(14)スペラーレ
二人と別れたモニカは気持ちを入れ替えて、人探しを始めた。ここが見つからないとどうにもならない。目指すはロメオの姉の夫の妹、イヴァンナだ。正直どんな人なのか全く知らない。
荷物を背負って通りを歩く。するとクリスといた時も感じた視線をまたチラチラと受けた。きっと胸が悪目立ちしているのだろうとモニカは思った。女性の通行人の中にあからさまに乳を見つめる人や、眉をひそめる人がいたからだ。少し気持ちが落ちそうになるが、ここで立ち止まってはいけない。
(クヨクヨしちゃだめ。まずは人に話しかけて聞いてみなくちゃ)
歩きながら辺りを見回すも、どの人も忙しそうにしていたり、目が合うとそそくさと立ち去る人ばかりだ。ひるむ体を叱咤して、一歩前に出る。
「あの、すみません……、ちょっと聞きたいんですけど、」
声をかけた夫人にジロリとにらまれた。神経質そうな痩せた夫人だ。モニカの顔を見て、それから足元まで不躾に見下ろし、大きな胸を見てフンと鼻をならした。
「色街ならあっちの通りだよ」
求めていない答えを投げつけて、夫人は足早に去っていった。
「いろがい……?」
モニカの知らない単語だった。
別の男性に声をかけたが、こちらは会話が成り立たなかった。ずっと「いくら? いくら?」と聞いてくるのだ。その人の目がなんだか怖くて、「売るものはありません」と言って逃げ出してしまった。
道端でオロオロとしていると、今度は逆に声をかけられた。
「こんにちはー。お姉さん、さっきケバブの店にいたよね? 俺も思わず買っちゃったよ。あそこの店おいしいよね」
モニカと同い年くらいの若い男の子だ。そばかすが印象的で人好きのする笑顔をうかべている。身長はモニカとあまり変わらず、同年代の男子に比べれば小柄な方だろう。一気にしゃべられて目をパチクリとした。
「……あ、はい。おいしかったです」
「おっきい荷物抱えてるけど、どっから来たの? なんか探してるの? 俺一緒に探してあげよっか 」
ニコニコと人懐っこい雰囲気だが、この人に頼っていいのか分からなかった。モニカは男性にあまり良い思い出がないのだ。
「……えっと、」
なんと言っていいか答えかねていると、手をぶんぶん振って青年は慌てて弁明した。
「あーごめんごめん! ナンパみたいだもんね。俺、そこの店で働いてるエリっていうんだ。さっき配達の途中に君のこと見かけてさ」
そこの店、と指をさした家屋には看板がかかっていた。野菜や果物が軒先に置いてある。
買い物カゴを持った奥さん達がおしゃべりして、地面には猫が横たわっている。
「それで君のこと可愛いなって思ってたら、また会えて、なんか困ってたみたいだから声かけたんだ」
へへへ、と照れながら頰をかいた。
モニカはびっくりしすぎて声が出なかった。異性に面と向かって可愛いと言われたのが信じられなかったのだ。だからひとまず自分の聞き間違いだと言うことにして、エリの申し出に甘えることにした。少し不安はあるが、このまま立ち往生していても前に進まない。
◇
「へえ、人を探してるの」
「はい。イヴァンナっていう人なんですけど、知りませんか?」
ちょっと移動して今はお店の横にある木箱の上に座って話をしている。荷物は足元におろしていた。
「うーん……俺の知り合いにはいないな。どんな人? 年は? 背格好は?」
「ごめんなさい、私も詳しく知らなくて。奥さんはオリエッタ、旦那さんはマリーノ、そのマリーノの妹がイヴァンナっていうの。」
「そっかぁー」と困った顔をしていたエリだったが、ハッと思いついた顔をしてそのまま大きな声で店先にいるご婦人に話しかけた。
「ねぇねぇ奥さん! 今日もキレイだね! ところでこの子が人探ししてるんだけど、イヴァンナって女の人知らない?」
いつも野菜を買いに来る人らしく、エリのほめ言葉に頰をゆるませた。
「やだエリ坊ったら。えーっと、イヴァンナ? 知っているけどどうしたの?」
「知ってるの!?」
やった、とエリとモニカは顔を見合わせた。
「その人、お兄さんにマリーノって人じゃない? 奥さんがオリエッタ」
「何を言ってるのよ、イヴァンナはまだ子どもで、兄弟もいないわ」
どうやらイヴァンナ違いだったようだ。
その後も店に来るお客さんにエリが声をかけていったが、大した収穫はなかった。それどころか店の親父から「ナンパしてねぇで働けバカ息子!」と怒られていた。
「ごめんね、エリ。私なんだか迷惑かけちゃって……」
エリに世話をやかれているうちに、モニカも口調がフランクになった。年が近いことが気安かったのかもしれない。
「いや、いいんだよ。俺がやりたくてやってんだ。でもちょっとカッコ悪いね俺、あはは」
ちょっと待ってて、と店の中から持ってきたのは木のカップに入ったオレンジ色の飲み物だった。店で売っているジュースらしい。オレンジの果汁を水で割ったものに、レモンの輪切りが浮かんでいる。モニカがお金を払おうとすると断られたので、ありがたく頂くことにした。のどが渇いていたのでとてもうれしい。
「モニカ。そのイヴァンナって人が見つからなかったらどうする?」
くいっと自分のカップをかたむけながらエリが聞いてきた。モニカは自分の認識の甘さに辟易したところだった。スペラーレに行きさえすればすぐ見つかると思っていたのだ。しかし実際はエリに手伝ってもらってもかすりもしない。そしてもし会えたとしても、モニカを受け入れてくれるかどうかは分からない。
「……私、自分の住んでた村を内緒で出てきたの。他に頼る人いなくて、イヴァンナさん働くところとか住むところとか紹介してもらえたらなって思ってたんだけど」
イヴァンナとはロメオの姉の結婚式で一回顔を見ただけで、ほとんど面識はない。それなのに自分のような者が突然訪ねてきて世話してくれと頼んだら……。モニカは自分の非常識さと大きくせりでた胸をみて落ち込んだ。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。でも本当にそれだけが望みだったのだ。
「あー……」
よくしゃべるエリが珍しく言いよどんだ。耳を赤くしてもじもじしている。
「モニカがよければなんだけど、その……」
もしかして体調が悪いのかと思ってモニカが覗きこむと、エリはぼっと顔を赤くした。
「いだっ!!」
急にお尻を押さえてエリが飛び上がった。突然叫んだエリに横でモニカがびっくりしている。
「だいじょうぶ?」
「虫かなんかに刺されたかな」
さっきまでエリが座っていたところに何か小さい虫みたいものが横切った。
(……クモ?)
赤くて小さいクモのように思えた。しかしそれはすぐに姿が見えなくなったので確認しようがなかった。とりあえずモニカも立ち上がってまわりに虫がいないか確認する。その時だった。
「あ、そうだ。占い師のカラスだ」
ぽんと手を打って、エリが声をあげた。
「カラス?」
「カラスって名前だよ。あの人の占いよく当たるんだ。見てもらったらもしかしたらイヴァンナのこと分かるかもしれない」
変わった名前だと思ったが良く当たる占い師と聞いて、モニカはピンときた。クリスたちが会いたいと言っていた人だ。もし自分が占い師と会えたのならクリス達に教えてあげることができるかもしれない。
「その人に会ってみたい。どこにいるか教えて、エリ」
まかせとけ、と笑顔で答えたエリはモニカの手をとって力強く歩き出した。反対の手にはモニカの荷物が握られている。
エリに連れて行かれるまま歩いていく。捕まれた手首に感じる彼の体温にどぎまぎとしながら、街中をどんどん歩いて行った。途中エリの友人らしき人たちとすれ違ったらしく、後ろから「お、デート?」とからかわれていた。エリは「ばか! そんなんじゃねえからっ!」と声をあげたが、耳は真っ赤だった。




