第二十話 新米王女殿下、引き際を見極める
特級ポーションが効いたのか、それとも、特級ポーションが来るまで、上級ポーションを使って保たしていたのが良かったのか、先兵の呼吸が安定してきた。胸が上下している。
(生きてる……助けられたの)
呪いのせいで、黒く変色し腐りかけていた肩は、少し薄茶色に変色しただけで済んだ。食い千切られていたけど、元に戻っている。熱もない。
「…………もう、大丈夫でしょう」
治療師の声に、その場にいる全員が息を吐き出す。同時に、身体の力が一気に抜けた。座り込んでしまった私の頭を、イシリス様が撫でてくれる。
「よくやったな」
イシリス様の笑顔を見て、泣きそうになったよ。
「よかった……本当によかった……ありがとうございます!! ミネリア王女殿下!!」
いつの間にか目を覚ましていた相棒の先兵が、涙を流しながら私に礼を言った。
「当然の事をしたまでです。貴方達は、我がベルケイド王国の大事な民ですから。……それに、私一人の力ではありません。この場にいる全員が、力を一つにしたからです。勿論、貴方も。傷付いた身体で、相棒と少年を庇い、聖騎士の所まで連れて来た。ありがとう、民を死なせずに済みました」
「ミネリア王女殿下……」
(いやいや、そこまで泣かなくても)
当たり前の事しか言ってないのに、お礼を口にするのも当然なのに、皆、感動したように私を見てくる。かなり恥ずかしいのだけど。なので、軽く咳払いをしてから話を無理矢理終わらせた。
「それで、訊きたい事があるのだけど、辛くなったら遠慮なく言って下さいね」
「はい、なんなりと」
怪我人を気遣うのも当然の事なのに、そんなに感動されても困る。しょうがない、話を進めよう。
「マントの町は、生きる屍に支配された状態ですか?」
「はい……これまでの村とは違い、汚染度はかなり高いです。至る所で生きる屍が跋扈しています」
(町と村では、そこまで違うのね。人の出入りの差なのかもしれないわね)
「そう……あの少年は?」
「教会の地下室に隠れていたのを発見、保護しました」
建物や石像が壊れても、地下室までは及ばなかったのね。それに、生きる屍は、理性が退化して本能のみになるから、地下室は隠れる場所としたら最適だわ。
「他に生存者は?」
そう尋ねると、先兵は少し顔を曇らせる。
「実は……地下室にもう一人隠れていました。しかし……」
先兵は言葉を濁す。それだけで理解した。
「噛まれていたのね」
「はい。皮膚は黒く爛れ、腐臭がし、生きる屍に変貌する一歩手前の状態でした。辛うじて、人の意識は保っていたのでしょう、俺達に少年を託し、自ら地下室の扉を閉めました」
「そう……」
胸の奥が痛み顔を歪ませる。そんな私の肩に、イシリス様の手が添えて来た。口に出さない愛情に、私はいつも助けられ、慰められる。
「その直ぐ後に、俺達も襲われてしまい、このような事に」
「……分かったわ。今は、ゆっくりと休んで」
私は治療師に二人を頼むと、聖騎士とイシリス様と一緒にテントを出た。
その直後だった。
「あんた、偉いんだろ!! 姉さんを助けて!! まだ、あの地下室にいるんだ!!」
少年が私に縋り付き、必死で懇願する。聖騎士が引き離そうとしたが、私は止めた。
(先兵に少年を託したのは、姉だったのね。私も助けてあげたい。でも、それは不可能だわ)
私は膝を折り、目線を少年に合わせた。
「先兵に貴方を託した時、貴方の姉はもう呪いで生きる屍化の一歩手間だったそうよ。今から向かっても、貴方の姉を助ける事は出来ないわ」
少年には酷な話だが、はっきりと告げた。
「あのおっさんは助かったんだろ!! なら、姉さんも!!」
「貴方の姉がこの場にいるのなら、治療は出来るわ。でも、いない」
「だったら、助けに行ってよ!!」
少年は私の上着を掴み、涙をぼろぼろと流しながら、必死で助けてくれるよう懇願する。
その時、お父様が言った言葉を思い出した。
――情に流されるな。
(その通りだわ。情に流されてはいけない)
私はこの隊全員の命を預かっている。私の無責任な発言一つで、死者が出るかもしれない。それが分かっているのに、騎士を動かすわけにはいかないわ。ましてや、ここは他国。
「我が国の民を、他国のために、これ以上危険な目に晒すわけにはいかないわ」
「……どうして……どうしてだよ!! 戦う力があるのに、見捨てるのかよ!!」
少年の目には絶望と憎しみに溢れていた。それを咎めるつもりはない。それに、少年の言っている事は間違ってはいないから。
「貴方にどう思われても構わない。私は私の民を護るわ。むざむざ、死に逝くのを認めるわけにはいかない」
憎まれても、この決定を覆すつもりはないわ。
少年は「俺は、お前を絶対に許さない!!」と怒鳴ると駆け出した。
「ミネリア王女殿下は間違ってはおりません」
「ああ、ミネリアは間違ってはいない」
聖騎士とイシリス様は同意してくれた。イシリス様は私の肩を抱き寄せ、慰めてくれる。
「……私は、あの少年に恨まれるでしょうね」
そうぽつりと呟いてから、聖騎士に向かって告げた。
「現時点をもって、ベルケイド王国に帰還します」
生者の臭いに敏感な生きる屍。
このままこの場に留まれば、囲まれるのも時間の問題だわ。マントの町は、それなりに大きな町だったし、いくらイシリス様の結界があって安全でも、囲まれれば面倒だからね。ここが、引き際だわ。




