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(2)出会い

 時は少しだけさかのぼる。

 子どもが一人と大人が一人、田舎の街道を夕陽を背にして歩いていた。どちらも旅の荷物を背負い、しかもフードを目深にかぶっていて怪しいことこの上ない。


「のう、ウィリアムよ。わしはしばらくベッドで寝ておらんのだが、まさか今日も野宿なんてことはなかろうな」


 口を開いたのは子どもだった。声の高さからして女の子、それもまだあどけない子どものようだが、それにしては口調がしぶい。


「残念ながらそのようですね」


 連れの男がしれっと答える。


「わし、いたいけな女子おなごなんじゃけど」

「そんなババくさいしゃべり方してる女子は野宿でも平気だと思うんです」

「ちっ」

「お嬢、口が悪いですよ」


 いたいけな女子と自称した子は自分で言うだけあってちゃんと子どもだった。身長は140cm前後、年は10歳くらいに見える。もう一人の男は大人である事は間違いないが、マントに覆われていて判断がつかない。細身だが長身で、先ほどの少女と並んだら一見親子の様だ。

 

 二人が歩くたびに土ぼこりが薄く舞う。道端の草や木には黄色く枯れかけているものもあった。長らく雨が降っていないこの地は、みるみると潤いが失われつつあるのだろう。


「おいウィリアム、見ろ。誰かそこの奥で倒れているぞ」


 指差した方を見ると、木陰の脇に足が二本投げ出されているのが見えた。


「まさか助けるつもりじゃないでしょうね」

「ちょっと見てみるだけじゃ」


 そういうと少女はさっさと小走りで駆け寄っていった。ウィリアムはうんざりしたようにぐるりと天を仰いだ。このお嬢さまの好奇心はたいがいロクな結果にならない。頭をがしがしとかいたあと、お嬢の後を渋々といった様子でついくのであった。

 


 ◇



 モニカの思考はまだぼんやりフワフワとしていた。停止していた思考回路をオンにして、ココハドコ私ハダレを自問自答してから、自分が村を出奔し、さらに途中で疲れて休憩した事を思い出した。


「おい、だいじょうぶか」


 声をかけられ、つい反射で返事をする。


「……はい」

「うなされておったぞ」


 モニカは何か嫌な夢を見ていたが、どういうものだったかは忘れてしまった。もそもそと体を起こして辺りを見るともう立派な夕暮れだ。びっくりして口が開いた。


「寝すぎちゃったみたい……」


 モニカを起こしてくれた目の前の少女は、旅人なのか、体をすっぽりつつむマントを身に着け、大きな荷を背負っている。フードを目深にかぶっており、顔は良く見えない。少女はマントのポケットをゴソゴソ漁り、何かをモニカに差し出した。使用感はあるが、刺繍がしてあるきれいなハンカチだった。


「ほれ、これで涙をぬぐえ」


 言われて初めてモニカは自分の頰が濡れていることに気付く。モニカは思わず遠慮した。


「ありがとう、ございます。あの、でも大丈夫ですよ。汚いし……」


 そう言うと自分の袖でグッと拭った。


「遠慮しいじゃの」


 少女はあきれたように笑う。モニカは不思議に思った。この女の子は明らかに自分より年下の子どもなのに、偉い人と喋っている感じがする。子どもとは思えない独特のしゃべり方のせいなのか。がさりと音がしてモニカと少女が振り向くと、見るからに怪しい大きな男が現れた。


「おそいぞウィリアム」


 驚くモニカをよそに、少女は明るい声で文句を言った。

 少女は自分がかぶっていたフードをとって、今まで隠していた顔をあらわにした。


「わしの名前はクリスじゃ。わけあってそこの男と共に旅している。おぬしの名は?」


 モニカはおどろいた。クリスと名乗った少女は、まるで人形のように美しかったのだ。


(すごい。こんなにキレイな子、初めて)


 明るいブロンドの髪、白い肌に小さな口と鼻、ほっそりとしたかんばせ。特に印象的だったのが長いまつげに縁どられた大きな瞳だった。よくよく見ると、瞳の色が深い森のような緑色だ。このように鮮やかな髪や眼を持つ人は初めてだった。


「あ、あの、私、モニカです」

「モニカか。良い名前だ」


 二コリと笑うクリスの笑顔はこれまた可愛かった。


「何ゆえこのような時間にこんな所におったのじゃ」

「……えと、あの」


 まさか村を飛び出してきたと言えずにもじもじしていると、なにか察してくれたのか、クリスは美しい笑顔のままとんでもない事を言ってくれた。


「もうじき夜がくる。帰るというなら止めんが、これもなにかの縁じゃ。わしと一緒に一晩過ごさぬか」

 

「え、」と思わずこぼしたのはウィリアムの方だった。

 


 ◇

 


 少女とは思えない妙な迫力に、モニカは思わずこくこくと頷くことしかできなかった。むしろその申し出はありがたかった。村を出たはいいが、野宿するような準備を一切していなかったのだ。世の中なめているとしか思えないが、16そこそこの無知な娘にそこまで求めるのは酷かもしれない。ウィリアムとクリスは慣れた手つきで火を焚き、野宿の準備をしていく。モニカはなんの役にも立てずオロオロしっぱなしだったが、クリスに教えられて自分の寝床を作っていった。虫よけの香に火をつけると、つんとするような匂いが辺りに漂った。


「これ、よかったらどうぞ」


 申し訳なさで胸いっぱいだったモニカが差し出したのは、村を出るときにたくさん持ち出した新鮮なトマトやオレンジだった。美味しそうな色合いに、クリスがペロリと舌をだす。旅の道中は何かと食に困ることが多い。抜け目のないこの少女は、しっかりモニカのカゴの中身をチェックしていた。


「これは美味しそうですね。ありがとう、モニカ嬢」


 フードを脱いだウィリアムは気のよさそうな青年だった。髪も瞳も柔らかな栗色で、クリスのような鮮やかな色は無いが、その風貌はやはりモニカの知っている人たちとは雰囲気が違う。この二人はてっきり親子だと思っていたが、どうやら違うらしい。しかも力関係は子どものクリスの方が上のようだ。

 

 火を囲んで三人でもぐもぐとトマトやらオレンジやらを食べる。ついでにとばかりに、モニカはバッグから大きな小麦のパンを取り出した。ナイフで切り分け、二人にも配る。焚き火の火であぶるパンは香ばしくフワフワして美味しい。そしてジューシーな果実たちはその瑞々しさで渇いたのどをたちどころに潤していく。トマトは特に美味しかった。この種のトマトは雨が少ないほうが断然甘く育つ。雨が降らずに水不足に陥っていたが、モニカの家の畑で育てていたトマトは真っ赤に丸々と育っていったのだった。


「うんうん、どれもこれもうまいぞ。モニカ、ありがとう」


 食事の合間にモニカは歩き疲れて寝てしまったことや、この辺りでは最近雨が降っていないことをポツポツと話した。クリスはウィリアムと共に旅をしていることなどを簡単に話し、そうこうしているうちに三人は簡素な夕飯をあらかた食べ終えた。辺りはもう真っ暗だ。たき火と木の枝に引っかけたランタンの灯がわずかに明るい。ここで口の周りをトマトの汁で真っ赤にしたクリスが、とても真剣な顔をしてモニカに向き直った。


「なあモニカ。わしからのちょっとしたお願いなんじゃが」


 ウィリアムがクリスの口元をそっと拭う。


「はい、なんでしょう」


 少女のまっすぐな緑の眼がモニカを見つめる。モニカは何を言われるかドキドキしたが、できるかぎりで願を叶えたいと思った。クリスたちのおかげで心細くない夜を迎えられている。


「ちょっと立って、ジャンプしてみてくれんか」


「え?」


 きょとんとするモニカを横に、ウィリアムがやれやれといった感じで口をはさんだ。


「いきなり何を言っているんですかお嬢」


 しかしクリスは相手にしない。真剣そのものの顔だ。


「イヤならいいんじゃ……わしの単なるワガママじゃから」


 クリスがふっと瞳を細め、悲しそうな顔をしたのであわてて立ち上がった。どういうワガママなのかさっぱり分からないが、ジャンプするぐらいお茶の子さいさいだ。


「そんな、ぜんぜんイヤじゃないですよ」


 モニカは立ってその場で小さくジャンプし始めた。マントはすでに脱いでおり、簡素なワンピース姿だ。その上からでも分かる大きなふくらみが、ジャンプした拍子でバインバインとド迫力に揺れた。胸が上下しないようにお腹付近の布を抑えているあたりが非常に健気であるが、それでも隠しきれていないその重量感。


「ど、どうですか?」


 少し困惑した表情のモニカがジャンプしながら振り向いた。ウィリアムは真っ赤な顔で口をパクパクさせているが、目線はしっかりバインバインを追って上下していた。クリスは目をキラキラさせて飛び上がり、そのままモニカにむぎゅーと抱き着いた。


「すばらしいぞモニカ! 思った通りじゃ、なんてステキなものを持っているのじゃ!」


 モニカの柔かい胸の間に顔をうずめ、かつ高速で左右に振る。その暴力的なまでの光景にウィリアムは鼻血をだしてその場に倒れた。

 

 モニカは一瞬、何がおこっているのか分からなかった。しかし、どうやら興奮した少女が自分の尻のような胸に顔をうずめ、その横で青年が鼻血を出して倒れているようだ。


(これは、いったい……?)


 モニカはヘナヘナとその場にへたりこんでしまった。胸に荒ぶるクリスをくっつけたままワナワナと震え、顔から血の気が引いていく。

 

「わ、わたしったら、なんというものを見せてしまって……! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃいいっ!!」


 モニカは泣き出してしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  わたしも面白くて、呼吸困難で倒れそうです。あ~腹痛い。モニカ、きっといいことありますよ!
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