第三話 『追跡』
日勤の終わりが近づいた夕方、朔太朗と鼠入の二人は入電した110番指令の現場に臨場していた。扱いの内容は『不審者』である。
「それらしい人間はいないですね」
「目撃者も指名語らずで立ち去りだったな」
——ピービーピー。
その時、朔太朗と鼠入の腰に装着した無線機から110番指令の入電を知らせるセルコールが同時に鳴り響く。二人は制服のエポレットに取り付けたスピーカー兼マイクに耳を傾けた。
——警視庁から東都。
——東都です。どうぞ。
——『不審者』。現場、東都区坂の下1丁目16の1エスポワール東都505。ベランダから室内を覗き込んでいる男がいる。通報者ウチノ。指令175。
「近いな。恐らく同じ奴だろう。千光寺、行くぞ!」
「了解。無線入れます!」
朔太朗は肩からマイクを外すと口元に運ぶ。
「東都携帯109から警視庁」
——警視庁です。どうぞ。
「指令168に現着しましたが付近に該当者なし。指令175『不審者』と同一人物と思われる為そちらに転身しますからどうぞ」
——警視庁了解。
「以上、東都携帯109」
報告を終えると二人は急いでバイクを発進させた。先頭を行く鼠入は夕方の渋滞を避け細い裏道を選択して走る。五分程で現場に到着すると、無線で報告を済ませ駆け足でエントランスに向かった。
「部屋は?」
「505ですね」
オートロックを解除してもらいエレベーターを待つものの上層階から降りてくるのには時間が掛かりそうだ。
「遅い! 階段で行くぞ」
と、鼠入は非常階段の扉を開け駆け上がる。二人は軽く息を弾ませ部屋に辿り着くとインターホンを鳴らした。
「怖かったぁ——!」
玄関扉を開けるなり女性が泣きついてきた。見たところ年齢は三十代後半で、左手のリングから人妻と判る。
朔太朗は彼女を落ち着かせるようにゆっくりと話し掛けた。
「通報者の内野さんですね? もう大丈夫ですよ。⋯⋯何があったんですか?」
すると内野は玄関の奥に位置するリビングを指差し訴え始めた。
「あそこ⋯⋯窓の外のベランダの手すりがあるでしょう? あそこに男が立って部屋の中を見ていたんです」
「立っていた? 五階のあんな不安定なところにですか?」
と、鼠入は半信半疑だ。
「本当なのよ! 私と目が合うなり飛び去ってしまったけど⋯⋯」
「分かりました。それでどんな男でしたか? 年齢、体格は?」
「年齢は二十代後半から三十代前半位かしら。180センチ位の長身で筋肉質だったわ⋯⋯」
「なるほど⋯⋯。服装や人相はどうでしたか?」
「雨でもないのにマントかポンチョのような服にブーツを履いていたわね。顔はよく見えなかったけど、酷いくせ毛の黒髪で片目に掛かるほど長かったわ⋯⋯」
「先輩、例の女の子の証言と一致しますね。もしかして⋯⋯」
——ピーピーピー。
朔太朗の言葉を無線のコールが遮る。
——警視庁から東都。
——東都です。どうぞ。
——『不審者』。現場、東都区旭町3丁目の24⋯⋯。
「駅前管轄か。状況的にここから移動したんだろう。内野さん、実害が無くて良かった⋯⋯。我々は引き続き不審者を追跡します。この周辺はしばらくパトロールするようにしますので安心してください」
二人は部屋を後にして階段を駆け足で降りる。
「不審者の人着入れときますね」
朔太朗はバイクに向かって歩きながら不審者の特徴を無線で報告した。
「よし、さっき無線の入った現場なら駅前からよりここからの方が近い。俺達も向かうぞ!」
次の現場は住宅地の中の公園だ。二人が公園の入口にバイクを停めるなり、駆け寄ってきた子供達が一斉に話し掛けてくる。その様子は興奮気味だ。
「ちょ、ちょっと待って。一人ずつお願いできるかな?」
と、朔太朗は優しく話しかける。
「さっきね、変な男が空から降りてきたの!」
「またすぐ飛んで行っちゃった」
「なんかブツブツ言ってたよ」
「マントつけてヒーローみたいだった!」
そこへ子供の保護者らしき女性が近づいてくる。
「すみません。私が通報したんです。あまりにその⋯⋯現実離れしていたので」
「そうですか。丁度私達も不審者を追っていたんです。——なあ、みんなが見たのはマントとブーツ姿で黒い癖っ毛の背の高い男かな?」
「「「「うん!」」」」
朔太朗の問いに子供達は元気に答えた。
「お母さん、ここは危ない。子供達と一緒に早く帰宅してください!」
「どうやら追跡中の男に間違いないな⋯⋯」
すると遅れて駅前の勤務員二名が到着する。
「なんだお前ら来てたのか!」
と、歩いてくるのは駅前の鹿野警部補だ。その後ろに卒配したての新人を連れている。
「係長、お疲れ様です。俺たちも坂の下管内から同一の不審者を追っていたんです」
「無線は聞いてたよ。それで対象は?」
「すぐに飛び去ったらしいです」
「——飛び去った?」
「ええ⋯⋯。俺の予想通りなら、こいつ——兎澤さんを襲った被疑者は空高く跳べるんです」




