第三十二話 地獄の始まり〈リアス過去編〉
私が宰相様に聞いたのは、第一王子の残酷で卑怯な行為について。まだ、王印の話が残っている。
私は、リアス様と本音を語れるようになりたいの。私の我が儘だって事は、把握しているわ。でも、私は我が儘を貫き通す。だから、最期まで話を聞こうと決めたの。
この時点で、腹が煮えかえってるけどね。
当然でしょ。屑は、いたいけな猫の命と一緒に、リアス様の心も深手を負わせたのよ。それも、自分の欲望を満たすためだけにね。
(考えたけないけど、リアス様にとって、これが本当の地獄の始まりだったのかもしれないわね……)
「それからのリアスは、学園では生徒会の仕事、王城に戻れば、第一王子と王妃殿下の仕事をこなし、睡眠時間は三時間取れればよかったと……食事も、仕事をしながら食べられる軽食ばかり」
宰相様の台詞で合点が言ったわ。
「だから、あんなに痩せていたのね……」
鎖骨を隠し、肌を見せないドレスを着ていても、身体の線の細さは隠し切れない。あの婚約破棄騒動の時、リアス様はコルセットをしていなかった。コルセットなしで、あのドレスが着られたという事は、相当ヤバいから。今はちゃんと食べているみたいだけど、それでも、まだかなり細いわ。
「体調不良を理由に、パーティーには一切参加していなかったので、リアスがあそこまで痩せてるとは気付きませんでした。本当に、不甲斐ない親です」
宰相様は、頭を抱え項垂れる。
確かにそうね。不甲斐ないわ。でも、今それを責めてもしょうがないわ。話が進まないもの。
「リアス様にとったら、人質を盾に取られたようなもの。癒やしの場所を変えても、屑は執拗にリアス様を追い詰めようとしたでしょうね」
(目に見えて分かるわ)
「はい……体調不良で仕事が進まない時は、リアスに対し、笑いながら脅したようです」
(屑なら、喜んでやりそうだわ)
「そう……おそらく、一度や二度ではないでしょ。モリアス様、これは私の想像だけど、あそこまで似ている親子なら、国王陛下も同じような事をしたのでは?」
(王印を押させるために)
思考回路と己の欲望に忠実で、それを叶えるためには、創世神様や聖獣様さえも利用しようとしたのよ、あいつらは。自分さえ良ければ、他者の命を奪うのも躊躇しない。王族だから許されると勘違いしている屑達よ。現に王門を閉め、民を見捨てたわ。
「……ミネリア王女殿下のご推察通りです。王印を代わりに押せと命じられ、拒否した娘に対し、国王はリアス付きの侍女の命を盾に取ったそうです。『可哀想にな、リアスの我が儘のせいで、あの猫と同じ運命を辿る事になるとは』と、笑いながらぬかしたと――」
という事は、あの屑がした事を国王陛下は知っていた事になるわ。もしかしたら、あの屑は面白半分に親に話したのかもしれない。
(心底、不快だわ。命を何だと思ってるの!! 一度失ったら、絶対に戻って来ないのよ!! 貴様らは、神にでもなったつもりか)
怒りで奥歯をギリギリと噛み締める。まだ、駄目よ。ここでキレたらいけない。まだ話は終わってはいない。
『……侍女を人質に? 第一王子妃の侍女なら、貴族なのでは?』
貴族令嬢を害せば、親が黙ってはいない。屑達にとって面倒くさい事になると思う。
(もしかして、貴族ではなく平民を? それか、下位貴族の庶子を充てがっていたの?)
やりそうだわ。屑達は、リアス様を使い勝手のいい道具でしか見ていない。出来れば長く使いたいから、形ばかりの貴族令嬢を侍女に付けたのでは。いつでも、使い捨て出来るように。
胸糞悪い考えに、吐き気がしてきた。
「リアスに付けられていた侍女は、男爵が平民に産ませた庶子でした。リアスに深く同情し、親身に世話をしてくれたそうです。しかし、リアスは自分のせいで猫を死なせてしまった。その負い目から、冷たく接していたようです」
(まさに地獄ね。なんて環境に身を置いていたの。リアス様は)
私がリアス様の状況下に置かれたら、間違いなく、精神に支障が出たわ。当然、身体もね。そんな中でも、侍女を護ろうとしたなんて……その優しさに称賛するわ。
「そう考えるでしょうね。リアス様は、人の皮を被った悪魔の巣窟に身を置いていたのだから。気を抜く事も出来なかった筈。監視の目が、常にあったのだから。……理解しましたわ。リアス様が王印を押した理由が。……それで、その侍女は?」
人質なら、生かしておくのが定石。
そう考えた私が甘かったと、つくづく思い知ったのは、その後だった。




