第二十一話 新米王女殿下、再度少年と話をする
私が号令を出してからは早かった。瞬く間に、テントが片付けられていく。
生きる屍に噛まれ重症を負い、まだ意識が戻らない先兵は、相棒と一緒に荷馬車へと運ばれ寝かされている。
「あの少年が気になるのか?」
皆の作業を見ていた私に、イシリス様がそっと寄り添い尋ねてくる。
「気にならないといえば、嘘になりますね……」
駆け出した少年を、私は追い掛けなかった。監視も付けなかった。折角助かった命をここで散らすのも、私達と一緒に生き長らえるのも、少年自身が自分で決める事だと思ったから。
とても冷たいと、思われるかもしれないけど。
「それは違うぞ。ミネリアは冷たくない。優し過ぎる程優しいぞ」
イシリス様が必死で否定してくる。
「私が優しいなんて、そんな事を仰るのはイシリス様ぐらいです」
思わず、苦笑が漏れる。
(イシリス様の中で、私の行動は、いつも良い方に転換されているみたいね)
当のイシリス様は憮然としているわ。
「ミネリアがどう思おうが、ミネリアは優しい。帰ったら、あの女にも訊いてみろ。俺と同じ事を言うぞ」
(リアス様が?)
私とイシリス様が他愛のない話をしていると、聖騎士が私達の元に走って来た。そして、膝を付き告げた。
「聖獣様、ミネリア王女殿下、至急お伝えしたい事が」
撤去作業が終わった事の報告だと思ったけど、違うみたいね。
「どうした?」
「何か、予期せぬ事でも起きましたか?」
イシリス様と私は聖騎士に尋ねる。
「先程保護した少年ですが、上級ポーションと聖水を盗み出しマントの町に向かったようですが、町に入る勇気がなく、聖獣様の結界内で腰を抜かしております。いかが致しましょうか?」
撤去作業もほぼ終わった状態で、盗みを働いた少年を保護するのか、それとも、そのまま放置して去るのか、判断出来ないから指示を仰ぎに来たのね。
(ポーションを盗み出すなんて、自分で治療しに行こうとしたの)
無謀過ぎるわ。それでも、大事な姉を救いたかったのね。少年の姉もそうだった筈。互いを大切に想い合っていた。姉を救いたいという気持ちは痛い程分かるわ。薬があれば何とかなると思ったのね。治療師が特級ポーションを取りに飛び出したから、ポーションや聖水の保管場所は把握出来た。
私はイシリス様に視線を向け、小さく頷いてから、聖騎士に告げた。
「少年の所に案内しなさい。最終意思を確認します」
「畏まりました」
私達は聖騎士と共に、少年のいる場所へと向かった。
マントの町から距離はとっているとはいえ、生者の気配は敏感に感じ取っているようね。生きる屍の習性とはいえ、忌々しくて悲しい。
イシリス様が張った結界の外は、生きる屍がうようよと彷徨っていた。数時間前とは全く違う状況に、引き際和や間違えないでよかったと、内心思う。
「生きる屍が怖くて、動けませんか?」
私は、腰を抜かしてガタガタ震えている少年に向かって声を掛けた。
「煩い!! 姉ちゃんを助けてくれないのなら、話し掛けるな!!」
少年は私を見ると、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。聖騎士とイシリス様が動こうとしたので、私は手で制した。
「上級ポーションと聖水を盗み出した泥棒が、大きな口を叩くわね」
「あんなに一杯あるんだから、少しぐらいならいいだろ!!」
「よくありません。あれは、ベルケイド王国の民の物です。他国の者の物ではありません」
「あんたらにとったら、他国の平民は人間じゃないんだな」
少年の目には、怒りと絶望、そして私達貴族に対しての侮蔑が入り混じっていた。
「もしそうなら、貴方を命懸けで助けた先兵達を助けたりはしません。イシリス様の手を借り、特級ポーションを使ってまで。私が命じたのは、マントの町の斥候です。人命救助は命じていません」
「なら、そこの騎士様なら姉ちゃんを助け出せるだろ!! でも、あんたはしない」
少年は、尚も私に食って掛かってくる。
「そうですか……つまり、貴方は、もう助からない貴方の姉を助けるために、我がベルケイド王国の聖騎士を死なせても構わないと言うのね。彼らにも家族がいるのに」
結界の外に視線を向けながら、私は言う。
「そ、それは……」
少年は言葉に詰まり、俯く。
(自分が理不尽な事を言っている自覚はありそうね。でも、そう思うのは間違いじゃない。私達には戦う術があるから……やっぱり、私は優しくないわ)
「私がここに来たのは、貴方の意思を確認するためです」
私の台詞に、少年はビクッと身体を竦ませるが、顔を上げることはなかった。私は構わず告げた。
「間もなく、私達はここから撤退します。暫くは結界は維持出来ますが、時間が経てば解除されます。この場に留まるか、私達に付いて来るか決めなさい。……言っておきますが、私達は二度と貴方を助ける事はありません」
これ以上、少年に時間を費やす事は出来ない。私は言うべき事を述べると、踵を返した。
「やっぱり、ミネリアは優しいな」
イシリス様がニコニコ微笑みながら言ってきた。
「何処がです?」
突き放した言い方しかしなかったのに。かなり、厳しい事を言った自覚もある。それなのに、優しいって……
「ミネリアは、あの小僧が持っていたポーションを取り上げなかっただろ? それに、小僧に現実を教えてやった。親切にな。それだけじゃない、生きる道を示した。優しくなかったら、そんな事はしない。面倒だから、放置するぞ」
「それは……別に、優しさからでは……私の自己欺瞞です」
改めて、真剣にそう言われると、居た堪れなくなるわ。
「ミネリア王女殿下はとても優しく、凛々しくあらせられます。故に、我ら聖騎士達も、安心して命を預けられるのです」
同行していた聖騎士までも、そう言い出すから、尚更居た堪れなくなった。若干照れて赤くなった顔は、イシリス様のおかげで見られなくて済んだけど、ちょっと苦しい。それに、寒い。
「じっとして、ミネリア。もしかして、君はミネリアの事を……」
イシリス様がとんでもない発言をしてきた。
「まさか!! こ、これは、聖騎士の立ち場から、主従としての総意です。それ以上の他意はありません」
「その言葉に嘘はないな」
「ありません!!」
イシリス様は聖騎士をジロリと睨み付けてから言った。
「うむ、嘘はないな。なら、今回は見逃してやる」
「有難き幸せ!!」
(絶対、全身冷や汗まみれね。可哀想に、萎縮してるわ……全く、イシリス様は!! 後でお説教だわ)
「えっ、何で!?」
焦るイシリス様を無視すると、私はその腕の中からスルリと抜け出した。
「ごめんなさいね。後で、叱っておきますから、許して下さいね」
私は聖騎士に謝ったわ。なのに、何故か若干引かれてるのだけど、どうして。




