第十話 『自分だけの浄化術』
『キャンサー』によって切断された自動車の陰から、思いがけず姿を現した絵麻と子供達にサクは動揺を隠せなかった。
「なんで絵麻がっ!」
慌ててダッシュで先回りしつつ、八つの脚で高速で忍び寄る『キャンサー』を待ち受ける。
視界の先で巨大な鋏が一閃した。空間を切断する斬撃が迫る。
——絵麻たちが居たら迂闊に避けられない!
サクは咄嗟に伸ばした掌にイメージを集中していた。たちまち金色の光が掌を中心に渦巻いていく。
直後、鼓膜を切り裂くような鋭い衝撃音が響き渡った。
「キャッ!」
後方で自動車の陰から顔を出していた絵麻は思わず目を瞑っていた。
恐る恐る顔を上げると、眼前にSATに確保されたはずの金髪の青年が立っている。その掌には不思議な光の盾が輝いていた。
「私達を守ってくれたの⋯⋯?」
絵麻はその背中に、何故だか言葉に出来ない安心感を覚えていた。
一方、サクはぶっつけ本番の盾の具現化に成功しホッと胸を撫で下ろしていた。
それはアストラでゴーリキ——コードネーム『スクトゥム』と作戦を共にしたからこそ可能にした技だ。
「あの、ありがとう⋯⋯」
背後から絵麻の声がした。
「⋯⋯まったく、アガーテと一緒なんだから」
ふと、サクはアストラ王宮でのアガーテによる少年救出劇を思い出し呟いた。
「アガーテ?」
「いや、何でもない。『キャンサー』は俺が抑えとく。君はその子達を非難させて!」
「『キャンサー』って⋯⋯?」
聞き慣れない言葉に、絵麻はサクの向こうへ視線を泳がせる。心の準備も無いまま『キャンサー』の姿が不意に彼女の網膜に飛び込んだ。
「ヒッ⋯⋯」
無数に蠢く脚、飛び出した複眼、甲羅から生えた人型の上半身——生理的に受け付けない姿だった。
途端に全身が泡立つ。
「ヒャア——! 無理無理無理無理! 行くよっ、君達!」
絵麻は飛び上がって子供達の手を引くと一目散に逃げていく。
「ふふ⋯⋯騒がしい奴だ」
サクはその後ろ姿を目で追いながら思わず吹き出した。
そんな彼の背後では『キャンサー』の巨大な鋏が頭上目掛けて打ち下ろされていた。もし人間に当たれば、原型も留めず圧殺する威力があるだろう。
「ここから先へは行かせない!」
サクはそれを振り向きざまに光の盾で受け止めてジリジリと押し返す。これ以上駅に近づけさせるのは危険だ。
「金髪、援護する!」
そこへ追いついたSATもサクの意図を察して彼の両側に配置すると至近距離で一斉射撃をする。
流石の『キャンサー』もこれにはよろめいた。
「——今だ!」
サクは大きく一歩踏み込んで右の拳を腹に打ち込んだ。拳は衝撃波を生み『キャンサー』が遥か後方に吹き飛んでいく。
「⋯⋯マジかよ! なんてパンチだ」
背後で驚愕するSAT隊員をよそに、サクは違和感を覚え拳を見つめていた。
「いや⋯⋯手応えがなかった。何かに衝撃を吸収されてしまった感じがする」
通りの先で『キャンサー』が起き上がる。派手に吹き飛んだにしては復帰が早い。よく見るとその腹の間に何かを抱えているようだ。
「あれは⋯⋯卵? そうか、あいつを展開して衝撃を吸収したのか。まるでエアバッグのように!」
起き上がった『キャンサー』は完全に怒りモードだ。左右の鋏を持ち上げて威嚇ポーズをした後、斬撃を次々と飛ばし始める。このままではSAT隊員に逃げ場はない。
サクは咄嗟に光の盾を創った両手を広げた。
「行けぇ——!」
さらに盾を左右に飛ばし制圧両班の前で展開する。そこへ到達した斬撃が続けざまに衝突し大きく爆ぜた。
「すまねえ金髪!」
隊員の一人が言った。
サクはその声に軽く頷く。しかし、今回は上手くいったものの、彼らを守りながら戦うのには限界がある事を感じていた。
「あんた達はそこに居てくれ!」
と、サクは一人飛び出した。『キャンサー』の注意を自分一人に引き付けておけば対処は簡単だからだ。そうして厄介な斬撃を処理しながら次の一手を考える。
「このままじゃ被害が大きくなる⋯⋯。どうすればいいんだ!」
——浄化し全てを無に帰す。それしか方法はない。
その時、アナマリアの言葉が胸中をかすめた。
「浄化ったって⋯⋯」
脳裏に去来する『ヘルヴァーナ』の情景。アナマリアは聖なる炎で敵を包み込み焼き尽くしていた。そんな事できる訳がないとサクは思った。
「一体どうすりゃいいんだよ!」
その時、ポケットの中のプリンセスナイトの勲章が光り輝いたかと思うと、アナマリアの声が直接心に響いてきた。
——まったく世話がやける。でも、そういうところも可愛いくて嫌いじゃないぞ!
「そういうのいいから!」
と、叫びつつ斬撃をまた一つ打ち消す。
——つれないのう。
「で、どうしたらいいの?」
——信じるのじゃ其方の力を。想像するのじゃ其方だけの術を!
「俺だけの術⋯⋯!」
サクはその言葉に眠りから覚めたような気がした。『浄化』というのは『アナマリアと同じ事をしなければいけない』という先入観に囚われていたのだ。
「⋯⋯そうか!」
湧き上がるイメージ。
サクの金髪が眩く輝き始めているのを、当の本人はまだ気付いていなかった。




