1991年5月4日 土曜日 06:00
見つかった磁石の数は4個。
4個とも“北海道文学館” の敷地内で、“ナガセ ユウキ” が辿ったルートに沿って配置されていた。
正面では門柱の陰でサユリさんが見つけた一個のみだったが、裏の公園に向かうルート上で1個、公園内では2個が見つかっている。
今回はHUNTERが4体現れることになっているが、それと同数の磁石が見つかったことになる。
「ユージの言ってたとおり、HUNTERの数分、磁石が見つかったな。」
ユージの想定によるならば、磁石のある位置にHUNTERが誘導され、転送されてくるはずとのことだった。
よって、事前に磁石を撤去するか無力化してしまえばHUNTERは現れないことになる。
「捨てちゃうか? 」
「このまま豊平川とかに持ってって沈めたら仕事終わりなんじゃね? 」
安易に聞こえるかもしれないが、これが最も理に適った解決方法と思われる。
磁石から磁力を奪ってしまうという方法も考えられるが、フェライト磁石のキュリー温度は摂氏450度であり、そこまで加熱する道具の持ち合わせがない。
そんな手間を掛けなくても、転送先が川の底ならば、泳げないHUNTERは任務を果たすこともできずに流されて一巻のお終いである。
仮に運良く川から陸に上陸できたとしても、寿命が僅か60分程度のHUNTERには、ターゲットを追い掛けるなどという複雑な行動をとることはできない。
そんな提案を含めて、サユリさんがユージに電話しに行っている。
「ユージはさ、磁石を持って帰って来いとか言ってたっけ? 」
「言ってたかもしれない。」
「でもさ、この磁石ってHUNTERが転送されて来る際には、減磁するくらいの高温に晒されてんだよね。それこそ450度以上にさ。ってことは、こんなモノ持ち歩いてたら、うちらヤバいでしょ? 」
「こりゃ、やっぱ川の中だな。」
私とケンタの間では、既に結論は出ているのだが、
「サユリさん、遅いな。」
携帯電話が普及していない1990年代では、街中に沢山の電話ボックスが設置されているので、適当に歩き回っていれば直ぐに見つけられる。
だから、そんなに遠くには行っていないはずである。
眠気覚ましにユージを叩き起こしてくると言って、そこそこ張り切って出掛けていったサユリさんなのだが、彼此30分近くも経っている。
「別に急ぐわけじゃなし、ノンビリ待ちますか? 」
ホテルの朝食は6時半からなので、慌てて帰ることもない。
磁石探しも早々に片付いてしまったし、もしかしたらこのまま全面的に北海道観光に切り替えられるのではないかと、私もケンタも期待し始めていた。
そこで、吉報を待つ間は芝生に腰を下ろし、5月になって桜が咲いたばかりの札幌市の早朝を満喫することにした。
「よっこらせっと。」
「よっこいしょーいち。」
天気も良いし、こんな余裕があるならコンビニで飲み物でも買ってきておけば良かった。
「ところで、ケンタは北海道観光どっか行きたいとこある?」
「サユリさんたちみたいに小樽、富良野あたりまで足を延ばすってもの悪くないけど、初めての札幌だからな、まずは近場を満喫しないと。」
「ってことは、藻岩山、大倉山、羊ヶ丘、時計台、ビール園か? 」
「大事なとこ忘れてない? 」
「それってあれか? 新宿歌舞伎町、福岡中州と並んで日本三大歓楽街と称される? 」
「うちら大人なわけだし、JKと同じ楽しみ方してたってしゃーないじゃん。」
「さすが、ケンタ氏。良いこと言いますな。」
「せっかく若返ったんだしさ! 行くべきでしょ! 冒険! ス・ス・キ・ノ! でしょ! でしょ! 」
「良いねぇ! 」
健康的で爽やかな青空の下、とても不健康な話題で盛り上がろうとするジジイ2人だったが、まるで狙ったようなタイミングで割って入るのがサユリさんの本領だったりする。
「朝っぱらから、いい加減にしなジジイども! 」
先ほどまでのローテンションぶりはすっかり消え去って、いつもどおりの口調に戻ったサユリさんが腰に手を当てて、芝生に座り込んだ私とケンタを見下ろしていた。
「お、お疲れさまです。」
「あ、えっと、その、遅かったね~。ユージ起きなかったの? 電話に出んわみたいな? 」
大人なんだから、別に夜の遊びなんかでコソコソする必要無いのだが、突然「いい加減にしな! 」とか言われると、隠していたエロ本を見つかった中学生のような気分になってしまう。
「あたしはジジイなんてスケベな生き物だって分かってるから良いけど、ユキやリカの前では、そんな話、絶対にすんじゃないよ! あの子たちは未だ男ってモンにロマンを感じてる年頃なんだからねっ! 」
「はーい。」
「気を付けます。」
とりあえず、遊びの話は置いといて、サユリさんの報告を聞くことにしよう。
「ユージ起きてた? 」
「起きてたってゆうか、あの男は典型的な夜型だね。これから昼まで寝るんだとさ。」
朝早く叩き起こしてやろうと張り切って電話したのにスカされてしまったようである。
「で、ユージは磁石の件、なんて? 」
「川に捨てっちまおうって言った? 」
それでOKなら、残りの日程は北海道観光で決定である。
ガッツポーズを取る準備しながら、サユリさんの返答を待つジジイ2人なのだが、
「うーん。」
サユリさんが渋い顔をして首を傾げる。
「ユージからの指示なんだけどさ、磁石は元あったところに一旦戻しとけってことなんだわ。」
「「ええーっ! 」」
思い切りの不満顔でブーイングを始めるジジイ2人に、
「あたしが決めたわけじゃないんだからねっ! ユージがそうしろって言うんだから、しょうがないじゃないか!
もちろん、あたしは磁石なんか捨てて仕事は終わりにしようって勧めたんだけど、あのジジイは “そうじゃないんだよな~” とか、偉そうに理屈並べてくるし、従うしかないじゃないか。」
現場のリーダーとしては常に強権を以って振る舞うサユリさんも、我々グループの中枢であり頭脳であるユージに理詰めで来られると逆らいようが無いらしい。
「でも、磁石を基に戻す意味って何さ? 」
「意味わかんないんだけど? 」
せっかく見つけたわけだし、HUNTERの転送を事前に妨害したり阻止したりできるというのに、何故それをしてはいけないのか?
「何でも、早めに撤去したら敵さんに気付かれるって言うんだよね。磁石が所謂アンカーってヤツなら、常に状態を管理しているだろうから、位置がずらされたと知れたら、新たなアンカーを送って来るなり対応されるからマズいって。
そんなんされたら、あたしらが現場に早入りして磁石を見付けた意味が無くなっちまうだろうってことなのさ。」
それはまあ、分からんでもないが。
この磁石がアンカーだとして、その役割が未来と過去を繋ぐケーブルみたいなモノだとしたら、送った側が放りっぱなしにしてはいないだろう。
「そこ、そこなんだけどね、ユージはさ、アンカーが転送先を繋ぎとめるケーブル以外にも転送情報を割り増しする増幅機能を持たされてるんじゃないかって言ってたよ。
そもそもHUNTERなんて代物は、情報量としてはオタマジャクシ以下なんだけど、それにしたって一応は生き物だからミサイルや爆弾よりは情報多いだろう。
送りやすいように手は加えられてると思うけど、それを転送するに当たってTime transfer device の出力に下駄を履かせる必要があるんじゃないかって、それが磁石なんじゃないかって、そんなようなことユージが朝っぱらからぶってたわ。」
磁力がどんな増幅効果を持っているかは知らないが、磁石自体は非常に単純な情報量しか持っていないのでHUNTERなんかよりも簡単に転送できるのかも知れない。
そんな磁石をアンカー兼ブースターにするために先に送り付けて、後から大きめで複雑な情報を持ったモノを転送するというのが Time transfer device のシステムだとしたら、これは凄い発見である。
ユージが、毎回未来から受けている情報を基にして磁石探しすれば、未来の某国の野望は尽く阻止できるに違いない。
「それを探るに当たって、現状の“やり過ぎはマズい” ってのもユージは付け加えてたよ。磁石を回収して転送を阻止するのは、あたしらの実力じゃ“先走り過ぎ”、“やり過ぎ”になるってことだろうね。それについては、あたしも何となく賛成だ。」
「もしかして、やり過ぎたらウチらの存在が敵に知られちゃうってこと? 」
「そんなのはね、敵さんも馬鹿じゃないんだから、もうとっくのとうに知られているに決まってんじゃないか。なんか、過去に邪魔者がいるぞってのは絶対バレてるよ。
但し、敵さんが行った過去への干渉作戦に対して、うちらの仕事による損害が軽微なうちは、手出しするのも面倒臭そうだから、まず放っとかれるだろうね。
ところが、ウチらの仕事の影響力が敵さんの見過ごせないぐらいに大きな脅威になったら、どうすると思う? 」
自分が作戦の実行責任者ならば、根本的な作戦の見直しをするだろうか?
いや、そんな手間を掛けるより相手が小規模であるなら間違いなく邪魔者を消そうとするだろう。
つまり、
「ウチらがターゲットになるってこと? 」
「そういうことだけどさ、“既になってんじゃないのか?”ってユージは言ってたよ。あたしらは、これまでチームとして4回戦ってHUNTERを退治しただろう。
更には、それぞれが遡行してきた際に帯びていた任務もこなしているわけだから、延べ7回も敵さんの野望を挫いてるんだわ。
これって、けっこうな脅威になってるとは思わないかい?」
「・・・思う。」
例えばビジネスに於いて7連続の失敗は許されない。
もし私がグラフィックデザインのコンペで7回連続して負けたら、それはデザイナーとしての無能を意味するので、そうならないように徹底的に勉強し対策を練る。
Time transfer deviceによる作戦もビジネスと同じ。
その実行者が無能でない限り、失敗の原因を突き止め、取り除こうとするだろう。
「たった一人のターゲットに4体のHUNTER、こんなことは今まで無かったよねぇ。これは明らかにターゲット以外に現場に現れる “邪魔者モノ” の存在を意識してるからに違いないだろうねぇ。
だから、ユージは敵さんが、いったいどんな策を弄しようってのか知っておくべきだって言ってんのよ。磁石を基に戻せってのはそういう意味もあんのさ。
明日の朝、4体のHUNTERを使って、ターゲット+ウチらのチームにどう対処しようってのか、そのお手並みを見ておけってことなんだよ。」




