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(4)出会い

「ところで、クリスさんとウィリアムさんはなぜ旅をしているんですか?」


 モニカはふと疑問に思っていたことを聞いた。それもごもっともだ。子供と大人が二人旅、しかも親子ではない。力関係はクリスの方が上に見える。一体どういう関係で、どういう目的があるのか。


「……ちと探しものをしているのじゃ」

「探しもの、ですか?」

「ああ。もっと詳しく言えば情報じゃ。モニカは知らんか。この辺りでまじないや不思議な術が使える者。もしくはそれに通じている者」


 ぐいっと身を乗り出して迫られ、クリスの可愛らしい顔が目の前に来た。呪いや不思議な術と聞いて、一人だけ心当たりがある。


「探している人かは分かりませんが聞いたことあります」

「本当ですか?」


 ウィリアムも身を乗り出してきた。じーっと二組の視線を一身に浴びる。モニカは今までこんなに風に人に見つめられたことがなかったのでドキドキして顔がほてってきた。汗が全身からじわりと吹き出る。


「え、ええ、はい。あの、この先のスペラーレという大きな街に、過去も未来も視ることができる占い師がいると。村の女の子たちが、自分は誰と結婚するのか視てもらいたいって、言っていました」


 モニカもその時そう思ったものだ。誰と結婚するとかではなく、自分はこの先どんな暮らしをしていくのか知りたかった。もしかしたら今はこうでも、明るい未来があるのではないかと希望を持ちたかった。


「ふむ、過去や未来を視る力か。訪ねてみる価値はありそうじゃな」

「そうですね。行ってみましょう」


 二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。ウィリアムは荷物から地図をとりだし、現在地と目的地を確認する。スペラーレへはそう遠くない。マルバジオという町にいったん寄って一泊し、それから半日歩くと目的の街に着く。


 「あ、あの! 私もそこへ一緒に連れて行ってください」


 モニカの切羽詰まった声が響き、場が一瞬静まった。地図から視線を上げた二人が、モニカのほうをしっかり向く。


「……理由を聞いても良いですか」


 モニカは村での暮らしを思い出した。周りから受け入れられない悲しみ。居場所のないつらさ。逃げろと言ったあの人の顔が思い浮かぶ。ぐっと唇をかみしめて、二人を見つめ返した。


「……知り合い、が住んでいるんです。そこへ行くために村をでてきました」


 むしろ知り合いと言っていいのかくらい伝手の薄い人を頼りにモニカは村をでた。出るしかなかった。


「足手まといかもしれませんが、お手伝いします。お願いします、私をあの街まで連れて行ってください!」


 胸で手を組み、頭を下げて地面に膝をつく。これはモニカの村では一番誠意を見せる動作だった。神に縋りたい時、相手の許しを得たい時、謝罪の意を表したい時、人々はこうして相手にこうべを垂れる。

 

 ぽん、とモニカの肩に手が置かれた。


「これも何かの縁じゃ。かまわんぞ」


 にかっと笑うクリスは、モニカが泣きそうになるくらいにまぶしかった。

 


 ◇



 ランタンの明かりを消し、それぞれが体を休めた。いくら夏だと言っても夜はひんやりしている。モニカは薄いマントを体に巻きつけて毛布の上に寝転んだ。ごそごそと動く気配がしたので目をやると、クリスが恥ずかしそうに立っていた。


「なあモニカ、一緒に寝てよいか」


 驚いてぱちくりと一回まばたきをした。さっき話していた時は、相手が子供だと忘れてしまいそうなくらいに迫力があったのに。でもしっかりしているように見えてもクリスはやはり子供だ。それがどうしてこのように旅をしているかは分からない。きっと寂しかったり辛い想いをすることもあるだろう。モニカは甘えてくるクリスがとても健気で可愛らしく思えた。


「ええ、いいですよ」


 さいわい、クリスはモニカの大きな胸を悪いモノと思っていない。クリスが望むのだったら、モニカはどこにも断る理由がなかった。むしろこういう風に甘えてくれるのは素直に嬉しい。

 

 ふたり寄り添って眠りについた。地面はごつごつして硬く、虫だって気になる。寝心地はほんとうに最悪だった。それでもモニカは近くに感じるクリスの体温が心地よく、ぽかぽかした気持ちで眠りについたのであった。

 


 ◇


 

 朝日が昇る前に目を覚ましたモニカは起き上がり、おもむろに着ていたワンピースを脱いだ。座ったまま上半身だけが朝の冷たい外気に触れる。一応、ウィリアムたちには背中を向けているし、配慮はしているつもりであった。


(もうだめ、我慢できない)


 下に着ていた綿の肌着も脱ぐ。そして現れたのは16歳の少女の瑞々しい肢体だった。ただし、がっつり胸にサラシを巻いている。それすらもモニカはしゅるしゅるとほどいていった。

 物音で目が覚めたのはウィリアムだ。なにかと思って目をやると、うら若き乙女が上半身ほぼ裸体になろうかとしているところだった。


(なっ、なっ、……!?)


 ばっと顔を反対側に向け、パニックながらも寝ているふりをする。


(え、ちょ、えっ??)


 先ほど見た光景が頭に焼き付き離れない。衣擦れの音や、バッグを漁る音が聞こえてくる。あの子はいったい何をしているのだと、わずかに残った冷静な脳みそは考える。しかし大部分の脳みそは「ふぁーーっ!?」といまだに暴走中だ。

 

 そうこうしているとクリスの寝ぼけたような声が聞こえてきた。


「むう、どうしたのじゃモニカ。朝からそんなに大胆に脱いで」


 ひゃ、と小さな悲鳴が聞こえた。頼むから昨日のようにセクハラまがいな事はしてくれるなとウィリアムは心の中で願う。心臓はどっくんどっくん跳ねている。


「ご、ごめんなさい、変なモノ見せて……!」

「よいよい。ちとびっくりしたが、むしろ眼福じゃ。薬を塗っておったのか?」

「……はい。どうしても胸がかゆくって」

「サラシで巻いておったのか。ならばこの季節じゃ、さぞ蒸れただろう」


 汗をかいて蒸れて、でもサラシでがっちりホールドしているから拭うこともできない。起き抜けは特に胸がかゆくなるときがあるので、できるだけ寝る前や起床後はぬらした布で胸をぬぐうことを日課としていた。昨夜はそんなことする暇はなかったので余計にかゆみがでてきたようだ。


「本当にごめんなさい」


「あやまらずともよい。でもそうじゃな、一応ここには若い男もおるし、モニカの為にも少し気を付けた方がよいな」


「はい……」


 ウィリアムはぎくりとした。乳を直視したわけではないが、肌色の後姿は見てしまった。しかも焼き付いて離れない。ウィリアムは自分がいくつなのか知らないが、25歳くらいじゃないかと思っている。普段は冷静な彼だが、こういう「年頃の女性」というものにあまり接することなく今まで過ごしてきたために免疫が極端にない。そこで出会ったのがおっぱいぷるんぷるんなモニカだったので、ウィリアムにとっては空前絶後超絶怒涛な事態となっている。


「まだ塗っている途中だったのであろう? 貸してみい。わしが塗ってやる」

「いえいえ、そんな! 私の胸のせいで手が穢れてしまったら……!」

「大丈夫、モニカの乳はきれいじゃ。安心せい。ほら、その手をどけんか」

「でも、あの……あっ、」

 

(『あっ』てなんだよぉぉおお……! お嬢はいったい何やってんだよぉぉおお!!)

 

 必死に寝たふりを続けるウィリアムだった。でもさすがに隣から「これはすごいのぉ」とか聞こえてくるから脳みそが沸騰して、全身からぶすぶすと煙がでてしまいそうだ。失神寸前で永遠とも思える時間だったが、「もうよいじゃろう。さ、服をきろ」と声が聞こえてきた。もうお薬タイムは終わったのだろう。ごそごそと布がこすれる音がする。適当な時間を見計らってウィリアムは起きようと決意した。

 

 いかにも今起きました的な動作をしつつ、ウィリアムは二人におはようと声をかける。俺は何も見ていない、俺は何も聞いていない、と必死に心で唱えながら。


「おはようございます」とモニカが挨拶した。うっすら頬にさした赤み、しっとりした肌、少し乱れた呼吸、うるんだ瞳。モニカが妙に艶めかしくて早速どうしていいか分からなかった。対するクリスはものすごく晴れやかな笑顔で「おはようウィリアム!」とのたまっている。

 

 この持て余した感情をどうしていいか分からず、ウィリアムは朝から腕立て伏せと腹筋とスクワットをしこたまやった。クリスはその様子をおもしろそうにニヤニヤと眺めていたのであった。


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