第三十三話 諦めたくない〈リアス過去編〉
私の問いに、宰相様は沈んだ暗い表情を浮かべた。そして、重い口を開く。
「……そうですね。人質にするのなら、生かすのが定石でしょう」
あまりにも含みのある言い方とその表情に、私の顔は険しくなる。まるでもう、その侍女がこの世にいないかのような言い方だったから。だから、そのままぶつけてみた。
「まるで、亡くなったかのような表現ですね」
「ミネリア王女殿下のご推察通り、侍女は既にこの世にはおりません」
含みを正確に汲んでいたとはいえ、はっきりと断言されると、私は完全に言葉を失った。
ベルケイド王国は、昔から魔物と隣国との脅威に晒されていた。イシリス様の結界があるからといって、魔物の数が減るわけじゃないし、隣国が攻めて来るかも分からない。幸いにも、隣国は攻めては来なかったけど、魔物が民に与える被害はそれなりにあった。だから私は、死にたくなくて、必死で生きようとしている人を、これまでこの目で見てきたの。そんな中で、簡単に扱われる命の軽さに、私の胸は鋭く痛む。思わず、胸を押さえ込んでしまう程に。
そんな私の肩を、イシリス様が優しく手を添え抱き寄せてくれた。
「犬、猫のように殺したのか?」
ずっと黙って聞いていたイシリス様が尋ねる。寒くはないのに、その口元から白い息が吐き出された。
宰相様は小さく首を横に振る。
「正確に申せば、死に追いやられたのです……直接的ではないにせよ、殺した事に間違いはありません。ただ、殺したのは国王ではありません。殺したのは、屑王子です」
「屑王子が?」
私はイシリス様から身体を離し、姿勢を正した。
「侍女には婚約者がいました。平民でしたが、愛し合っていたそうです。二年、行儀見習いとして王城に上がった後、婚姻する予定だったと聞いております。ですが、屑王子の嫌がらせか、それとも、ただたんに食種が動いたのか、無理矢理――」
さすがに、宰相様も最期まで言えなかった。
何度、怒りの沸点を越えさせればいいの。私はギリギリと奥歯を噛み締める。
「……侍女は自ら命を絶ったのですね」
(次から次へと出てくるわね!! どこまでも、自分達王族以外、人として見ていない屑共が!!)
「何度も関係を無理矢理強いられ、自分の婚約者、そしてリアスとの板挟み。追い詰められた侍女は、とうとう自ら命を断つまでに」
(その前に救えなかったの?)
そう口にしそうになった。愚問ね。救えたのなら、救っていたでしょう。宰相様もリアス様も。とはいえ、罪悪感を背負う事にはなるだろうけど。
(それにしても、下半身が使えなくなっただけじゃ、甘いわね)
「侍女がこの世を去り、リアス様はさぞかし己を責めたでしょうね。そしてそれは、今も続いているのね」
リアス様の自己評価の低さは、心を虐げられ、自我を奪われ続けていた事が原因だった――
あの屑達が、リアス様に侍女の死を内緒にするわけないでしょ。ある事ない事、面白おかしく吹聴して、リアス様を追い詰める道具にするに違いないわ。自分達が楽するためにね。
その度に、侍女は死後も辱めにあう。
人の皮を被った屑達は、リアス様の苦痛に歪む顔を、壊れていく様を、酒の肴にして楽しんでいたってわけね。
「はい……」
苦痛に顔を歪ませ、宰相様は小さく頷いた。
「…………リアス様が自信を取り戻すのは、かなり時間が掛かりますね。でも私は、リアス様を専属侍女にする事を諦めてはいません」
心の傷を癒やすのは、身体以上の時間が掛かる。
しかし、リアス様の場合、その傷が完全に癒える事は絶対にないわ。だからといって、その傷を気にして先に進めないのは、悲しい事だと私は思うの。
だから、私は諦めたくない。
「……ありがとうございます、ミネリア王女殿下」
宰相様は深々と頭を下げ、部屋を出て行った。彼が出て行ってから、私はイシリス様に提案した。
「アレがなくなっただけじゃ甘いですね、イシリス様。屑とはいえ、最低限人族としての扱いをしてきましたが、もはや、その必要はないのでは? ……人の皮を被った化け物だもの、それなりの対応に変更しなくてはいけませんよね」
「そうだな。化け物に慈悲の心は必要ないからな」
イシリス様の台詞に、私は大きく頷いた。




