線が放たれる。


「結局撃つんかーい!」


 マイザの悲鳴を無視して。

 スペクトはトライルの前に立つ。

 距離が近い。妙に真剣な目で見てくる。


「何のようだ?」

「随分な態度だな。仮にも王太子に対する態度か?」


 トライルは小さく息を吐く。


「悪いが、態度と口が悪いのは生まれつきだ」

「だが能力的に無視できない。だから王宮に呼ばれたのか……」


 スペクトは興味深そうに、トライルを見つめる。

 マイザと違い、品定めをする目線じゃない。

 好奇心旺盛の子供の様な目だ。


「マイザ。最終警告だ」


 スペクトは、マイザに視線を向ける。

 目を大きく開きながら。鼻を広げて。

 怒っていると分かりやすい表情をした。


「次に余計な事を口にすれば、お前の存在を抹消する」

「最終警告、五回目なんだけど……」


 容赦のない光線が、マイザの体を吹き飛ばした。

 スペクトは興味を失ったように背を向ける。

 トライルの手を掴み、部屋の中から連れ出す。


「着いてこい。安全な場所に案内する」

「そんな場所があるとでも?」

「俺のところだ」


 トライルは一瞬だけ考え、判断をする。

 確かにここに居れば、リクサの追手を凌げる。

 王宮にはもう用がないが。まだ地下牢は御免だ。


「一緒に来てくれるか?」

「私に質問をするな」



***


 リクサの執務室は、異様な静けさに包まれていた。

 と言うより。静かに“なってしまう"のだ。


「リクサ様! どうかご再考を!」


 黒服の執事が、訴える。声が震えている。

 机の前に並ぶ執事や従者たちが、必死に頭を下げていた。


「婚約破棄の件、取り消されるべきです! トライル様は……!」


 言葉が続かない。リクサが掌を広げて、静止したからだ。

 全員、何をどう言えばいいのか分からない顔だ。

 リクサは彼らへ一瞥もせず、椅子に深く腰掛けていた。


 優雅にナイフとフォークを動かしている。

 食事中だった。銀の皿の上で、肉が静かに切り分けられる。


「リクサ様! どうか……!」


 ついに声が荒くなる。


「少し静かにしなさい。私は今、機嫌が悪いので」


 リクサはようやく口を開いた。これだけの言葉で。

 従者たちの、空気が凍る。

 リクサがナイフを置く音が、大きく響いた。


「食事の邪魔です。さっさと下がりなさい」


 執事の顔が引きつる。それでも引き下がらない。

 それには訳があった。


「トライル様が抜けた影響で、執務が完全に滞っております! 各部署から苦情が……」

「ならば貴方達が対処すれば良い話です。たかが一人抜けただけですよね?」


 口調は丁寧だが、威圧的だ。

 確かに人数だけなら、一人抜けただけだが。

 トライルは自分の仕事をしていただけでない。


 従者たちに的確に指示を飛ばしていた。

 執務に興味を示さない、リクサの代わりに。

 指導者がいなくなって、他の従者達は混乱している。


「王からの評価も、明確に下がっております!」


 執事は切り札の言葉を発した。

 国王を狙うリクサにとって、王の評価は大事なはず。


「王の評価などどうでも良い」


 だが期待に反して、リクサはあっさりと言い切る。

 執事が言葉を失う。


「それよりトライルのボタンだ」


 執務室が静まり返る。本気だ。

 冗談でも比喩でもない。

 優先順位が、完全に上にある。


「本気で仰っているのですか……?」


 執事は思わず漏れた声を出す。

 リクサは不機嫌そうに眉を寄せる。

 それでも口元には笑顔がある。


「私は正しい。私が間違うはずがない」


 執務机の上には、乱雑に積まれた書類。

 未処理の山だった。 だが彼の興味はそこに向いていない。


「私が間違っているというなら、それはお前達が間違っている証拠だ」


 論理として成立していない。

 だが本人の中では、まともな言動のようだ。

 従者達がリクサを、恐怖する理由だ。


「王に必要なのは、細かい作業じゃない」


 リクサは立ち上がる。

 両手を広げて、天井を見つめる。


「潔癖の……正義だ!」


 誰も反論できない。言葉など通じないのが、伝わってきた。

 執事たちは顔を見合わせる。理解できない。

 そんな空気だった、その時。


「リクサ様!」


 別の従者が、慌てて飛び込んでくる。


「何ですか?」

「報告です! トライルの所在が判明しました!」


 この場の空気が変わる。

 初めて、リクサの目に“興味”が宿る。


「ほう。私から逃げた、罪人は今どこに?」

「スペクト殿の陣地にて、保護されている模様です!」


 一瞬の沈黙。みるみるリクサから、笑顔が消えていく。

 未処理の書類を掴み。くしゃくしゃに握り潰した。


「なるほど。随分とズルい手を……」


 ゆっくりと歩き出す。不機嫌な態度が強まる。

 リクサにとって、スペクトは目の敵だからだ。

 トライルとの婚約を、リクサの父が決めるまで。


 リクサは一度も評価で、スペクトに勝ったことがない。

 その不満を、古い従者ほど理解している。


「今日の私の運勢は最強だ。何故なら吉だからな」


 その目は、完全に狂っていた。

 何もない空間に。ボタンを握る様に手を動かす。

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