1991年5月3日 土曜日 18:30
『飛行機の降下に備えましてシートベルト着用のサインが点灯いたしました。シートベルトをしっかりと締め、お手荷物は頭上の荷物入れや前の座席の下にご収納下さい。背もたれとテーブルを元の位置にお戻し下さい。
The captain has turned on the fasten seatbelt sign in preparation for our descent.Please make sure that your seat belt is securely fastened and your carry-on baggage is stowed in the overhead bins or under the seat in front of you.All seat backs and tray tables must be in their full upright position. 』
「見て見て! 北海道だよ! 」
「ホントだね! 」
「ねぇ、クマ見えるかな? クマ? 」
機内アナウンスが「座れ」と言っているのに、聞く耳持たず窓に貼り付こうとするオリーブ娘たち。
(お嬢さまでもテンション上がると言うこと聞かなくなるのな。)
注意するのも面倒なので放っておくことにし、私とケンタは通路挟んで反対側の座席で、札幌市の地図を開きながら仕事の話をしていた。
Google MAPが無いので、エリアマップの札幌市区分地図を買って、赤ボールペンと三角定規での事前調査である。
「この今回の現場に該当する場所って、あの有名な大通公園なんだよね? 確か街のド真ん中にあるんだよな? 」
「正確には大鳥公園の中の“北海道文学館”てとこだけど、これって史跡かもよ。」
「観光名所なんだろうか? 目立つ場所だと仕事がやり難いな。」
「分らんけど、朝の5時15分だから大丈夫なんじゃね? 」
Street Viewがあったなら完璧な下調べができるのに、不便な時代である。
平面図から地理を創造し、札幌市観光ガイドに載っている写真やイラストで周辺環境のイメージを掴むしかない。
しかし、写真があるのは観光名所ばかり、肝心のHUNTERが現れる襲撃場所“北海道文学館”とやらはマイナー過ぎて、丸1日掛けて八重洲や紀伊国屋など大型書店を梯子したのに何も見つけられなかった。
「ところでケンタよ、レンタカーの手配してたよな? 」
「おお、アトレー借りた。明日から3日間。」
「ええーっ! またかよ! アトレーって軽だろ! なんでタウンエースとかボンゴとかデリカとか大きいの借りないのよ! 」
「お前な! ゴールデンウィークの北海道で、そんなん残ってるわけないじゃん! アトレーだって1BOXだし、550ccなんだから、360ccの “てんとうむし” よりは10倍くらいマシなんだぞ! 」
「“てんとうむし”よりマシって、高度成長期のレトロカーを基準にすんじゃねぇよ! まったく! 」
車に関しては、このチームは本当に恵まれない。
それにしても、仕事の計画を立てるに当たって、現地のロケーションが分からないのは本当に辛い。
“北海道文学館”が、市街地のド真ん中であることだけは間違いない。
HUNTERを退治した後に人目につかず解体できる場所はあるのか?
何処へ持って行って死骸を処分したら良いのか?
これらについて、全て現場での臨機応変な対応が求められる。
「磁石探しも大切だけど、こりゃきっちりとロケハンしとかなきゃヤバいぞ。前々日入りは正解だな。」
「処分先の第1候補は豊平川、ちょっと遠いけど茨戸川か石狩川ってところか。どうしようもなければ石狩湾まで行くしかない。」
「この創成川ってのはどうだ? 近くて良いかも。」
「ここも街のド真ん中って感じだし、九段下の日本橋川並みの狭さだから無理っぽい。」
「うーん、そうなると早々に仕事片付けて、後はのんびり観光ってわけにはいかなそうだな。」
「観光できるのは仕事が終わった5日の昼から。明日は無理だろう。」
ユージの金を使ってHUNTER退治に行く、出張仕事みたいなものだとはいえ、せっかくの北海道なんだから、やはりメインは観光に置きたい。
観光のついでに仕事という感じでスケジュールを組み立てたい。
そのためにも、効率良く、テキパキと仕事を勧めたいのだが、
「なあ、サユリさんって、磁石探しとか、ロケハンとか、してくれると思う? 」
ケンタに言われて、サユリさんたちオリーブ娘の様子を窺ってみる。
「まずはラーメン横丁でしょ、ビール園も行ってみたくない? 」
「未成年でも大丈夫かなぁ? 」
「ソフトドリンクもあるし、ジンギスカン食べるだけなら全然問題無しだよ。」
「ロープウェイ乗りたいね。大倉山行く? 」
「ロープウェイは藻岩山。大倉山はジャンプ台だよ。」
「ジャンプ台ってスキーの? 札幌って5月でもスキーできるの? 」
「んー分かんない。北海道は寒いんだから、山なんだしできるかも。」
ってな感じで観光計画の真っ最中。
先ほど、CAさん(この頃は未だスチュワーデスさん)に注意されて、張り付いていた窓から離れ、とりあえずシートベルトは締めたものの、真ん中でガイドブックを広げるサユリさんに向かって左右の娘は横向き体勢。
よって、シートベルトは全く機能していない。
ちなみに、この3人組に於いても中心人物、リーダー格であるらしいサユリさんの様子からは、仕事の雰囲気は微塵も感じられない。
「んー無理。」
私は、そう断じた。
「そう言えばサユリさんたち、明日は小樽行きのツアーバス予約してたよ。」
「マジでか? 」
「富良野とどっちにするか迷ったんだってさ。」
「そんな話聞いといて、お前“仕事で行くんだぞ”って、注意しなかったのかよ! 」
「注意? 誰が? 誰に? 」
「いや、すまん。」
どんなに愚痴を零そうと、男二人はサユリさんを指導できる立場に無い。
そもそも、防衛大臣オバチャンモードのサユリさんを指導できる立場の人って誰なんだろう?
やはり、内閣総理大臣なのか?
プライミニスターだけなのか?
それしかないのか?
そうだとしたならば、我々のような下々は涙を飲んで諦めるしかない。
「それにしてもさ。」
「ん? 」
「今回、助ける奴って、経団連の会長だよね? 」
「そうだな。知らない名前だけど。」
「今21歳だろ、2027年だと58歳だから、もっとずっと先の会長だよ。」
「まあ、そうなんじゃない? 2027年の会長は70代だったしな。」
「なんか、俺って経団連について、あんまし良いイメージ無いんだよね。」
「そもそも財界なんて良いイメージ持てなくってもしゃーないトコだとは思うけど、過去になんかあったの? 」
「うん、過去にっていうか、実際は未来になんだけどさ、色々とぶつかることになるのよ。」
「ふーん。」
未来の話をするならば、今まで助けた者たち全員、その人間性については知ったことではないが将来は権力や名声を得る予定の者ばかりである。
もちろん暗殺対象とされるぐらいだから、世界に影響力を及ぼすほどの者なわけで、そういう者ならば政治家、企業家、役人など、時には悪いイメージの付き纏う類の職業の者たちに決まっている。
そうでなければ、未来の某国とやらに命を狙われたりするはずない。
「ふぇー、ミノルくん、大人だねぇ。まあ、ジジイなんだけどさ。」
「お前だってジジイなんだから、大人になれ! 」
私たちがやっている仕事の根本のところは、人助けではない。
この世界に私たちの記憶にあるのと同じ姿の未来を迎えさせること。
ぶっちゃけ、私たちは正義の味方でも何でもないのだから、善悪を基準にして動いているわけじゃない。
助ける相手の人間性なんかにも拘らない。
おそらく、私たちが助けた者によって不幸にされる者だって沢山いるに決まっている。
そういう可哀そうな者たちも含めて、世の中全ての幸不幸も従前どおり、そうなるべくして成る未来、とりあえずは2027年を目指すだけなのだ。
『この飛行機はおよそ5分で千歳空港に着陸いたします。
We will be landing at Chitose Airport in about 5 minutes. 』
もう間もなく北海道である。
まあ、難しいことは考えずに、自分たちの仕事をこなそうじゃないか。
今回助けるべき未来の経団連会長は、現在大学3年生。
ゴールデンウィークに帰省した札幌で、日課にしていた早朝のジョギングを継続。
コースは実家のある円山から大通公園のテレビ塔までの往復。
いつも、その途中で大通13丁目にある“北海道文学館”の辺りで一休みする。
そこを、4体のHUNTERに狙われるのである。
(たった一人を相手に、4体とは多いな。)
これまでは、私が参加した仕事では1体か2体。
サユリさんとケンタが最初に手掛けた仕事でも2体だったらしいが、
(なんで、今回は4体なんだろう? )
いつもの2倍である。
襲撃場所の環境がHUNTERを4体も必要とするのだろうか?
(行ってみなきゃ分からんな。)
そんなに悩むことでもないだろう。
数に意味など無いかもしれないし。
HUNTERが4体いても、私たち3人が掛かれば、退治するのに問題は無い。
これまでの経験が、私に自信を与えてくれている。
あまり考え過ぎるとフラグが立つから、この辺で止めておくことにしよう。
1991年、札幌市大通にあった“北海道文学館”って
今は“札幌資料館”という施設名に変わっているらしいですね。
“文学館”という施設は別の場所に移転したようです。




