第二十五話 『黒幕』
サク達四人は尾行任務を終え司法局に戻ってきていた。時刻は既に午前零時を回っている。
怪人の襲撃後、乗客乗員の救出と医者の手配、さらに実況見分に時間を要したのだ。
「なるほど⋯⋯。謎のローブの人物に尻尾の怪人か。また厄介なのが出てきたな」
と、オフィスでマルタンが呟いた。
庁舎内は前日からの取り調べが一段落し、徹夜明けの捜査員の殆どが帰宅していた。
健気にサクの帰りを待っていたアガーテは日付が変わる前に宿に送り届けられたそうだ。
ヤンセン一家はというと休憩室で鼾を掻いている。
そんな静まり返ったオフィスの中で尾行任務に従事した四人はマルタンにその顛末を報告していた。
「ええ、怪人が光弾を放って船を爆破したんです。恐らく代理人クロートとあの男をまとめて消してしまう算段だったんでしょう⋯⋯」
『あの男』とは船上でクロートに接触してきたコートの男だ。水中に落下し救出されて以降まだ目を覚ましていない。
幸い命に別状は無いという医者の診断で、現在は医務室で寝かせておりその回復待ちだ。
「しかしあれは『能力者』の力なんてもんじゃなかった。それこそサクさんの様な『来訪者』か、アナマリア様の『継承者』の力でなければ太刀打ち出来ないだろう」
アイソポスはそう断言する。
「そのサクさんのお陰で命拾いしましたが、あの時何が起こったんです?」
「⋯⋯光弾が発射される直前、考える暇もなく飛び出していました。とにかく無我夢中で皆んなを助けたいと思った時、時間が止まったんです」
「時間が?」
トレーシーが反応する。
「ええ⋯⋯正確には俺が高速化しているのでしょうが体感的にはそう感じるんです。そのお陰で着弾前に船上に居た全員を水中に放り投げることが出来ました」
「あの一瞬にそんなことを?」
トレーシーは信じられないといった様子で目を丸くする。
「アルゴ戦で見せた力ですね? 確かにあの光と化した状態ならそれも可能かもしれない」
『ノエル』の制圧に参加したトレーシー以外はその現象を目の当たりにしているだけにすんなり納得できたようだ。
「またサクさんに助けられたようだ。礼を言うよ、ありがとう」
マルタンは頭を下げる。
「いえそんな⋯⋯。ところでこれで黒幕は代理人とあの男を消したと思っている筈です」
「そうだな。男が目覚めた時、真相を打ち明ける安心材料になるだろう⋯⋯。さてもうこんな時間だ。みんなご苦労、しばらく休んでくれ!」
解散後トレーシーは一人仮眠室へ向かい、男性陣はオフィスの椅子で眠りについた。
ほのかに空が白み始めた頃、一階の医務室から当直の職員が駆け込んでくる。
「男が目を覚ましました!」
四人は浅い眠りから飛び起きて階下へ急ぐ。
医務室の扉を開けるとベッドに男が上半身を起こして座っていた。その表情はどこかボンヤリしている。
少し遅れてトレーシーも四人の背後にやって来ていた。
「ここは⋯⋯?」
男は一同を見上げて不安そうに呟いた。
「安心してください。ここは司法局の医務室です。覚えていますか? あなたは運河に落下したところを救出されたんです」
マルタンは穏やかに語りかける。
「待ってください⋯⋯何も思い出せない⋯⋯」
すると男は頭を抱え苦悶の表情を浮かべる。
「大丈夫。焦らないで。気を失っていた事による一時的な記憶喪失でしょう」
と、しばらく間を置いて男の呼吸が整うのを待つ。やがて落ち着きを取り戻した頃合いを見計ってマルタンは口を開いた。
「名前は覚えていますか?」
「ジム⋯⋯ジム・ベイリー」
「ではベイリーさん、ご家族はいますか?」
「妻と息子が⋯⋯」
「お二人の名前は思い出せますか?」
「⋯⋯ライラとイーサンだ」
ベイリーの頭が次第にはっきりしてきているのがその様子から伺える。
「ご自宅はどうですか?」
「セントラルの北区、番地は⋯⋯思い出せない」
「数字は忘れやすいものです。後でまた伺いましょう。お仕事はどうでしょう? 覚えていますか?」
マルタンは核心部であろう仕事に踏み込んでいく。
「——仕事!」
と、言うなりベイリーは身体を震わせ始めた。
「何か⋯⋯思い出したんですね?」
マルタンは少し間を空けて問いかける。
「ダメだ⋯⋯殺される!」
「あなたは既に口封じのために殺されかけたんですよ。恐らく昨日の一件で死んだものと思われている筈です。ご家族も我々が保護します。知っている事を話してくれませんか?」
長い沈黙が続いた後、ベイリーはポツリポツリと語り始めた。
「私は⋯⋯ある政治家の秘書をしています。そのお方は一時を境に人が変わってしまいまして⋯⋯恐ろしい力まで見せるようになりました。そのお方の真の目的は解りませんが、私はここ数日司法局の注意を外に向け組織を混乱させるよう指示を受けていたのです」
「なぜ、アムネジアの村を?」
と、サクが問いかける。
「それは⋯⋯大衆の不安を煽りその攻撃対象とするのに恰好の的だったからです。王都から距離があることも好都合でした」
「なるほど。アガーテが聞いたら怒るだろうな⋯⋯」
「しかし、アムネジアの村襲撃依頼をしたまでは良かったのですが、当初の思惑とは違う方向に事が進んでしまいました」
「俺が邪魔をしたから⋯⋯かな?」
と、サクが頭をかく。
「そのためヤンセン一家を少女諸共消してしまおうと暗殺者を雇ったのですが、彼女は依頼を放棄してしまいました」
「かなりヤバかったけどね⋯⋯」
「慌てて裏ギルドとの関係性を消そうと画策しましたがそれも失敗に終わりました。結局あの方が自身の功績作りの為に利用していた裏ギルドを切り捨てる事になったのです」
「功績作り?」
マルタンが眉間に皺を寄せる。
「自ら依頼した犯罪を検挙する。簡単な事です⋯⋯」
「まさか⋯⋯黒幕は⋯⋯」
「はい⋯⋯司法卿サーソク様です!」
その瞬間、サクを除く四人に衝撃が走る。
「馬鹿な! 我々組織のトップに当たる人物がそんな不正や悪事に手を染めていたというのか!」
マルタンは怒りに拳を震わせている。
「サーソク様は司法局を捜査で手一杯にさせておき、兼ねてからの計画を実行に移すつもりです。それが何かは私には解りかねますがその、引っ掛かる事を言っていたのです」
「引っ掛かる事?」
「はい、『セレモニー』と⋯⋯」
一同は首を傾げる。いったい何のセレモニーなのだと。
突然、マルタンはハッと目を見開いて振り返る。
「おい、今日は何日だ!?」
「十月二十四日になりました⋯⋯ってまさか!」
アイソポスはそう答えながら『セレモニー』の意味に気付き凍りつく。それはトレーシーとゴーリキも同様で四人はお互いに顔を見合わせて絶句していた。
「アナマリア様の生誕祝賀セレモニー⋯⋯」




