第五十話 新米王女殿下、概念がない者に概念を求めるのは無駄だと知る
(……随分、風通しが良くなったわね。力技過ぎるわ)
私は少し苦笑しながら、イシリス様と一緒に安全圏である空中で待機していた。そして、天井が取り外された王城を見下ろしている。
イシリス様が「淀んだ空気を入れ換える」と言ったと同時に、天井部分がブッ壊れたのよね。その後、風魔法で室内だった王城内を一掃した。遠慮も配慮もないから、ぼろぼろになった家具が更に壊れてたよ。アンティークの家具って重たいのよね。それが、こんな状態になるのだから、威力は想像出来るわ。
普通、生きた人間相手に放たないけどね、ここにいるのは【死なない人間】と【生きる屍】だけだから、大丈夫だと思ったみたい、
同情はしないわよ。自らの欲望のために命を弄んだ者に、何の遠慮がいるのよ。命を弄ぶ者は、自らの命も弄ばれる事を知ればいい。自業自得だわ。
「……荒業だけど、スッキリしましたね」
「これで、少しはマシになったんじゃないか。ついでに、浄化魔法も建物に掛けておいた」
だけど、王城内には生きる屍が闊歩している。
「流石ですね、イシリス様。建物内にいる生きる屍を避けて掛けるなんて」
まぁそれでも、まだ悪臭は残っている。衣服や髪に染み付く程じゃないけど。
建物内の汚物や汚れは、イシリス様の浄化魔法で綺麗になった。空気も入れ換えた。そうなると、悪臭の出所は分かるわね。
その悪臭の出所達が、生きる屍を避けながら、物凄い勢いで走って来るのが上から見えるもの。
(あっ、まだドレス着てるんだ)
もう、らしき物になってるけどね。走り難いのに、着替えない所が、あまりにも屑らしくて笑いが込み上げてきたわ。
「ミネリア、あいつらにも浄化魔法掛けるか?」
私を気遣い、そう訊いてくるイシリス様だけど、彼自身は掛けたくはなさそう。なら、彼を愛する私は、望みを汲んであげないと。まぁそれを抜きにしても、私も掛けて欲しくはなかった。
「その必要はありません。あいつらに浄化魔法は、行き過ぎたサービスです。元王城が綺麗になっただけで十分だわ」
「ならば、一定以上近付けさせないように結界を張るか。後、自分達の周りにも。これで、少しは違うだろ?」
イシリス様はそう告げると、早速結界を二重に張ってくれた。
お礼を言おうとしたら、代わりに、笑い声が出ちゃったわ。だって、走って来た屑達が、次々と見えない壁に勢いよくぶつかって転がってるだもの。笑うなっていうのか、無理な話よ。
「……さ、最高です、イシリス様」
「喜んで貰えたのは嬉しいが、少し複雑だな」
「とうに見切りを付けていたとはいえ、長い間見護って来た方達ですからね。割り切っていたとしても、蟠りはあるのは当然です」
イシリス様を見詰めながら、そう告げると、彼は更に強く私を抱き締めてきた。
「ありがとう……ミネリア。俺の番が君で本当に良かった」
甘い顔と声で、イシリス様は囁く。
あまりにも密着していたのと、嬉しい言葉に、私は真っ赤になる。いつも間近で、光り輝くご尊顔を特等席で拝顔している私だけど、それでも、これは私にもダメージを受ける程だった。直視出来なくて、視線を屑達に移す。さりげに出来たから、屑達に感謝だわ。
(それにしても、さっきから煩いわね)
全員が一斉に怒鳴っているから、何を言ってるか分からない。
「……イシリス様、屑達、ついに頭が退化したようですね」
まだ、喚いている。普通なら分かるでしょ。全員が一斉に怒鳴ればどうなるか。
「それだけ追い詰められて、興奮してるのだろう」
「あぁ、そうかも。魔猿が興奮した時と同じですね。お尻みたいに真っ赤だわ」
「魔猿が可哀想だ」
「ですね」
イシリス様と和やかな会話を楽しんでいる間も、下にいる屑達は喚き続けていた。さすがに、起き上がって結界を連打してるわ。
(叩いた所で壊れないのに、馬鹿ね)
「煩いわ。何を言っているのか聞き取れないのよ。言いたい事があるなら、一人づつにしてくれない?」
低い声でそう告げると、一瞬静かになった。そしてまた、一斉に喚き出した。それには、私もイシリス様も呆れて溜め息を吐く。
(ほんと、つくづく、自分第一の人達ね。譲るって単語を知らないのね)
そもそも、その概念がないのかもしれない。だったら、私が悪かったわ。概念がないものに、概念を求めても無理な話だったわ。学習能力がない奴らだし。
さて、どうしようかと考えていたら、イシリス様がキレて、軽く雷魔法を屑達の傍に落とした。効果覿面だったわ。ピタッと喚き声が止まった。これで、会話が出来るわね。
「煩い!! 言いたい事があるなら、一人づつ言え!!」
口調はとても厳しくて声も低いけど、イシリス様はとても優しいの。
おそらく、私とイシリス様がこの場を訪れるのは、今日が最後になると思う。
一方的に、その事実を伝えてもよかったけど、止めた。様子を見るだけでよかったのに、わざわざ屑達の言葉に耳を傾けるなんて。そんなイシリス様だから、私は番になる事を了承したの。
強いだけじゃない。深い愛情と優しさを持っているから……私は、イシリス様を好きになったの。




