第二十一話 『隠し部屋』
裏ギルド『ノエル』制圧完了後、現場は第四フェーズに移行し証拠品の捜索、押収作業が進行していた。
多数に上った逮捕者は船上隊が主となって司法局まで輸送を開始している。
「マキネンの奴、俄然張り切ってたな」
「そりゃあ、アルゴの無力化に貢献しましたからね」
と、会話をしているのはアイソポスとゴーリキだ。
二人を含めたマルタン以下潜入組の面々は、『ノエル』一階の捜索を避けて二階に移動していた。
吹き抜けの階上に位置するそこは、よりプライベート空間の色が強いVIP席だ。
二階専用のカウンター前には掲示板が設置されており、この場所が依頼の受注窓口を兼ねていた事が容易に想像出来る。
「報告します。一階ホール、厨房、ワインセラーのいずれも異常ありませんでした!」
男性捜査員がマルタンに報告していると、トレーシーが階段を上がって来る。
「私の透視でも隅々まで調べてみましたが一階は異常なしですね。二階を調べます」
「ご苦労。今のところ証拠はこの掲示板ぐらいか。しかしこいつは依頼人が伏せてあるようだな⋯⋯」
「なあヤンセン、依頼はどうやって受けてるんだ?」
サクは掲示板を見ながらヤンセンに問いかける。
「契約書だよ。ギルドの契約書には特別な効力があってサインした者の魂に契約の履行を約束させるんだ」
「どうやってそんな物を⋯⋯?」
「さあ、店のマスターは『能力者』らしいぜ。そんな風には見えなかったけどな」
と、ヤンセンが説明すると続けてヨハンセンが補足する。
「ギルドは依頼人と契約者を仲介していて、お互いの素性は明かさない約束なんだ。その代わりに成功報酬の一割を手数料として間引いてるんだよね」
その時、二階を調査していたトレーシーに動きが見え始める。
「あら? 壁の向こう側に空間があるわね⋯⋯」
と、カウンターの中に入っていったのだ。
「隊長! 扉がありました!」
すぐさまトレーシーの声が上がる。マルタンは確認のためにカウンター内に向かったものの彼女の姿を見つける事が出来ない。
「どこだ?」
「ここです!」
声を頼りにキャビネットを周り込むと、その裏側で扉の前に立つトレーシーを発見した。完全にキャビネットの死角になるその場所は、外から客が気付く事はないだろう。
「こんな所に扉があったのか⋯⋯。みんな、来てくれ!」
マルタンが先頭に扉を開け、二階に居合わせた者がそれに続く。
扉の先は細長い部屋に直結していた。
「ここは⋯⋯? ワインルームか」
その部屋の壁沿いには木製の重厚なワイン棚が並び、四角い穴にボトル詰めされたワインが一本一本横向きに収納されていた。一階のワインセラーとは別に、より高価な品をここで管理しているのだろう。
マルタンはワインルームを入って突き当たりを右折し、丁度L字型の間取りの先端で足を止めた。
「行き止まりか⋯⋯。VIP用ワインルームといったところだな」
一方、サクはこの部屋の構造に何となく違和感を覚えていた。
「L字の部屋の内側の壁にワイン棚か⋯⋯。外壁の温度変化の影響を避ける為かそれとも⋯⋯」
その直後、能力を発現させたトレーシーが異常を知らせる。
「隊長! 壁の向こうに部屋があるようです。人影を二つ確認!」
「隠し部屋か⋯⋯。一階の捜査員を呼べ! 手分けして入口を探すんだ!」
たちどころに捜査員が増員され狭いワインルーム内が彼らでひしめき合う。
今や遅しと出番を待っていた鑑識班も登場し指紋採取によって手掛かりを探し始めていた。
「恐らくこのワイン棚に何かしら仕掛けがあるんだろう⋯⋯」
「なるほど! 自分、動かしてみるッス!」
アイソポスの言葉にゴーリキが力任せに棚を引っ張る⋯⋯が、棚はビクともしない。
「うーん。こういう場合、どこかに秘密のスイッチがあるのが定番なんだけど⋯⋯やっぱりワインボトルですかね?」
と、サクがぼそりと呟いた。
「正気か旦那! 棚一つでざっと二百本はあるぜ。何千本あるか分からないワイン一本一本調べろってか?」
ヤンセンが如何にも面倒臭そうな声を上げる。
「調べてみる価値はあるな。全員、ワインボトルを調べてくれ! 扉の解錠装置になっている可能性が高い」
それから小一時間、捜査員達は棚のワインボトルを虱潰しに調べていた。
背の高いワイン棚の上段には手が届かないためバーチェアを踏み台にしなければならず、それが一層作業を難航させていた。
サクはその間に全ての棚を一通り観察し、ある結論を導き出していた。
——あそこだけ穴の下側が擦れていたのは、恐らく度重なる使用によるものだろう。つまりそこが解錠レバー⋯⋯。
サクはL字を右折した先の壁に向かう。そしてそこに居た鑑識班の後ろから、
「ちょっと失礼⋯⋯」
と、最下段の一本に手を伸ばした。
ガチャリと響き渡る解錠音——。
その場の捜査員達が思わず顔を見合わせる。
その途端、相当な重量がある筈のワイン棚の一つがゆっくりと奥にずれ、レールに乗って滑らかにスライドしていく。
直後、紙とインクの匂いがふわりと鼻をついた。
ワインの城の間にポッカリと現れた空間——それは四辺を本棚に囲まれた書斎だった。
室内の家具や調度品はオークで統一され落ち着いた空間を演出している。
そしてその部屋の中央——応接用チェアに腰掛ける人影が二つ。
一人はウィングカラーのシャツに黒いジレ姿の少しくたびれた雰囲気の中年男性。
もう一人はスモーキークォーツのサングラスに無精髭を蓄えた男性だ。
その表情から既に二人とも観念している様子が伺える。
「よう、マスター!」
そこへ、いつの間にかやって来ていたヤンセンが顔を出していた。




