(18)夏のキリギリス亭
思いもよらぬ人物の登場にモニカは動揺した。
(なぜ、ここにプリシラが? )
モニカは訳がわからない。家族に宛てて出て行くと手紙はしたためた。ならば家族に言われて連れ戻しに来たのか? しかしそれならプリシラが来るのはおかしい。
「そんなバカっぽい顔しないでよ。いい、一度しか言わないから良く聞きなさい」
腕を組み、高圧的な態度で迫るプリシラ。後ろで「あの子も良いね」とつぶやいているジュリオの存在はこの際忘れてくれて構わない。
「アンタが村を出たせいで、大変なのよ。責任とりなさい。今すぐテッテピッコル村に帰るのよ」
「……大変って、何かあったの? どうしてプリシラが来たの? 」
「でか乳モニカ。しのごの言わないで来ればいいのよ。だいたい、そんな服着てどうすんの。アンタのお尻みたいなおっぱいが強調されるだけじゃない」
「おい、ちょっと待てよアンタ。モニカをどうするつもりだよ」
モニカの騎士。エリが立ち上がった。さっきから良いとこ無しだが、職務は果たす。
「かわいそうに。モニカの魔に呑まれたのね。気をしっかり持ってとしか言えないわ」
プリシラはやれやれと首を振った。憐れむような、蔑むような視線を投げる。
「はっ!?」と憤るが、突然やってきた彼女はエリを華麗にスルーした。
プリシラはパンパンと手を叩く。
「じゃあ男衆の皆さん。モニカを連れてきてくださいね」
ニッコリほほ笑むと、くるっと出口へ向かって歩き出した。途中でジュリオに迷惑料としていくらか手渡す。そして半分外に出た状態で振り返った。手を扉にかけて、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「なんであたしなのか聞いたわね。それはね、チティティカ様からお言葉があってあたしが巫女に選ばれたからよ。光栄よね」
巫女に選ばれる。それはテッテピッコル村の女性にとって大変栄誉なことだ。清く美しく慎ましい乙女のみが選ばれ、女神の言葉を聞き、周辺の村々の繁栄を願う。テッテピッコル村は女神チティティカの総本山であった。
「だけど巫女のお勤めが終わらないとロメオと結婚できないのよ。だからさっさと終わらせたいの。それにはアンタが必要なのよ。というワケで行きましょ。店主、迷惑かけたわね」
にこりとほほ笑んだプリシラに、ジュリオの鼻の下がでれっと伸びた。
「モニカちゃんがダメなら君でもいいよー! おじさん待ってるからー!」
ジュリオの存在は忘れてしまってかまわない。
マントの男たちがモニカを捕まえようとゆっくり迫ってきた。よく見たら以前モニカに絡んできた男達だ。あの時の怖い思いがよみがえってきた。村が今大変で、モニカが必要だと言うのならちゃんと帰る心積もりはある。しかしこういう風に無理やり連れて行かれていかれると足がすくむのは当然だ。
「……まって」
一歩後ろに下がるとぎしりと床がなった。
「お前らやめろよ! 嫌がってるじゃないか」
エリは小回りのきく身体を使ってモニカの前に滑りこむ。しかし体格の小ささがこの場合不利だった。マントの男たちに立ち向かうには少しばかり戦力不足だ。
エリは目の前の男に気を取られていたので反応が遅れた。
突如、煙幕玉が投げ込まれ、店内が真っ白に染まった。しかも催涙系の煙も仕込まれていて、エリも男達も、目が開けられなくなった。
「モニカ!」
部屋に響いた少女のような声。ばたばたと床を蹴る音が聞こえるばかりで、エリは何が起こっているか分からなかった。
しばらくして視界が戻ると、そこにモニカの姿はなく、マントの男達がのされていた。ついでにジュリオものされていた。いい気味だと思った。そしてエリの手にはいつのまにか紙の切れ端が握らされており、その紙には「モニカを安全な場所に連れて行く。心配無用」と美しい文字で書かれていた。
あとに残ったのはモニカの荷物と更衣室に残ったワンピースのみ。エリはそれを抱えて自分の家に帰った。悲しいやら悔しいやら情けないやらで、エリの顔はグシャグシャだった。帰ってからも父親にゲンコツを食らった。もう散々だ。あまりに色んな事があって夢じゃないかとも思った。
しかし部屋に置いたモニカの荷物やワンピースを見ると、それは現実で。
思い返してみると、最初に声をかけた時は軽い気持ちだったのになーと頬杖をしながら考える。
「なんか危なっかしい妹って感じなのかな」
思い浮かぶのはバザーの通りを手をつないで走ったあの瞬間。カラフルでドキドキして、最高だった。カラスを見つけるために赴いた広場では短い時間だったがデートのようだった。もちろんその後の展開はメチャクチャで、全然自分はカッコよくないんだけど。
「……妹、じゃないよなぁ」
赤いロングスカートをまとったモニカが恥ずかしそうに笑っている。ふんわりとした白いブラウスを押し上げる丸い膨らみまで思い出して、慌てて頭を振る。
正直無事かどうかも怪しい。心配無用とかかれても心配するに決まっている。でも手がかりがない以上、動きようがない。また会えると信じて待つしかない。
「とりあえず身体、鍛えるか」
エリにちょっとした目標ができた瞬間だった。
◇
時は少々戻る。
カラスに選択を迫られ、結局クリス達は「夏のキリギリス亭」を襲撃した。もちろんモニカを助ける為だ。
モニカを横抱きにしてウィリアムが走っていた。横でクリスも懸命に着いてくる。しかしドーピング効果は切れているのか、ウィリアムは辛そうだ。店から離れたのを確認して、一度モニカを降ろした。
「モニカぁーーっ! 」
勢いよくがばーっと抱きついたのはクリスだ。催涙煙のせいで目が痛そうにしているが、モニカには傷ひとつない事を確認して安心している。
「……クリスさん」
「良かった、無事で……!」
「もしかして助けに来てくれたんですか?」
「そうじゃ! モニカが連れ去られると聞いてな。どうしても助けたくて……」
どういう反応をされるだろうか、と恐る恐るモニカの顔をみると、嬉しそうに顔をほころばせていた。
「ありがとうございます」
「……ふぐっ! 久しくモニカ成分を摂取していなかったから、反動がっ」
ヨロヨロとうな垂れたクリスは、下から見上げたモニカの姿に衝撃を受けた。モニカはウェイトレス衣装にチェンジしていて、地味なワンピースでは隠れていたくびれが出現しており、一気に大人な雰囲気が出ている。あまりの尊さにクリスの頭のネジが外れた。
「ぬぉぉおお! なんじゃその服は! 可愛い、可愛すぎるぞモニカぁぁああっ!!」
うおお、と両目を抑えて地面を転げ回っているクリスを無視して、ウィリアムが話しかけた。
「お嬢はしばらくあんな感じでしょうから放っておいてください。それよりもまた少し移動したいと思います。先ほどモニカ嬢もいた広場、分かりますね? 我々の荷物をそこ隠してあるので取りに戻ります。運よくカラスに会えれば……とは思ってますが、無理かな。荷物を持ったらすぐにこの街を出ます。聞きたい事も色々あるでしょうが、移動しながらにしましょう。まずは広場へ」
モニカはこくりと頷く。小難しい事は分からないが、ウィリアムたちと一緒にいれば心強い。
しかしふとエリの存在を思い出す。彼はずっとモニカに良くしてくれた。彼はどうなっただろう。ケガはないだろうか。
「すいません、ひとつだけ。一緒にいた男の子はどうなりましたか?」
「……心配いりません。彼は無事だし、お嬢がなにかメモを渡していました。たぶん、あなたを連れて行くと書いたんだと思います」
「そうですか。……良かったです」
危害が及んで無いのならいい。落ち着いてからエリに会いに行こう。ほっと息を吐くモニカに、クリスがぴくりと反応した。なんだかんだでエリをライバル視している節がある。もっと色々書き込んでおけば良かったとクリスは思った。もちろんマウントを取る的な内容で。
「また見つかったら厄介です。行きましょう」
「はい」
「お嬢もいつまで寝っ転がってるんですか。置いていきますよ」
「ウィリアムがわしに厳しい」
三人で走って広場まで行くと荷物はちゃんとあった。が、やはりカラスはいなかった。モニカの危機だと言う割に、カラスはその居場所を全然言わないので見つけ出すのに時間がかかってしまったのだ。
「カラスめ。今度会ったら覚えてろよ」
クリスの独り言が聞こえたのか、どこからか本物のカラスが「カァ」と鳴いた。




