1991年5月6日 月曜日 17:30
昨日の朝、一仕事終えてホテルに戻ってから、ヒシイさんとマシマさんを先に部屋に戻し、サユリさんとケンタは真っ直ぐ私の部屋にやってきて、その後は只管土下座である。
「どうも、すみませんでした! たいへん不注意でした! 」
大通公園では、友人二人の前に正座して事情聴取されていたサユリさんは、その鬱憤を晴らすべく、超高圧な態度で攻めて来た。
「あの子らを同道した責任はあたしにあるんだけどさ、それだけじゃあバレっこ無いやねぇ。まさか、マップにマル付けてたとはねぇ、挙句に時間まで書き込んでたとはねぇ。んでもって、それを不用意に置き忘れるとか有り得ないよねぇ。」
「全く、仰るとおりです。」
悪魔のような形相で薄ら笑いを浮かべたサユリさんの恐ろしさは洒落にならない。
これが、海千山千の為政者の迫力というヤツなのだろうか?
いずれは内閣総理大臣との呼び声高くなるほどの人物の凄味というヤツなのだろうか?
とてもじゃないが、「最初から友だちなんか誘わなければ~」などとは、口が裂けても言えない。
「まあ、許してやりなよ。誰にでもミスってあるじゃん。」
ケンタが助け舟を出してくれた。
我先に逃げ出して最後まで水遊びしていた癖に、自分には一切の不利が無いと知り、風当たりも無いと確信した途端に余裕をかまし出した。
(腹立つわ~! )
第三者っぽい上から目線に苛つく。
「そのミスのおかげで、あたしがあの子たちをごまかすのに、苦労させられたんだから堪ったもんじゃないんだわ! 」
(え? 何か誤魔化しましたっけ? まるまるゲロった気がするんですけど。)
私の心の声が疑問を投げ掛けたのだが、もちろん通じるはずがなかった。
「まったく、部下の後始末は大変だわ! 」
部下? 部下なんですね、やっぱり。
以前から、そうじゃないかなとは薄々思ってました。
「何にしても、これからは、あんたたちが、あの子たちの面倒を見るんだよ! 万が一にでも危険な目に合わせたら、只じゃおかないからね! 」
「「 ええーっ?! 」」
これには声が出た。
ケンタと一緒にハモってしまった。
「ええーっじゃない! か弱い女子高生に何かあったら、あたしゃ親御さんに合わせる顔が無いんだからね。しっかりやんなよ! 特にミノル! 」
「なんで、特に俺? 」
「なんでって、当り前じゃないか! リカはあんたに惚れてんだよ。何がどうしてそうなったのかは知らないけど。一目惚れみたいなヤツらしいね。あんた男なんだから惚れた女を守らずしてどうすんの! 」
なんか、言ってることが無茶苦茶になってきた。
「別に俺は惚れてないんだけど? 」
ここは流されるわけにはいかないところだと思うので、断固拒否しよう。
「はぁ~、あんた、あんな可愛くて良い子は他にいないよ! 何が不満だってんだい? 」
なんかセリフが、ヤリ手ババァになってるんですけど。
「どうせ、あんたなんか未来でも独身だったんでしょ。あたしらと違って人生やり直せるんだから良いじゃないか! 良い人生歩むんなら、結婚相手見つけるってのが一番なんだよ! ちゃんと、結婚して家庭持って、そういう人生にしたらどうなんだい! 」
そういうのが嫌だなんて一言も言っていない。
未来では3児の母らしいサユリさんのお言葉を否定したりはしない。
ちなみにケンタは×アリだが2児の父と聞いた。
家庭を持つタイミングが来るなら拒む気は毛頭無い。
でも、
「ヒシイさんが嫌とかじゃなくて、まだ出会ったばかりで何も知らない未成年の高校生相手に惚れた腫れたはちょっと考えられないっていうか、倫理的にマズいんじゃ? 」
こっちは実質年齢62歳だし、45歳も歳の離れた女子高校生相手に何をどうしろと?
そういう趣味の人じゃなければ、ちょっと無理なんじゃないだろうか?
「あんた、ユージを見習いな! あいつも未来じゃ独身だけど、孫みたいな娘相手にとっかえひっかえ大忙しだったんだよ! 」
そういう特殊な方を持ち出されても困るのだが。
「それと、リカの惚れた相手がケンタだってんなら、あたしも猛反対してたよ。だって、この男は女房に逃げられちゃいるけど、子どもが二人いるし、そういう決まった歴史変えちゃったらマズいからね。」
唐突に話題に引き込まれてケンタがずっこけそうになっていた。
「いやいや普通に同意の上で離婚しただけで、逃げられたわけじゃないし。親権はこっちにあるし。」
「今、そんな話してんじゃないんだよ! 煩いね! あたしはミノルが未来も白紙状態の完全フリーだってことを言ってるんだよ。」
話を振られたのに、思い切り突き放されている。
ちょっと可愛そうな気がした。
「だいたい、この時代にゃ淫行条例なんて無いんだから、婚姻年齢も16歳なんだから合意の上でなら何したって平気なんだよ! JKだろうがJCだろうが、やっちゃえば良いんだよ! 」
これ、政治家の発言なの?
しかも、自分の友だちを相手に最低な発言でしょ?
流石、暴言と失言で品位を疑われる防衛大臣、次期首相候補だっただけある。
こうなったら、もう黙って嵐が通り過ぎるしかない。
(ああ、私は貝になりたい・・・ )
私の部屋で行われた、私にとって不毛なやり取りは朝の7時くらいから始まって小一時間くらい続いただろうか。
ヒシイさんとマシマさんが、なかなか戻ってこないサユリさんを迎えに来てくれたことで、漸くお開きになった。
それが無ければ、9時までの朝食を食いっぱぐれそうなほどの勢いだった。
「サユ、随分時間掛かってたけど、何の話してたの? なかなか帰ってこなかったから、もうお腹減っちゃって。」
「ごめ~ん、ちょっとお説教が長引いちゃった。」
「お説教してたの? サユ、すごーい! 」
という感じでJK3人組は朝食会場へ、私とケンタも少し遅れて朝食会場へ。
そして、5月5日(日)子どもの日は、そのままのメンバーで2組に分かれ、夫々の観光計画へと流れていった。
なんでも、ヒシイさんが私やケンタと一緒に行動したいと言っていたらしいが、その時には既にHUNTERの死骸処分に出掛けた後だったので運が良かった。
今朝の仕事について、サユリさんがユージに電話で報告を入れていたらしいが、細かい話はしなかったようで、ポケベルモドキに “詳細問う” との連絡が来ていた。
なので、後から電話して新型HUNTERの件、ヒシイさんとマシマさんにバレた件、サユリさんがゲロった件、事細かに報告してやった。
ユージは、ひと通りの報告を聞き終えた後、
「まあ、しゃーないんじゃない。」
と、意外にユージは冷静だった。
「我々が時間遡行者だってことは話さなかったんでしょ? そこが一番大事だからね。正義の化物狩りだっていうとこまでなら、いつか何処かで誰かにバレるだろうって思ってたし、今まで救ったターゲットにもバレてたことだし。」
それはそうなのだが、サユリさんはもう一つ二つ大事なことをバラしていた。
『私たちには、“先読み” って特殊な能力があるの。この仕事に選ばれたのは、その能力があるからなの。私たちをスカウトしたのは、イチノセ ユージって男だけど、九段下にある秘密基地で未来との交信を担当している謎の人物よ。私たちのリーダーでもあるわ。』
バラしただけじゃなく、微妙に厨二臭い設定を盛っていた。
確かに “先読み” は特殊能力かもしれないが、そんなに凄くも無い能力である。
無ければ無いで何とかなりそうな程度の能力である。
そして、我々をスカウトした謎の人物イチノセ ユージと九段下の秘密基地だそうである。
戦隊シリーズとかライダーとかで使い古された設定である。
いっそのこと、カレーハウスとかコーヒーショップとかも経営した方が良いのではないだろうか?
「そんな面白い設定を信じる子たちが今どきいるなんて驚きだねぇ。」
謎の男であるユージはケラケラと楽しそうに笑っていた。
「でも、まあ、今さら全部なかったことにもできないから良いじゃない。HUNTER狩りは、これまでと一緒で君らがやる。女子高校生には参加させないってことで進めれば良いよ。話を聞いた限りでは、口留めは成功してるみたいだし大丈夫でしょ。」
ユージが楽観的に構えるなら、もう私がとやかく言う必要は無いだろう。
こっちは、いち戦闘員として与えられた仕事をこなすだけである。
そして、ついでにヤリ手ババァの野望も打ち砕くだけである。
「そんなことよりも、気になるのは新型の方だよ。こっちに帰ってきたら戦術の見直しが必要になると思うから、気付いた点については全て纏めておいてくれよ。」
新型HUNTERの存在は、今後の我々の対応を大きく変えるほどの大事件である。
仕事の危険度が大きく跳ね上がり、今までのやり方では通用しなくなった。
東京に戻り次第、至急に対応策を練らなければならない。
そして時は過ぎて・・・札幌の地は遠くなった。
「アラヤシキさん、トガシさん、お世話になりました! 」
「とても楽しい旅行でした! 楽し過ぎてアッと言う間に終わっちゃった感じです! 」
「私からも、お礼を言わせてもらうわね。引率、ありがとうございました。」
JK三人組みから、お礼の言葉をいただいた。
5月6日(月)、ゴールデンウィーク最終日の17時半。
場所は、羽田空港国内線の到着ロビー。
去っていく3人の後ろ姿が見えなくなってから、
「とりあえず、座ろうか。」
疲れ果て、ベンチにへたり込む私とケンタだった。
仕事も無事に終わったし、観光もした。
しかし、今回の札幌出張では今後に大きな荷物を背負いこむことになってしまった。
“荷物とは限らないよ。もしかしたら有効な助っ人になるかもしれない” とはユージの楽観的な意見だが、それに賛同する気にはなれそうにない。
「そんなん、うちらが、あれこれ悩んでもしょうがないじゃん。」
まあ、そうなのだが、
「それよりもさ、昨日のススキノのヒトミちゃん、最高だったなぁ! 」
「おお、アスカちゃんも最高だったぞ! もう天国だったって! 」
「テクがシャレになんないのよ! 」
「それなのに、東京の娘よりも素人っぽくて、北海道訛りがあって良いんだわ! 」
「おお、ナマラ、ヨカッタベサ! 」
一瞬にして頭の中がピンク色した石鹸の香りのする思い出に切り替わった二人。
とりあえず、そちらの目的も無事達成しましたし、大人なレジャーをたっぷりと満喫できたのだから、良いんじゃないかな。
難しいことは、そのうちユージに考えてもらおう。




