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(3)出会い

 輝くようなブロンドと稀有な緑の眼を持つ美少女クリスは、ウィリアムの手によって縄でぐるぐるに巻かれ、木に吊るされていた。満月を背にしたミノムシ状態だ。絵的にえる。


「モニカ嬢、ほんっとうに申し訳ない……!」


 ウィリアムは地面に伏して謝罪した。鼻にはなにか詰め物がしてある。クリスもゆらゆら揺れながら謝った。


「モニカ、すまなかった。わしが軽率だった、もうちょっと時間をかけて――」

「お嬢はちょっと黙っててください」


 ウィリアムはキッとにらんだが、その顔はまだほんのり赤かった。

 

 一方のモニカは全身から負のオーラを垂れ流して沈んでいる。周りの空気がジメジメとして新種のキノコが生えそうだ。自分の世界に入りすぎて、ウィリアムたちの謝罪の言葉は一切耳に届いていなかった。


(やはりチティティカ様は正しかったんだわ。この不気味な肉のかたまりに、こんな恐ろしい力があるなんて……ごめんなさい、本当にごめんなさい)


 膝を抱えてしくしく泣いている。鼻から血を出して倒れるなんて尋常ではない、きっと乳にやどった悪魔がそうしたのだと、そう本気で信じていた。


「ウィリアムさん、もうお鼻は大丈夫ですか? 本当にごめんなさい……」

「え? ええ、ご心配いりません」


 やっとこさ顔をあげたモニカは目元を真っ赤にはらして彼の鼻を心配した。安心させようとウィリアムはヤケクソでほほ笑む。セクハラをされて落ち込んでいるかと思いきや、自分が悪いと泣いている。あちこち旅をしてきて、自分たちの常識は常識ではなかったと改めて感じる今日この頃ではあるが、彼女のこの様子は何なのだろうか。ウィリアムは考える。


「チティティカ様ごめんなさい、ごめんなさい……」


 モニカは手を組み、神に必死に許しを乞うていた。

 ウィリアムは旅をするにあたり、大まかな地理、人種、文化はある程度頭に入れている。この辺りの人間はだいたい色素が濃い。よく日焼けた健康的な肌色に黒目黒髪。しかしモニカはそれにくらべると全体的に薄かった。ウィリアムを心配そうに覗きこむ瞳も、薄い茶色と緑が複雑に絡み合ったような色で、俗にヘーゼルと呼ばれる目の種類である。人口全体で言えばまあ珍しくもないが、この辺りではあまり見ないはずだ。


(もしかしたら父親か母親のどちらかがここらの人間ではないのかもしれないな。いろいろと事情があるんだろうが……)


 泣かせたのがクリスである以上、モニカのフォローをしなければならないとウィリアムは妙な責任感を感じていた。


「先ほど『チティティカ様』と仰ったが……それはモニカ嬢があがめる神か?」


「……はい。ウィリアムさんたちはチティティカ様をご存じないですか?」


 テッテピッコル村という狭い世界しか知らないモニカには、ウィリアムがなにを言っているのかよく分からなかった。え、あのチティティカ様よ? と言ってしまいそうだ。女神の教えは絶対で、村中の誰もがそれにしたがって生きてきた。まさか女神を知らないというのだろうか。


「私たちは遠い地から旅してきましたから、残念ながら知りません。良かったら教えてくれませんか」


 それはモニカの常識を壊すには十分な衝撃だった。思わず目を見開いてウィリアムをまじまじと見つめるが、決して冗談を言っている風ではなかった。


「そうじゃな、わしもそのチティティカ様とやらのことを聞いてみたいぞ」


 いつの間にかクリスが縄を抜けてモニカの隣にきていた。しかもしれっとモニカの膝に擦りついて、なおかつうるうるの上目使いで見つめている。


「な、お嬢、いつの間に」


 ウィリアムは慌てて少女をはがすと自分の隣に座らせた。これ以上のセクハラはさせてはいけない。

 完全に陽が落ち辺りは暗く、パチパチと焚き火が小さく爆ぜる。モニカはいろいろと驚きつつも、とつとつと女神チティティカ様とその教えを話した。自分が今まで常識だと思っていたことを改めて人に説明するのは思いのほか大変で、途中言葉に詰まることもあったが、その度にクリスが助け船を出してくれた。


 

 ◇


 

 女神チティティカは「安寧」を司る神で、その為に規律を重んじ、よく働くことが大事だと神殿の人間は教えている。また色欲に大変厳しく、前述したとおり非常に巨乳に辛くあたる。好きな人を巨乳ビッチに寝取られたのかと邪推したくなるくらい当たりが強い。


「なんと、それはすごいな。大きいだけで罪なのか」


 クリスは興味深そうに身を乗り出すが、ウィリアムはこの手の話には非常に居心地が悪そうだ。しかしさも興味がないふりをしつつもしっかり聞いている。


「罪が胸を大きくするんです。胸の大きな女はそれだけ罪をおかしているので、神に許しを請わねばいけません。なのでうちは他所より多く教会に奉納していました。ただでさえ父がいなくて大変なのに私のせいで家には迷惑を……でも、うちの畑の作物は良く育ってくれて。なんとか食うには困りませんでした」

「モニカはその罪に身に覚えはあるのか?」

「……わかりません。でもきっとあるんだと思います」


 モニカは悲しげに目を伏せた。


「そうか、難儀だったの」


 ねぎらうようにクリスがほほ笑んだ。誰かにこのように苦労を分かってもらえてモニカは嬉しかった。村ではそれが当たり前で、苦労するのはモニカが悪いからと言われていたし、言われなくても無言の圧力のようなものがあった。


「クリスさんたちはそうではないのですか?」


 モニカは伺うようにちらりと少女の方を見る。


「わしの国は神カリオンの庇護下にあってな。小さかろうと大きかろうと乳に罪はない」


 実にあっけらかんと言った。乳に罪はない。モニカはその言葉で目からうろこが何枚も落ちる心地だった。そうであったらどんなに良いだろう。だとすればモニカのこの大きな胸にはなんの悪魔的要素がないことになる。もちろん幼少のころからチティティカの教えに身を置いてきたので、ころりと考え方を変えることはできない。しかし女神の教えにとらわれないクリスたちの存在はとにかく強烈で、それはモニカの胸の内を少しだけ軽くした。


「逆に大きな胸は魅力のひとつだぞ。モニカの乳はすばらしい。もちろん好みはあるがモニカがわしの故郷に行ったら、すぐさまどこぞの男に言い寄られるだろうな」


 うひひとクリスは笑うが、逆にモニカの表情は少しかげった。


「……それは悪魔が誘惑しているからではないのですか?」


 村ではそれがタブーとされてきたのだ。男は乳に惑わされるな、女は乳を大きくするなと口すっぱく教えられる。


「モニカはきれいな花が咲いていたらどう思う。近づいたり観察したり、香りを嗅いでみたり、誰かに見せたいと思うじゃろ? そこに悪魔は存在しない。自分が好ましいと思うから惹かれるんじゃ」

「……そういうものでしょうか」

「そうじゃ。かわいい子犬やふわふわの子猫がいたら、なでなでして愛でたいと思うじゃろ。わしがモニカの乳に抱く思いもそのような子犬を愛でる気持ちとなんら変わらんのよ」


 いやそれは無理があるだろうとウィリアムは思った。でも恥ずかしくてなにも言えなかった。


「じゃあウィリアムさんの鼻の血は」

「こいつは単に良い女に免疫がないだけじゃ。そういう奴にモニカの乳はちと刺激的だっただけでの。人間はな、興奮すると鼻から血が出ることもあるのじゃ。押えてればすぐ治まる。モニカが悪い事なんて一片もないぞ。むしろ拝ませてやったんじゃから礼をもらったら良い」


 いやいやこの野郎とウィリアムは抗議の意味をこめて、クリスを睨みつけた。


「お? なんじゃウィリアム、図星じゃろうが。立派なものを拝ませてもらったお礼にモニカになにかあげたらどうじゃ?」

 

 モニカはクリスがからからと笑いながらウィリアムをいじる様子をじっと見つめていた。


(不思議な人。私より小さい子なのに、とても物知りで堂々としている)


 クリスは明らかに村の子供たちと違った。同じような年の子よりずっとずっと大人びている。もしかしたらモニカ以上に。


 たき火の明かりに照らされるクリスの瞳はきらきらと美しく、モニカはつい魅入ってしまう。まるで深い森を閉じ込めた宝石のようだ。さっきクリスが言ったように、自分が好ましいと思うものには自然と目が向くのだろうかとモニカは思った。


(もし、このきれいな瞳は実は悪いモノだと神様が言ったとして、私は信じられるかしら)


 目を閉じて想像してみた。


(……分からない。でも夜空の星も、蝶の羽も、クリスさんの瞳も、同じように美しいと思うもの。キレイなものはキレイよ)


 ふう、とひとつ息を吐いて夜空に上った月をながめた。輝く月はテッテピッコル村と見ていたものと一緒だ。


(もしかしたら、クリスさん達も私の胸をそういう風に思ってくれたのかしら)


 月の明かりに照らされて、クモの糸がきらりと光った。

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