第二十九話 後悔〈リアス過去編〉
「失礼致します」
時間通りに部屋を訪れたのは、リアス様のお父様であるモリアス様だった。内緒にするよう前もって言ってある。
今日はマナー教室はお休み。リアス様には、他の侍女と一緒に街(王都)の使いをお願いしているから大丈夫。同行している侍女には、出来る限り、時間を延ばすように指示してるしね。
「どうぞ、お座りになって」
そうソファーをすすめると、宰相様は腰を下ろした。
向かいに座る私の隣には、勿論イシリス様がドカッと座っている。二人っきりで話をしたいとお願いしたら、一蹴されたわ。宰相様って、お父様とそうたいして年齢が変わらないのにね。異性ってだけでアウトみたい。おかしいよね。
「ミネリア王女殿下、今日もご機嫌麗しく――」
「堅苦しい挨拶は不要です」
宰相様の挨拶を遮る。時間を稼ぐよう頼んでも、どれ程稼げるか分からないからね。
「分かりました」
娘さんと同じ年齡である小娘に遮られても、宰相様は顔色一つ変えないわ。さすがね。
「モリアス様、ベルケイド王国に慣れましたか?」
侍女が淹れてくれたお茶をすすめながら尋ねた。
「そうですね。こちらに来てから、色々ありましたが、充実した日々を過ごさせてもらっております」
(色々ね……かなり飲み込んで出て来る言葉よね。皆、過激だからね。私もだけど。なんせ、日々、魔物と対峙している家だから)
私なんて、言葉遣い素に戻ってるしね。今は令嬢らしく話しているけど、家族には素に近いし、イシリス様は令嬢より。さすがに、聖獣様にはタメ口はきけないわ。お願いされても無理。まぁ兎に角、普通の貴族とは掛け離れているのよ、家は。
「それなら、よかったですわ。これからも、陛下とベルケイド王国を頼みましたね、モリアス様」
サラリと流してあげたわ。
「はい」
これで、挨拶は終わり。ここからは本番。
(さて、隠さず話してくれるかしら)
「モリアス様、実は貴方にお訊きしたい事がありまして、本日、ここにお呼びしましたの」
「訊きたい事ですか? リアスが何か粗相でも致しましたか?」
宰相様はお父様の右腕から父親の顔になる。そこに、亡王国の貴族の駆け引きは見えない。
私の中で、好感度が上昇中。
イシリス様の機嫌は急降下。
「いいえ。リアス様にはよくして頂いておりますわ。博識で、マナーにも長けていらっしゃります。私みたいな、成り立てホヤホヤの小国の王女にとって、リアス様はなくてはならない存在ですわ」
「……そう仰って頂き、リアスも喜ぶと思います」
そう答える宰相様の表情が、一瞬曇ったように見えた。気の所為、見間違いって言われそうな僅かな反応だったが、私は自分の目を信じる。
「モリアス様、まだ先の話になりますが、私はリアス様に、私の専属侍女になって欲しいと考えていますの。それだけの能力と信頼がありますから。しかし……今のままでは、どれ程能力が高くても、専属には出来ませんわ。どうしてか、分かりますか?」
宰相様の頭の中に、私がリアス様を専属侍女にしようと考えている事は、薄々察していたみたい。全く、驚きもしなかったから。反対に、更に空気が重くなる。
「……自信のなさ。自己評価の低さですか」
(ちゃんと、娘の事を見ているのね)
更に、好感度上昇。イシリス様は……言わなくても分かるわ。分かっているなら、話が早い。
「ええ。侍女とはいえ、私の専属ななれば、文官の仕事も兼ねる事になります。騎士団や、王太子殿下の従者、魔法師師団、他にもありますが、彼らと対等に話交渉する事になります。……リアス様自身、交渉術には長けていますが、我がベルケイド王国は、亡王国や他国程甘くはありません。それは、モリアス様が一番よく分かっていらっしゃるでしょ」
一旦ここで話を切ると、宰相様は「はい」と小さく答えた。私は続ける。
「皆、過激で曲者揃いですからね。今のままだと、簡単に食われてしまいます。それでは、困ります。なので、モリアス様にお訊きしたいの。何故、リアス様はそこまで自己評価が低いのですか?」
「それは……」
モリアス様は言い淀む。それは知らないからではなくて、理由を知っているからだと思った。私は更に少し口調を変えて畳み掛ける。
「ずっと、不思議でならなかったの。だって、リアス様は努力を惜しまない方よ。何度も何度も躓き、それでも折れる事なく努力を続け、今のリアス様がいる。そんなの一目見れば、直ぐに分かりますわ。私は知っているの。努力し、身に付けたものは自信に繋がる事を。でも、リアス様は違う。それは、何故?」
「…………」
宰相様は黙り込む。難しい表情で、ただ、膝の上で握り締めた両手を見ていた。
「……ここに来てからも、リアス様は頑張っているわ。分からない事があれば、他の侍女に頭を下げて訊いている。そんな事、普通の公爵令嬢が出来ると思う? 出来ないわ。それが出来るから、私はリアス様を傍に置きたいと思ったの。……もう一度訊きます。何故、リアス様は自己評価が低いのですか?」
(絶対、答えてもらうわよ)
やや圧を加えながら、私は宰相様に尋ねる。少し間が開いた後、宰相様の口が開いた。
「…………それは、全て、娘を護れなかった私が悪いのです」
宰相様の声はとても苦しそうで、聞く側の胸を痛ませるものだった。話し出した内容は、私が想像していたよりも、遥かに痛々しく、常軌を越えたものだった――




